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蝦夷転生コンサル、松前藩の支配構造を現代知識で塗り替える――まずは実家の隙間風を何とかする  作者: 一月三日 五郎
第一章 宗谷編

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第34話:黄金の衝撃 ――静寂を切り裂く十両――

不毛の地での大根収穫、そして鉄造たちを唸らせた究極の「揚げ煮」。

技術と品質で大人たちの度肝を抜いた勘太たちでしたが、まだ最大の難所が残っていました。


それは、大人たちが最も信じ、最も執着する「ゼニ」という名の証明です。


「ガキの遊びで、いつまでも稼げるもんか」


そんな冷ややかな視線が突き刺さる浜辺に、徳蔵の小舟が帰還します。

革袋の中に詰まった、金属同士がぶつかり合う鈍い音。

宗谷の歴史がひっくり返る「黄金の衝撃」が、今、静寂を切り裂きます。

 宝暦十一年(一七六一年) (初秋) 蝦夷地・宗谷


 その日の夕暮れ、宗谷の海は燃えるような朱に染まっていた。  

 作業場プラントの裏手、収穫を終えたばかりの畑で土を弄っていた俺たちの耳に、

 入り江の方から聞き慣れた、だがいつもより激しい貝の音が響いた。


 徳蔵さんの船が戻った合図だ。


「……戻ったか」


 鉄太が鍬を置き、顔を上げる。

 慎也も三吉も、期待と不安が入り混じった顔で海の方を見つめた。


 無理もない。

 前回の「三両一分」は全額が設備投資に消えた。


 子供たちの目には、自分たちが必死に剥いたカニが、

 具体的な「銭」として戻ってくる瞬間を、まだ一度も見ていないのだ。


 俺たちは無言で浜へと急いだ。  

 そこには、すでに知らせを聞きつけた村の大人たちが集まっていた。  

 

 村一番の腕利きである鉄造を筆頭に、徳也や他の漁師たち。

 その人だかりから少し離れた松林の波打ち際に、父、源蔵が立っているのが見えた。  


 源蔵は腕を組み、いつものように険しい顔で入り江を見つめている。

 俺と目が合うことはなかったが、その佇まいには、

 自分の息子が引き起こしている「騒動」に対する、拭いきれない違和感が漂っていた。


 彼らの目は、期待というよりは「見定め」の色が強かった。


「ガキの遊びに、松前の大旦那がいつまで付き合ってくれるもんか」  


 鉄造の背後で、そんな冷ややかな空気が潮風に乗って伝わってくる。


 波打ち際に乗り上げた小舟から、徳蔵がのっそりと降りてきた。

 その足取りは重く、表情は硬い。

 それを見た鉄造が、鼻で笑うように声をかけた。


「どうした、徳蔵。しけた面しやがって。

 ……やはり、二度目はそう上手くいかなかったか。

 カニの油煮なんて珍妙なもん、一時の物好きで終わったようだな」


 彼は無言のまま、腰の帯に深く差し込まれた革袋へ手をかけた。

 その手は、潮に焼けた剛腕にもかかわらず、微かに震えているように見えた。


「勘太。……約束の品、確かに届けてきたぞ」


 徳蔵は、その『塊』を落とさぬよう慎重に引き抜いた。


 はち切れんばかりに膨らんだ袋は、

 金属同士がぶつかり合う鈍く低い音を漏らした。


 それは、ただの銭入れとは明らかに異なる、異様なまでの質量感を持っていた。


「三吉、そこの作業板をこっちへ!」


 俺の指示で、三吉が慌ててカニを運ぶための大きな木板を運び、俺と鉄造の間に置いた。  

 徳蔵は一歩踏み出し、その板の上に、跪くようにして袋を置いた。  

 ズしり。

 板が軋み、重厚な音が浜の静寂を切り裂いた。


「中身を、皆に見せてやれ」


 徳蔵の震える声に促され、俺は膝をついた。


(本来なら、こんな無防備な場所で晒すべきではない。

 だが、隠せば『無かったこと』にされる。

 

 この黄金の輝きを全員の目に焼き付け、

 村の共通認識コンセンサスにしてしまわなければ、

 古い権威は塗り替えられない)


 俺は覚悟を決め、二重に固く結ばれた紐を慎重に解いた。


 袋の口を広げ、中身を木板の上へと滑らせる。

 ジャラリ……と、耳に突き刺さるような硬い金属音が響き、

 夕闇の浜辺に「黄金」が躍り出た。


 ――静寂。


 波の音さえ消えたかのような、完全な沈黙が浜を支配した。  

 袋から転がり出たのは、十枚の小判と、その周りを埋め尽くす一分金と銀。


「……じゅ、十両。……いや、まだあるぞ!?」


 覗き込んだ漁師の一人が、裏返った声で叫んだ。

 鉄造の顔から、余裕の笑みが一瞬で消え失せた。

 

 隣にいた徳也は、目を見開いたまま石のように固まっている。  

 この寒村において、一両は家族が一年を食い繋げる大金だ。

 

 それが十枚。

 

 さらに脇に固められた大量の分金と銀を合わせれば、十二両を超える。

 それは、鉄造のような腕利きが一生をかけて手にできるかどうかの「富」だった。


「鉄造さん。これでもまだ、『ガキの遊び』ですか?」


 俺は立ち上がり、小判を一枚、指先で摘んで鉄造に見せつけた。


「……な、ぜだ。たかがカニだぞ。あんな、どこにでもいる虫のような……」


「『どこにでもいるもの』に、誰も真似できない『価値』を乗せた。

 それだけの話です。九兵衛さんは、その価値にこの対価を払うと決めた。

 ……松前の大店が、俺たちの価値を認めたんだ」


 俺は黄金を袋に戻すと、それを再び徳蔵に預けた。


「鉄造さん。

 あなたたちとの約束の一つは

 『来年の春までに、漁船を一隻、買い増せるだけの金を揃える』

 でしたよね。

 

 ……これで文句はないはずだ。

 十二両。

 これだけあれば程度のいい中古船を買って、まだ十分にお釣りがくる。」


 鉄造は唇を噛み、絞り出すように言った。

 

「……ああ。認めねぇわけにはいかねぇな」


 鉄造は、握りしめた拳をゆっくりと開き、板の上の黄金から目を逸らした。

 

 徳也もまた、感嘆の吐息をもらしながら頷いた。


「勘太、俺も認めるよ、たいしたもんだ。

 まだあれから半年も立たんというのに......。

 とんでもないやつだな」


 徳也の言葉が、張り詰めていた浜の空気をふわりと解いた。  

 沈黙を守っていた漁師たちの間からも、堰を切ったように感嘆のどよめきが沸き起こる。


「……半年だ。たった半年で、俺たちの何年分を稼ぎ出しやがった」

「あの不毛の畑を青々とさせ、ゴミ同然のカニを金に換えちまった……」


 大人たちの視線には、もはや侮りなど微塵もなかった。

 そこにあるのは、理解の及ばぬ存在に対する純粋な驚愕と、抗いようのない敬意だ。


「……やった。……やったぞ!!」


 静寂を破ったのは、鉄太の叫びだった。


「二つ目の条件、達成だ! 本当にやり遂げちまった!」


「勘太! 鉄太! 朔弥!」  


 子供たちが一斉に俺たちの周りに駆け寄り、歓声を上げた。

 泥にまみれた顔をくしゃくしゃにして、お互いの肩を叩き、砂浜を飛び跳ねる。

 飢えと寒さに震えていた冬を越え、大人たちの高い壁を資本と知略で粉砕した瞬間。


(……『畑』、『銭』、この2つはクリアした。だが……)


 俺は歓声の渦中で、一人静かに思考を巡らせる。

 鉄造と徳也が突きつけた、もう一つの、最後の条件

 

 ――「個人の才に頼らず、仕組みで動く組織」。  


 カニの加工手順は確立したが、それを「村の永続的なシステム」として定着させるには、

 まだ足りない。


 組織化、分配のルール、そして九兵衛という外部資本との対等な契約。


(本当の勝負は、ここからだ)


 その光景を、浜から少し離れた松林の陰で見つめる影があった。  

 勘太の父、源蔵だ。


 彼は腕を組み、板の上に並んだ黄金と、それを取り囲んで狂喜乱舞する子供たち、

 そして敗北を認めて去りゆく鉄造たちの姿を、ただ無言で見つめていた。

 

 その瞳には、自分の息子が成し遂げたことへの賛美はなかった。


 鉄造と徳也が砂浜を離れ、源蔵の前を通り過ぎようとしたその時だった。


「……鉄造さん、徳也さん」


 源蔵の低い声に、二人が足を止めた。  

 鉄造は、源蔵と目を合わそうとはしなかった。

 ただ、視線を足元の砂に落としたまま、苦々しく、だがどこか吹っ切れたような声で言った。


「……源蔵。お前のせがれは、俺たちの物差しじゃあ、もう測れねぇよ」


 徳也もまた、苦笑いを浮かべて源蔵の肩を叩く。

 

「驚いたな。あんな化け物を、よく育てたもんだ」


 二人はそれだけ言い残し、家路へとつこうとしたがそれを源蔵が押しとどめた。


「二人に話がある。少し付き合っていただきたい」  


 源蔵の言葉は低く、だが有無を言わせぬ凄みがあった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


「十二両の重みが凄すぎる!」

「鉄造さんの鼻を明かしてスカッとした!」

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