第5話:再起の秘密基地。鉄太の意地。
創業早々の挫折。
自然の猛威と「親の叱責」という現実の前に、一度は完全に足を止められた勘太。
一週間の空白期間を経て、彼が目にしたのは崩壊した廃屋か、それとも――。
コンサルタントの予想を超えて動き出した、現場の「意地」をご覧ください。
宝暦十年(一七六〇年)冬 蝦夷地・宗谷
一週間後。
ようやく熱が下がり、母さんの執拗な「外出禁止令」を解除させた俺は、
ふらつく足取りで入り江の秘密基地へと向かった。
(一週間も空けちまった。あの雨風だ、せっかくのパテも流れて、
またボロ小屋に戻っているだろうな……)
最悪のシナリオを反芻しながら、俺は海岸線を歩いた。
組織というものは、リーダーが不在の間に熱が冷めるのが常だ。
ましてや、一度「失敗」を見せつけた五歳のガキに、
七歳や八歳の連中がついてくる義理などどこにもない。
「勘太についていっても、結局ずぶ濡れになって親に怒られるだけだ」
という合理的判断を下され、鉄太たちが解散していれば、
俺の「宗谷創業計画」は文字通りゼロからの再スタートになる。
だが、高台にある小屋が見えた瞬間、俺は足を止めた。
「……え?」
そこにあったのは、無残に崩れた廃屋ではなかった。
屋根の上には、数人の子どもが這いつくばり、熱心に何かを並べている。
「……鉄太。そこ、もっと……重ねて。勘太、怒るよ」
聞き覚えのある、低くてボソボソとした声が聞こえた。
三吉だ。体格のいい鉄太の後ろで、いつも影のように控えている弟分である。
「わかってるよ! 三吉、やいやい言うな。パテ持ってこい、パテ!」
鉄太が怒鳴り返しながら、泥だらけの手を動かしている。
彼らが屋根に敷き詰めているのは、浜に打ち捨てられていた古い板切れや、
器用に編み込まれた笹の束だった。
「鉄太……三吉。お前ら、何やってるんだ?」
俺の声に、屋根の上の連中が一斉にこちらを振り返った。
一瞬の静寂の後、彼らの顔に爆発的な安堵が広がる。
「あ! 勘太! 生きてたのか!」
「おせぇよ! 死んだかと思って、俺たちで勝手に城の守りを固めてたんだぞ!」
鉄太が屋根からひょいと飛び降り、泥だらけの顔で笑った。
「幽霊扱いは心外だな。……それより、この屋根はどうした?」
「へへっ、見て驚けよ。勘太が寝てる間、みんなで考えたんだ。
泥だけじゃ流れるからよ、浜の貝殻を石で叩き潰して混ぜてみたんだ。
そしたら、カチカチに固まったぜ」
三吉が、鉄太の後ろに隠れるようにしてボソボソと付け加える。
「……松の皮も。みんなで拾った。重ねれば、雨、入らないから」
(……参ったな。コンサル失格だ)
俺は目頭が熱くなるのを必死に堪えた。
報酬(カニ汁)というインセンティブで釣っただけの組織だと思っていた。
だが、彼らはリーダーである俺が不在の間、鉄太の馬力と三吉の慎重さを組み合わせて、
自力で原因を分析し、解決策を導き出していたのだ。
「鉄太、みんな……最高の仕事だ。
俺の予想を遥かに超えてる。
特にその貝殻を混ぜる発想、強度が格段に上がってるぞ」
「へへっ、だろ? 早く中に入れよ。三吉なんて、勘太が来たらすぐ食えるようにって、
ずっと火の番してたんだからな」
鉄太に背中を叩かれ、俺は自分たちの「城」へと足を踏み入れた。
隙間風が消え、薪の焼ける香ばしい匂いが満ちている。
「おい、勘太。病み上がりだろ、こっち座れよ」
仲間の一人が、火のそばの特等席を譲ってくれる。
「ありがとう。……それにしても、薪の量も増えたな」
「だろ?お前がいつ戻ってきてもいいように、みんなで必死にかき集めたんだぜ」
鉄太という現場リーダーへの絶対的な忠誠心が、
結果として組織のリスクヘッジとして機能したというわけか。
「よし。屋根が直ったなら、次は予定通り『窯』の建設に入るぞ。……だが、その前に一仕事だ」
俺は、焚き火の煙が吸い込まれていく屋根の隙間を仰ぎ見た。
「明日からは、入り江の周辺の資材の仕分けだ。
……あの雨風だ、北の岩場の方まで流木や、いろんなもんが溜まってるだろうからな」
「えぇー、また流木拾いかよ。
勘太、せっかく治ったんだから、もっと楽しいことしようぜ」
鉄太が不満げに口を尖らせる。
「鉄太。資源の確保が先決だ。
誰も見向きもしないゴミの中にこそ、俺たちが次に進むためのお宝が眠っている」
三吉が鉄太の顔を伺いながら、ボソボソと呟く。
「……宝探しか。……宝、あるといいな、鉄太」
「よくわかんねぇけど、勘太がそう言うならあるんだろうな!
よし、野郎ども、明日は北の岩場だ!」
鉄太の号令に、みんなが力強く応える。
だが、俺は知っている。
荒れた海が運んでくるのは、流木や死んだ魚だけではない。
稀に、この静かな村の日常に場違いな「異物」が紛れ込むことを。
もし、この時代のこの場所で、本来あるはずのない「何か」が流れ着いていたとしたら――。
(……いや、考えすぎか。まずはこの拠点を、冬の本番に耐えられる『砦』にするのが先決だ)
五歳のコンサルタントは、闇に包まれた北の海を見据え、
明日からの作業の段取りを静かに立て始めた。
この時の俺は、まだ知る由もなかった。
この何気ない「片付け」の中で、この静かな村の日常を根底から揺るがすような、
あんなものを見つけることになるとは。
ご一読ありがとうございます。
指示を待つだけの「駒」だった子供たちが、自分たちで考え、泥と貝殻を練り始めた。
勘太が不在の間に起きたのは、単なる修繕ではなく「組織の自律」でした。
三吉という新たな視点も加わり、拠点はいよいよ本物の「オフィス」へと変貌していきます。
しかし、平穏な時間は長くは続きません。
次回、嵐が過ぎ去ったあとの「北の岩場」で、
勘太たちはこの村の、そしてこの時代の平穏を揺るがす『異物』と遭遇することになります。
ここから物語は大きく動き出します。
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