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第1客 崖っぷち娘、乙姫


カタン ゴトゴト

製氷機は止まらずに氷を生産し続けている。


「お客様ご勘定です」

ちっ、ゲンさんめ、ウーロンハイ一杯で、

2時間も居座りやがって。


だがそんな愚痴など悟られてはいけない。

これでもこの店のお得意様だわ。


季節を感じさせないこの建物だが、

扉が開くと容赦なく冷気が熱を奪い、

冷静な考えに戻してくれる。


「あんなちゃん。今日の売上いくら?」


外は真っ暗だがまだ夕方6時、

この時間帯にお客さんゼロは…


あんなは伝票を慣れた手つきでめくり、

爪の先を巧みに使い、カチャカチャと操作した電卓を突きつけられた。

「ママ…」


かーーー…

視界がぐらつく様な金額。いいパンチ持ってるじゃない。


「花金よね?今日火曜日じゃないもんね!?」


どうしよう…みんなのバイト代も賄えない…


厨房の暖簾がバサッと上がる。

「おーい、今日賄い食う人~」


何を言っているんだこの人は。

「黒川さん、賄作れる状況じゃないでしょうに!」


勝手な事を言い出す黒川に右手の人差し指で注意をする。

左手はまっすぐ天を指していた。


「食うのかや!ほかには?」


私が手を上げたのを筆頭に、

遠慮もなく勢いよく腕が上がった。


「全員分ね~オーケー」


黒川が賄を作るのは何パターンかあるが…


「食材、余ってるようね…」

ズバリあんなの推理は正しい。


黒川が今日の分はロスが出ると判断した時。


「でもこの前は良い鯛が入ったって言ってましたよね?」

みなみめ、この小娘も黒川スペシャルに舌を奪われた被害者だ。


「新作を作るって時期でもないしね」

もう数週間もすれば予約でいっぱい埋まるはずだ。


忘年会とか忘年会とかなんとか会とか…

毎年毎年、そんなに何を忘れたいんだ。


「まあ今回は…ロスよね。

まあ、福利厚生ということでみんな食べてちょうだい」


ああああ、赤字だわ…

油のしみ込んだカウンターに両手をつく。


「ねえ誰かパイプ持ってないの??」


社員のあんなも、パートのあやも、バイトのみなみも、

厨房の黒川もパートのみどりも、誰もがうつ向いている。


開拓済みのパイプだらけだ。

はぁ、、、


「ビラ…配りに行きましょうか」


うん。私もたまにはボスとして、

皆に良い所見せないとね。


「じゃああんなちゃんは店番、黒ちゃんは賄よろしく!

他の人は私についてきなさい」


1枚だけコートを羽織って、

12月の冷たい夜に飛び出した。



ビラ配るのも久しぶりね。


「はぁ…今までなあなあでやり過ぎた…のかな…」

パパとママが悪い!いきなり「店を頼む」なんて…


支払、人件費、忘年会シーズンにお客さん来なければ、

いよいよこのお店もヤバい…


そんな凍える私の耳に、

キャッチはダメとかなんとかって放送が入る。


これはキャッチじゃないの、

ビラ配りなの!なりふり構ってらんないの!


信念を呟いていると、

のたのたと歩く二人組の男がいた、

ちょうど一件目帰りぽいサラリーマンだ。


しかしまだ7時なのにずいぶん早いな。


「こんばんは~カラオケ居酒屋、竜宮城です。

お兄さんたち、一曲歌っていきませんか?」


ボタンを掛け違えている眼鏡の男が眼鏡を上げて口を開けた。


「え?なーになに?ガールズバー?」


イラッ

グッと奥歯を噛む。


「いえいえ、うちのお店はカラオケを楽しむのがメインで、

スナックより本格的な料理とドリンクが提供できるお店…

と言えばわかりやすいでしょうか?」


一緒にすんなこら と言いたいが、

そんな事は当然言えないわ。


「へぇ、いいね!女の子つくの??」


イライラっ

うちの従業員なめんなこら。


「隣につく…というようなサービスはありませんが、

お酒をお注ぎさせていただくことはありますね!」


飲食店営業許可の範囲内でのサービスしかできない。


「ま、次無いからいくか?」


よし!名刺名刺と。

さっと二枚の名刺を取り出して渡す。


「ふーん…乙姫ちゃんねぇ。かわいい名前…って!

店長じゃん!」


げらげら笑う二人。

何が面白いのか教えてほしいんだけど。


「カラオケ居酒屋 竜宮城 三代目ママの 乙姫ちゃんでーす!」


げらげら笑う二人。

こんのやろう、ヒールで踏んづけたろか…


「あとで行くねー乙姫ちゃん」

二人は肩を組みながらコンビニに消えていった。



やはり硬派なコンセプトがいけないのだろうか。

割り切ってガールズバーとかスナックにしちゃおっかな…


でもおばあちゃんが始めたこのお店、

伝統を崩すわけには…



とりあえずあの二人は来てくれそう。


「みどりさん、あやさん、みなみ

あとは任せた!」


ビラ配り組に全てを託して、一足先に店に帰る。



料金設定をかなり頑張っているので、

直接つかまえに行けば客は来る。


「が、新規ユーザーがこない!」


私は注文の入ったカクテルをかんます。

つい感情が高ぶってしまいかんましすぎた。


まあいいだろう。

と、サラリーマン二人組に提供をする。



ビラ配りが効いたのか、

とりあえず今日のノルマは何とか達成した。


グラスを拭きながら閉店準備を進めていると、

本当に色んな考えが出てくるものだ。


「ねえねえあんなちゃん。

どう思う?このお店のコンセプト」


透き通ったグラスを見つめるのは好きだ。


「そうねぇ、このお店の味は悪くない、それはわかるのよね」


間接照明がグラスの色を変える。

この幻想的な瞬間がいい。


「そうでしょ?でもカラオケメインならカラオケ屋に行くし」

そちらのほうがリーズナブルだし、気が楽だ。


「女の子と話したいなら、ガールズバーでしょ?」


女の子メインの客もいるが、

この店の接客方法だとリピーターに繋がることは多くはない。


「うちの店は絶対に一線引くし、あんなちゃんはどう思う?」


彼女はドリンクの補充をしながら答えた。


「従業員としては安心なんですけどね~

接待メインにすると、辞めちゃう子が出てきちゃうよねぇ」


そう言ってもらえるだけうれしい。


「あたしは楽しいと思うんだけどなぁ、カラオケ居酒屋。

やっぱり時代の流れなのかねぇ」


彼女は私がママになる前から働いている仲間。

実質お店でもナンバー2の風格だ。


「まあだてにおばあちゃんの代から続いてないわね」


良心的な値段、美味しい料理、

一件目でも二件目でも締めでも扱いやすい店のはずだ。


「はぁ…どうしよう私の代で潰してしまったら…」


右肩下がり。

こんなにきれいな右肩下がりは類を見ない。

リーマンショックよりきれいな曲線だ。



「ママ~上がるね!おつかれー」


はぁ。

一人になると急に店内が暗いと感じる。


「接客かぁ」


私はマイクを握る。

私の店だ!好きに歌っていいだろ!


それにしてもあのサラリーマンめ。

忘れないわよ…


彼らが指を指して言った。

「うっわ!このデンモクなっつ!!高校生の時のじゃん!」


「買えないのよ!買いかえられないのよ!しょーがないじゃない!!」

無念がエコーとなり部屋に染み付いた。


この後3曲ほど一人で歌って私は店のカギを閉じた。


竜宮城と書かれた看板を見上げる。


瞼の裏には、幼少期にすごした記憶が蘇る。

このお店は私の全て…!


「潰させはしないわ…おばあちゃん!」


亡き祖母に近い、竜宮城を守るため、

乙姫の泥臭い日々が始まったのであった。







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