プロローグ
この時はまだ、前世の記憶が思っていたよりも、自分に深い影を落としていたことに気づいていなかった。
今度こそ、思い描いていた通りの人生が歩めると、そう信じて疑っていなかったのだ。
——私は物語が大好きだった。
なかでも一番好きだったのは、冒険ファンタジーで、小説でもマンガでもアニメでも、物語の世界に浸っている間だけはこの狭い病室から抜け出して何者にでも、何処にでもいける気がしたから。
どこか懐かしい景色と共に、そんな感傷に浸っていると、どこからか誰かも分からない声が聞こえてくる。
「……い、……て。……ってるから。」
その声は不明瞭でふわふわとしていて、どこか必死なものの、何を言ってるかは分からなくて、かろうじて女性の声らしいことが分かるだけだった。
(あなたは誰?何を言ってるの?もっとはっきり言ってくれなきゃ……)
だけど、私のその思いとは裏腹に声は段々と小さくなっていて、しまいには聞こえなくなってしまって……その瞬間、目を開けてられないほどの眩しさに包まれ思わず目をつぶってしまう。
(はっ……!)
次の瞬間、眼前には見慣れない景色が広がっていた。あれ……ここって……?見慣れない天井、豪華な部屋の飾り。
「あぅ……あぁう……う」
(えっ!?)
私、今ここはどこって言おうとしてはず。もう一回言ってみようとするものの、「あぅ……あぁう……う」とさっきと同じような言葉とは思えない赤ちゃんのような声が自分の口か出る。
かろうじて見えるものの、視界もはっきりしない。不審に思い手を上に伸ばしてみると生まれたての赤ちゃんのようなとても小さな手が視界に入る。
記憶の中に残っている自分の手は少し痩せこけて不健康ではあるもののしっかりと少女の手だったはずだ。(確かに……私……死んだよね……?)
おそらく死んだのだろう。最期の記憶は静寂に包まれた病室の中で少しずつ意識が遠のいていって、次に目が覚めたらここにいた。
(そういえば、目覚める直前に変な夢をみていたような……)
そう思い、それを必死に思いだそうとしてみるも、それは思い出そうとすればするほど、遠のいていくようで……数分、思考していたが、今となってはそれが本当にあったことかも、分からなくなっていた。
(手掛かりになるかもと思ったけど、気のせいだったかも……)
これ以上、考えてもどうにもならないと、一旦、思考を停止して忘れることにした。
本当に気のせいだったかもしれないし、気のせいじゃなかったとしても、本当に大事なことなら、しかるべき時に思いだせるはずだ。
そう思い、とりあえず周りを見てみることにする。とは言っても、まだ、首がすわってないのか見える範囲は限られている。
見た限りで分かることは、豪華な飾りのある見慣れない天井と部屋にサイズにしては広すぎるゆりかご。
夢かと思い、ほっぺを軽く叩いてみるも痛いし目も覚めない。
どうやら赤ちゃんに生まれ変わったのは紛れもない事実らしい。
(そっか……私……死んじゃったんだ……)
たいして驚きもしないし、あの境遇であの世界に生を受けた以上、死んでしまうのは時間の問題だった。病気が治って退院することも、生きていくこともとっくのとうの昔に諦めていた。
だから、ショックではなかったが……
(せめて、十五までは生きたかったな...あと、一ヶ月だったのに...)
だけど、落ち込んでいても、どうにもならないことぐらい分かっていて……心を切り替えようと今の自分の状況について考えてみる。
幸い、ポジティブに考えることには慣れている。
豪華な見慣れない天井と部屋、それから広いゆりかご、着ている服も上等な生地で織られている。
おそらく、どこぞのお金持ちの娘に生まれたのだろう。
見た感じ、スキルなどの概念は無いようだし、前世で読んだ転生物の物語にあった、転生特典のような無双できそうな能力もなさそうだ。
そして、いたって普通の健康な体。
あの頃、どれだけ手を伸ばしても届かなかった、健康な体、それが手に入っただけで、私にとっては十分、転生特典だ。
健康な体になって自由に走り回ったり、学校に行ったり、友達ができたり、恋愛をしたり、周りの子達と同じように生活をしたい、普通になりたいという私の願いは叶ったらしい。
前は、道半ばで止まってしまったけれど……幸い、今の私には健康な体がある。前は完遂することができなかったそれらだって、叶えることができるはずだ。
それに、いつか夢見た、この狭い病室から抜け出して、心踊るような日々を過ごしたいという願いも叶えてくれた。
あの頃はどれだけ手を伸ばしても届かなかったそれに手が届いている。
神様なんていないと思っていたが、どうやら神様とやらは最後の最後で見捨てないでくれたようだった。
皆さま、はじめまして。夜月と申します。初投稿なので拙いところもあると思いますが楽しんでいただけたら嬉しいです。




