29.「君だけを愛すると誓う」
辺境伯領を出て、王都に戻って来たのはジークフリートの帰還から二週間程経ってからだった。
戦後の細々とした処理や、負傷した兵たちの身の振り方など今後も仕事は山積みではあったが、戦の心配が無くなった事で辺境伯領から出立する時は皆表情は明るかった。
「妃殿下もまたいらしてください!」
別れの際には、ルドルフの制止を振り切って産後間もないマリアも見送りに来てくれた。
「ありがとうございます。邸の畑の砂糖の収穫が上手くいったら辺境伯領にもお送りしますわ」
「それはありがたい!」
マリアには感謝と尊敬と、言葉には出来ない思いがある。ディアーヌは別れ難い気持ちを呑み込んで、姿が見えなくなるまでずっと、笑顔で手を振っていた。
◇
「お帰りなさいませ!殿下!妃殿下!」
邸に帰ると、エルンストやアンナをはじめ、邸中の使用人が歓声を上げて出迎えてくれた。
「まあまあ!お疲れでございましょう。湯も食事も、用意が出来てございますよ」
久方ぶりに帰って来た主人夫婦の世話を焼くのが嬉しくて仕方がないのだろう。皆がジークフリートとディアーヌの指示を心待ちにしているのがわかって、微笑ましかった。
「お風呂の前に、畑が見たいわ」
ディアーヌがそう言うと、使用人たちの端に控えていたオリバーが嬉しそうに前に出て来た。
「お姫様!えれえ立派に出来とりますよ!こりゃあディッセンでも作っていける」
「まあ!」
興奮気味に話すオリバーの言葉に、思わずディアーヌも感嘆の声を上げる。近況報告で状況を知らされてはいたが、やはり直に聞くのとは訳が違った。
「それなら先に見に行くか」
「え」
二人のやりとりを見ていたジークフリートからの提案に、ディアーヌは目を瞬かせた。
「オリバー案内してくれ」
「はい!」
(いいのかしら……)
ジークフリートには他にやるべき事があるのではと、ディアーヌは戸惑いを隠せなかった。
「ディアーヌ?」
「あ!いえ、はい!」
けれど、ジークフリートに手を差し出されてしまっては、ディアーヌが選べる選択肢など一つしかなかったのだった。
邸の裏の畑へと行くと、そこに見えたのは一面に茂る緑の葉の大群だった。
「でっけえ実がなっとりますよ!あともう少しだけ寝かせて甘みが増したら収穫できますわ!」
得意げに解説をしてくるオリバーに、ディアーヌも自然と笑顔になる。
自分に出来る事を探して、がむしゃらに調べ続けていたフレンシアでの日々が、報われる様な気さえしていた。
ふと視線を向けると、ジークフリートは真っ直ぐに畑を見つめていた。
「ジークフリート様?」
ディアーヌがそっと腕を引くと、その上から優しく手を重ねられる。
(えっと……?)
辺境伯領での滞在から、こうした触れ合いが増えて来てはいたのだが、どうしてもまだ慣れなくて、ディアーヌは一人狼狽えてしまう。
ジークフリートはそんなディアーヌの姿に目を細めると、今度はしっかりとその手を握った。
「ありがとう」
「え」
「君のおかげだ」
「え、あ、砂糖……」
突然のお礼に一瞬何事かと思ったディアーヌだったが、考えられることは一つだった。
「わたくしも嬉しいです!」
だから、ジークフリートの言葉はそのまま素直に受け取って、笑顔で頷いた。
肌に触れる風が冷たくなって来た。
あんなに長かった日が暮れるのも早くなった。
深まる秋は、もうすぐそこまで来ていた。
◇
「何か欲しい物はないか?」
夕食も湯浴みも済ませ、久しぶりに夫婦の寝室の寝台に横になった後、不意にジークフリートから尋ねられた。
「欲しい物、ですか?」
「ああ。君には感謝している。それとは別に、夫が妻に贈り物をするのは当然だろう」
「そっ!そうなんですね……」
さらりと言われた言葉に動揺する自分が気恥ずかしくて、ディアーヌは一人寝具の中へと顔まで埋めてしまった。
「ディアーヌ?」
困惑したジークフリートの声が頭上に降って来たが、ディアーヌは顔を上げなかった。
「あの、わたくし……」
「ん?」
ディアーヌのくぐもった声が聞こえてくる。ジークフリートは上手く聞き取れなかったのかと、耳元をディアーヌへと近づけた。
「わたくし……」
「ああ」
「来月、誕生日なんですの」
「そうか!それは祝わないとな」
「…………」
ごく当たり前の様にそう返したジークフリートに、ディアーヌは沈黙する。
「ディアーヌ?」
不思議そうに名を呼ぶジークフリートに、ディアーヌは小さく息を吸うと、そのまま一息に言い切った。
「十八歳になります!成人しますので!ジークフリート様はちゃんと成人した妻として扱ってください!」
「!?」
言い終わると、ふいっと寝具に包まったまま、ディアーヌはジークフリートに背を向けてしまう。
「あ……」
どうしたものかと、ジークフリートは伸ばした手を暫く彷徨わせていた。
けれど、すぐにディアーヌを両腕に抱き込むと小さく笑った。
「わかった」
「!!」
ディアーヌの身体がびくりと震える。
こんなのはきっと、ディッセンに嫁いで来た振り出しに戻ったに過ぎないのに。
それでも、ディアーヌにとったら大進歩だった。
ゴソゴソと寝具から顔を出したディアーヌは、ジークフリートに顔を向けて、小さな声で尋ねた。
「欲しい物、物じゃなくてもよろしいですか?」
「ああ勿論」
「それなら……」
一瞬だけ躊躇してから、ディアーヌはジークフリートを見上げて言った。
「一生、妻はわたくしだけにしてください……他の女性とか、わたくしには無理です……」
「!!」
ディアーヌの口から飛び出して来た言葉にジークフリートは目を見開いた。
一体どこで何を聞いて来たのだろうか。
辺境伯領でマリアから何かよからぬ事でも吹き込まれたのだろうかと、内心では混乱を極めていた。
けれどそんな事よりも、今は涙ぐんだ歳の離れた妻を安心させることが最優先だろうと、ジークフリートは頷いていた。
「ああ、生涯君だけを愛すると誓う」
「!!」
ジークフリートの躊躇のない断言に、今後はディアーヌの方が目を丸くした。
だって、いつも余裕のあるジークフリートの大人の態度が悔しくて、我儘を言っただけだったのだから。
「あの……あの、えっと……よろしくお願いします?」
「ふっ……ははっ」
「ジークフリート様っ!」
「いや、すまない」
「もうっ!」
酷いと、ジークフリートの胸元を叩いた手はそのまま縫い止められて、身体ごと引き寄せられた。
「急ぐことはない」
「……はい」
きっとそうなのだろうと、ディアーヌはジークフリートの胸元に頬を寄せながらそっと目を閉じていた。
心配することなど、何もないのだと。
これにて本編完結です!めちゃくちゃ地味な話にお付き合いいただきまして読者の皆様には感謝しかありません。
ストックが尽きてからは倫理観のまともな大人をヒーローにした事を若干後悔するくらいジークフリートが動いてくれなくて、ヒーローは多少ネジが外れてる方が書きやすいんだなと勉強にもなりました。
改めましてお読みいただきました皆様ありがとうございました!!
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