第7話:北の海の遺産と、五歳の野望。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
前回、宗谷の北の入り江で発見した謎の「黒い木箱」。
子供たちの目にはガラクタにしか見えないその中身は、コンサルタントである勘太の目には、全く異なる「価値」を持って映ります。
ついに明らかになる、この最果ての地で「成り上がる」ための最強の武器。
そして、勘太の口から飛び出すあまりに突拍子もない「野望」をお楽しみください。
宝暦十年(一七六〇年)冬 蝦夷地・宗谷
浜辺で見つけた「異物」――その重い木箱を、俺たちは慎重に「城」へと運び込んだ。
一週間前の雨で崩れかけた壁を三吉たちの機転で補強したばかりの廃屋。
焚き火の明かりが揺れる狭い空間に、得体の知れない黒い箱が鎮座する。
「……なぁ、本当に開けるのか? 勘太。やっぱり、これ、海のお化けの持ち物だよ」
三吉が、焚き火の影に隠れるようにしてボソボソと呟く。
慎重さというより、この時代の人間が持つ根源的な「海への恐怖」が滲み出ている。
「三吉、お前は弱気すぎるんだよ! 勘太が運べって言ったんだから、
中には絶対にうめぇもんか、珍しいもんが入ってるんだ。な、勘太!」
鉄太が興奮を隠しきれない様子で、鼻息荒く蓋に手をかけた。
彼にとって、海から流れてきたものはすべて「獲物」なのだ。
「鉄太、待て。 乱暴にするな。
……三吉、怖がらなくていい、開けてみりゃわかる。」
俺は二人を制し、自ら蓋に手をかける。
鍵はもともとなかったのか、あるいは波に揉まれるうちに壊れたのか、あっけなく開いた。
その口から、独特の古びた紙の匂いと潮の香りが立ち上る。
みんな一斉に身を乗り出した。
焚き火の明かりを頼りに蓋をこじ開けた俺たちの目の前に現れたのは、
金銀財宝
……ではなかった。
「……なんだよ、これ。ただの帳面じゃねぇか」
鉄太が、期待外れだと言わんばかりに鼻を鳴らした。
箱の中には、湿って変色した革綴じの冊子、丸まった紙の束、
そして少し青緑がかった鈍い色を放つ真鍮の細工物が収まっていた。
どれもこれも、子供たちの目には「大人たちが使う難しそうなガラクタ」にしか見えない。
「勘太、これじゃ飯は食えねぇぞ。石どころか、ただのゴミだ。
三吉の言う通り、捨てちまったほうがよかったんじゃねぇか?」
他の面々も、一気に興味を失ったように溜息をつく。
だが、俺の心臓は、五歳の小さな胸を内側から突き破らんばかりに激しく鼓動していた。
(……間違いない、キリル文字だ。それも、かなり新しい)
革綴じの表紙に刻まれた文字。
ロシア語は前世の仕事で少し齧った程度だが、
単語の端々から「航海」「記録」といった意味が浮かび上がってくる。
俺は震える手で、箱の隅に敷かれた汚れた布をめくった。
――チリン。
鈍い銀色の輝き。
指先で摘み上げると、ずっしりとした重みが伝わってきた。
鉄太が、掌に乗ったそれを、火にかざしてつくづくと眺めている。
「なんだこれ。銭じゃねぇよな。石か? いや、鉄みてぇだ」
表面には鷲のような鳥と、見たこともない男の顔が浮き彫りになっていた。
彼らにとって、それは「価値ある通貨」ではなく、海から流れてきた「得体の知れない異物」だった。
(ここで大騒ぎするのは悪手だな)
「まあ、珍しいものには違いない。お手柄だな、鉄太」
わざと大袈裟に鉄太をほめたたえると、
彼は
「え、そうか? じゃあ、飯食わせてくれよ」
と単純に笑った。
「ああ、いいとも。いったん材料を取りに行くから、こいつは隠しておくか。
変に触って壊すと価値がなくなるからな」
俺は試験的に作っていた魚の燻製を振る舞い、
満足した連中を解散させた後、一人拠点で「戦利品」の精査に入った。
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一人残った拠点で、俺は改めて日誌を広げた。
幸い、中身は思ったより濡れていない。
ページをめくると、そこには衝撃的な内容が並んでいた。
(……これは、宗谷周辺の……いや、樺太の沿岸図か?)
キリル文字の綴りを、前世の知識と照らし合わせる。
地図には、あちこちに奇妙な印が付けられていた。「Уголь(石炭)」、「Золото(金)」。
(……マジかよ。このロシア人、樺太の資源分布をほぼ完璧に把握していやがる。
これは単なる探検記録じゃない。ロシアが本格的に日本を『査定』していた証拠だ)
奪われてたまるか。これは俺の……いや、この北の地で生き残る俺たちの、最強の武器になる。
俺は真鍮製の細工物――羅針盤を掌の上で転がした。
そんな青写真を脳内で描いたまま、俺は雪混じりの夜道を歩いて帰宅した。
家の中は、煮炊きの煙と温かい匂いに包まれていた。
(俺の知識に、この機密情報。それに、この正確な羅針盤があれば……。
乙名どころか、殿様にだってなれるかもしれん)
「勘太、なにさっきからぶつぶつ言ってるの? 早く食べないと冷めるよ」
母さんが怪訝な様子で声をかけてきた。
俺は精いっぱいきりっとした顔で、冷えた汁をすすりながら宣言した。
「母さん、俺、殿様になるよ」
「ああ、殿様ね。そうだね、なれるといいね。ふふふ。」
あ、うん。
そうですよね。
そういう感じですよね。
はい、知ってました。
(ちくせう。今に見てろよ。)
五歳のコンサルタントは、母の微笑みに抗いながら、
闇の中で次なる「市場開拓」のシミュレーションを開始した。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
箱の中身は、金貨以上に厄介で、
かつ強力な「地政学的リスク」と「未来の利権」が詰まった日誌でした。
ラストの母さんへの「殿様宣言」は鼻で笑われてしまいましたが、
ここから勘太の真の「市場開拓」が始まります。
「続きが気になる!」「五歳の殿様を見てみたい」と思っていただけましたら、
ぜひ下方の【☆☆☆☆☆】やブックマークから、勘太へ投資(応援)をお願いします。




