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1-1ご令嬢は復讐がしたい

生まれて初めて見上げた青い空が際限ないほど高く、そして、軽く自分の髪を揺らす風の味がほんの少しだけ甘かったあの日のことを、セナはきっと一生忘れることができないだろう。20年間生きてきて初めて与えられた外へ出られる自由に心を躍らせて、地面を蹴り跳ねて家の庭を走り回ったことも。窓越しにしか感じられなかった太陽の光を肌で浴びながら、これから体験できる全ての事を夢見て満天の笑みを浮かべたことも。







王家の血筋を引く公爵家であるシュタイン家、その長女であるセナは、生まれてから約20年間、城内にある高い塔の中の部屋から一歩も出たことがなかった。会話をするのはたまに会いに来る両親だけで、得られる外の情報は窓の外の景色だけだった。


なぜそんな生活を送っていたのか。答えは、外の世界が大変危険だ、とセナの両親がそう口が酸っぱくなるほど伝えていたからである。特に、外にいる゛男゛という生き物は恐ろしく乱暴で、汚らわしく、そして底意地の悪い、関わるべきではない存在であり、そんな者たちが外にいるのだと、だから外に出てはいけないのだと、そうセナは教えられてきた。


だがしかし、セナが20歳の誕生日を過ぎて数日後、両親はいともあっさりと、彼らの娘を危険な外の世界に放り出した。あなたもいい年なのだからいい加減、花嫁修業のためにお城で侍女でもしなさい、と。


「で、で、でもお父様、お母様、外は危険だらけだって…。男みたいな恐ろしい生き物とは接しちゃ駄目だって…、それなのに、け、結婚…?男と??」


セナは混乱しながら、真顔の両親を見つめた。両親たちは苦々しい顔をしたあと、深く残念そうに、もうその危険はなくなったのだと彼女に伝えた。





そんなわけで、気持ちの整理がつかないまま、セナはこのガーデラス王国の姫君であるアナスタシアのもとで、侍女として働くことになった。




働くことはおろか、20年の生涯の中で塔にある部屋の外に足を踏み出したことがなかったセナには、何もかもがわからなかった。

右も左も、上も下も不明瞭な日々が嵐のように2年弱ほど過ぎ去った後も、セナはいまいち外での生き方が理解できなかった。周りが当然のように知っていることをセナは知らなかった。なぜそんなことを知っているのと尋ねれば、そんなの当然でしょう、と周りから冷たく返された。


外で生きられるようになったことに対して溢れんばかりの希望を抱いていたセナだったけれど、自分が外で生きていくにはあまりにも無知であること、そしてそれを周りから冷たい目で見られることに何度も心が折られた。






「ウィズ殿下」


アナスタシアの部屋に向かう途中、セナは、バルコニーにて、やってきた小鳥に餌をやっているこの国の王子ウィズを見かけた。ウィズはセナに気がつくと、優しく微笑んだ。


「やあセナ。気分はどう?」

「とても良いです。天気がいいから」


セナはウィズのそばへ行って、青い空を見上げながら深呼吸をした。ウィズはレモンクリーム色の柔らかい髪を風に揺らしながら、そんなセナを見つめて口元をほころばせる。


両親から男という生き物の醜悪さを熱心に聞かされ続けてきたものだから、この城にいる男とすれ違うたびに恐怖を感じていた。しかし、このウィズ王子はとても親切で、深くセナのことを気にかけてくれた。人当たりがよく、物腰が柔らかい紳士的な彼の存在を知って、セナは少しずつ、男の中にもこんな優しい人がいるのだと理解した。


「侍女の仕事に、少しずつでも慣れてきたようでよかったよ」

「紅茶の淹れ方すら知らなかったときは、周りの視線が痛かったですけれど…」


セナは、その時のことを思い出して苦笑する。そんなセナにウィズは、仕方がないさ、知らなかったんだもの、と一切馬鹿にすることなく真摯に返す。そんな彼の優しさに、セナはこの城で散々、その年にもなってなぜそんなことを知らないのか、と言われ続けた傷が癒されるのを感じる。


小鳥に混じって、大きな黒いカラスがウィズのそばにやってきた。大きな羽音に、セナは少しだけ身構える。そんなセナに、大丈夫だよ、とウィズは微笑む。


「彼は賢いから、君を傷つけたりはしない。僕に会いに来てくれるんだ。可愛いだろ」


ウィズはそう言って微笑む。カラスは彼の肩に乗って小さく鳴いた。セナはその顔をのぞき込む。


「鳥の目って可愛いですよね、つぶらで」


カラスをじっとみつめてセナは言う。ウィズは、そうだろう、と少し嬉しそうに返す。


「セナは動物が好きなんだね」


ウィズの言葉に目を輝かせる。


「私、動物が大好きです。特に犬!犬が好きです!」


あのふわふわの体に、あざといほどかわいいかたちの耳、尻尾。想像するだけでセナは口元が緩む。


かつて部屋に閉じ込められていた頃、短い間だけ、どこからかやってきた黒色の子犬の世話を内緒でしていたことがあるのだ。その子犬の可愛さに取り憑かれて、セナは動物、特に犬が好きになったのだ。


「街でも犬が歩いているのをたまに見かけるから、その度に触りに行くんです」


セナは頬に手を当てて、でれでれの顔で笑う。ウィズは苦笑いをしながら、凶暴なのもいるから気をつけてね…、と軽く注意をした。









ウィズと別れて、セナはまたアナスタシアのもとへと向かった。すると、向こう側からアレックスが歩いてくるのが見えて、セナは瞬時に心が浮き足立つのを感じた。


「あ、アレックス…!」


セナは頬を少し赤く染めて彼の元へ向かった。

金色の短髪を持ち、高い身長に鍛えられた体をした、爽やかな印象を与える風貌の彼は、コーリ伯爵家の三男である。セナに対して紳士的に接してくれるもう一人の男性で、セナは彼に会うと胸の奥がくすぐったいような、むずがゆいような、そんな不思議な感覚を覚えるのだ。


「だめだよセナ、レディが走ったりしたら」


アレックスはそう言って笑いながら、走ってくるセナの方を見た。セナは急ブレーキを身体にかけるたけれど、うまく止まれずにそのままアレックスにぶつかってしまった。


「ご、ごめんなさ…」


謝るために顔を上げようとしたとき、彼の服のボタンに自分の長い髪が絡んでいることに気がつく。セナが、あ、あ…、と慌てていると、大丈夫大丈夫、とアレックスは優しく笑った。


「こんなの簡単に…あれ…」


アレックスはなんとかボタンからセナの髪をほどこうとする。しかしなかなかほどけない。次第に、セナは髪を引っ張られる度に、頭にチクチクとした痛みを感じ始めた。アレックスはそんなセナを見ると、仕方がない、と言って、歩いていた使用人に、ハサミを持ってきてくれ、と声をかけた。

使用人はすぐ裁縫用のハサミを持ってくるとアレックスに渡した。アレックスはすぐにハサミを持つと、ボタンと髪が絡まったところに刃を当てた。


チョキン、という音とともに、セナの茶色い髪がはらはらと床に落ちるのが見えた。それと同時に、頭が引っ張られている感覚が消えた。


「あ…」

「痛かっただろう?大丈夫?」


アレックスは心配そうにそうセナに尋ねた。セナは、いいえ、とはにかんで笑った。


「(…私が痛がってたから、すぐに解決してくれたのね…。なんて優しいの…)」



照れ隠しのように、セナは自分の長い髪を耳にかけた。唇を何度も甘噛して目を泳がせたあと、セナは、お仕事?とアレックスに尋ねた。


「ああそうさ。セナも仕事中?」

「ええそうよ。今からアナスタシア様にお茶をお出しするの」

「残念だな。時間が合えば2人でお茶がしたかったのに」


アレックスの誘いにセナは頬を赤くする。


「そ、それはとても残念…。時間があえば一度、あなたとゆっくりお話がしたいわ」

「ああしよう。いつか、時間があえばね」

「きっと、きっとよ?」


アレックスはセナの横を通り過ぎながら軽く手を振り、ああ、と返した。セナはその背中を見つめながら、きっとだからね!と念を押した。

アレックスの背中を見つめながら、セナは熱い頬を両手で押さえる。


「(お父様もお母様も、男なんかろくでもないって私に言い続けてきたけれど、全然そんなことないじゃない)」


セナは口元を緩める。部屋に閉じ込められていた時は、どんなに世界が恐ろしいのか想像して怯えていたけれど、いざ外に出てみたら、親が言うような世界ではなかった。親切にしてくれる王子様もいれば、優しく接してくれる素敵な男性もいる。


「(…あの日、もう大丈夫になったとお父様たちはおっしゃっていたから、世界はもう安全になった、ということね。うん、きっとそう)」

「あっ、セナ様!もう、こんなところにいた!」


あきれたような顔をした、同じくアナスタシアの侍女をしているミリアがセナの方にやってきた。紫がかった長い髪を1つに束ねて、眼鏡をかけている彼女は、セナより4つほど年が下だけれど、セナよりずっとしっかりしている。

セナは、ミリア、と彼女に笑顔を向けた。ミリアは、そんなセナとは対照的に、眉をひそめた。


「もう、いつもながら遅すぎるわ。アナスタシア様がお待ちですよ?」

「あら、もうそんなお時間?」

「呑気なんだから!」


ミリアはぷんすかと怒りながらセナの腕を引く。いつもとろいセナを助けてくれる彼女に、セナは、ごめんなさい…、と謝りながらついていった。



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