第1話:五歳児の生存戦略(ライフプラン) ―まずはこのクソ寒い実家をリフォームする―
「江戸生活のチュートリアルは、もういい」
令和のエリートコンサルが、5歳の肉体で挑む最初のミッション。
それは、死に直結する「寒さ」を合理的に排除することでした。
宝暦十年(一七六〇年)(冬) 蝦夷地・宗谷
「勘太、何をしてるんだい。泥だらけになって」
母が、干した魚の入った籠を抱え、通りすがりに声をかけてきた。
俺は家の海側の壁際で、浜から集めてきた大量のカヤ(枯れ草)を、
笹を編んだだけのスカスカな壁の隙間にぎゅうぎゅうと押し込みながら答える。
「ここ、風がびゅーびゅー入ってきて寒いんだ。だから、草で塞いでる」
鼻をすすり、短く答えた。
視線は手元の作業から外さない。
指先はかじかみ、泥と草の汁で黒ずんでいるが、構うものか。
この時代に転生して五年。
ようやく身体が最低限の自由を利くようになり、親の監視からも適度に外れる年齢になった。
これまでは「無力で無知な幼児」の皮を被り、この極寒の地の生活様式、
村の人間関係、そして物理的な生存限界をじっと観察してきた。
前世ではコンサルタントとして、数多の企業の「歪み」を正し、効率化を叩き込んできた。
その経験値をもってすれば、この江戸時代の不合理の塊のような生活は、
改善の余地しかない宝の山だ。
江戸生活のチュートリアルは、もういい。
これからは「実践」のフェーズだ。
「ふーん、そうかい。
……あんまり詰め込みすぎて、煙が抜けなくなったら困るからね。
ほどほどにしとくんだよ」
母はそれだけ言うと、さっさと作業に戻っていった。
両親は俺を少し「変わった子」だと思っているようではあるが、実害がない限りは干渉してこない。
コンサルティングにおいて、トップ(親)の承認を得るコストが低いというのは、
この上ないアドバンテージだ。
(よし、ここはこんなもんだろう。次は——)
俺は、冷気が直接足元を叩く下層部分に集中して、カヤの積層密度を上げていく。
カヤの間に適度なデッドエア(静止空気層)を作るのがコツだ。
現代のグラスウール断熱材と同じ原理を、五歳の泥だらけの手で再現していく。
その夜。
宗谷の海から吹き付ける咆哮のような北風が、家の壁を揺らしていた。
親父が囲炉裏のそばで、無造作に、安い酒を喉に流し込みながら呟いた。
「……おや。今夜は、背中が少しばかりマシだな」
「勘太が昼間にカヤを突っ込んでたんですよ。寒いって言って」
「ふーん、そうか。」
会話はそれだけで終わった。
親から見れば「寒がりのガキがやった気休め」に過ぎない。
称賛も、驚きもない。
だが、それでいい。
確実に環境は向上し、家族の体温保持率――すなわち生存継続の可能性は上がっている。
俺の知識がこの過酷な現実に対して有効であるという、最初のプロトタイプが成功した証だ。
だが、俺は布団の中で、自分の小さな手のひらを眺めて眉をひそめていた。
(……非効率だ。
数時間作業して、全体のたった10%。
我ながら恐ろしいほど低い生産性だ)
前世で分単位のスケジュールをこなしていた身からすれば、
この五歳の肉体スペックはあまりに貧弱すぎる。
一度に運べるカヤの量は両手いっぱいに過ぎず、握力もスタミナも大人には程遠い。
このペースでは、家の全周をパッキングし終えるまでに十日前後は見たほうがいいだろう。
その間に次の嵐が来れば、未着手の部分から熱が奪われる。
(工程を見直すべきか?
いったん作業を止めて材料集めを先行し、一気に積むか?
それとも、隙間風がひどい北側だけ終わらせて、あとは
コストパフォーマンス(労力対効果)を考えて放置するか?)
うーむ、と考え込む。
他にもやりたいことは山ほどある。
食の改善、衛生的な環境の構築、より効率的な熱源の確保……。
この「原始的リフォーム」という単調な肉体労働に、これ以上自分のリソースを
全振りしているわけにはいかないのが悩ましい。
(令和なら人材派遣サービスに外注して、数人のスタッフを入れれば一発で終わる話なんだがな……。
外注……?)
その瞬間、脳内のニューロンが音を立てて繋がった。
(そうだ、外注だ。
経営の基本だろう。
自分ができないことは、できるやつに頼めばいい。
俺自身の労働力が足りないなら、外部リソースを調達し、組織化すればいいんだ)
かつて人材派遣会社のコンサルを担当した際、俺がクライアントに説いた理論が蘇る。
「適切な人材に、適切なインセンティブを与え、適切な指揮系統に組み込む」。
これは時代が江戸になろうが関係ない、組織論の真理だ。
思考の海が急速に深まっていく。
ターゲットは同年代のガキどもか。
それとももう少し上の、身体が動く連中か。
彼らの欲求は何か。
食欲、承認欲求、あるいは未知への興味か。
(問題は、報酬だな……。
今の俺には、彼らに支払えるキャッシュがない。
そもそもこんな辺境の漁村では、銭なんて概念はほぼ死んでいる。
物物交換が基本のこの市場で、ガキどもが家の手伝いをサボってまで
俺のために動く『対価』に何を用意する?)
「おい、勘太。ぶつぶつうるさいぞ!」
不意に、親父の野太い怒鳴り声が響いた。
「さっさと寝ちまえ。余計なこと考えてねぇで、明日はもっと薪を拾って来いよ。
お前がカヤを詰め込んだせいで、薪のストックが見えにくくなってんだ」
しまった。
どうやら考えが声に出ていたらしい。
集中すると、ロジカルな思考がそのまま独り言として漏れてしまう。
前世で「嫌味なコンサル」として不要な反感を買っていた悪癖が、この五歳の体でも健在だとは。
気をつけねばならない。
この村で「理屈をこねるガキ」は、時に狐憑き以上に気味悪がられる。
「ごめん、もう寝るよ」
俺は、囲炉裏の残り火に背を向け、布団代わりの薄く硬い布をひっかぶって目を閉じた。
壁の隙間からは、俺がまだ手をつけていない西側から、冷たい風が細い針のように入り込み、
じわじわと体温を奪いに来る。
慣れてきたとはいえ、寒いものは寒い。
五歳の薄い皮下脂肪では、この冷気は暴力だ。
(早く、この拠点を完成させなければ。
そのためには、一刻も早く『組織』を作らねばならない)
「おい!」
再び、親父の苛立った声。
どうやら、また考えが漏れていたらしい。
(転生しても治らないとか終わってるな……この癖。一応、気を付けるようにしないと)
俺は思考をシャットダウンし、無理やり意識を眠りの底へと沈めた。
明日からやるべきことは決まった。
まずは「報酬」の調達だ。
五歳のコンサルタントによる、最初の採用活動が始まろうとしていた。
「親の承認コストが低い」という、まさかの転生アドバンテージ。
しかし、5歳児の生産性は前世の10%にも満たない絶望的なものでした。
次回、第2話――「廃棄物の再定義」。
ついに、宗谷の海に眠る「最強の資本」に目をつけます!




