第41話 王都暴動前夜
王都からの通信は、夜半に届いた。
《穀物価格、三日で二倍》
短い報告。
だが十分だった。
「……来ますね」
カイルが、結晶板を握る。
「ええ」
私は静かに答える。
「暴動未満の混乱が」
不可抗力条項は抑えた。
だが市場心理は止められない。
円環基金は、王国内部で穀物先物を買い占めている。
価格が上がれば、利益が出る。
同時に、民衆は不安定になる。
「王国は?」
「保守派が、“港依存をやめろ”と主張」
私は目を閉じる。
王国は、まだ港基準を完全採用したわけではない。
受諾しただけだ。
国内調整は終わっていない。
その夜、極秘裏に一隻の小型船が入港した。
乗っていたのは――
「……お久しぶりです」
王太子レオンハルトだった。
護衛は最小限。
王族としてではなく、交渉者として来ている。
「ご無事で」
「無事ではない」
彼は正直に言った。
「だが、まだ倒れてはいない」
応接室。
二人きり。
しばらく沈黙が続く。
「王都は」
彼が口を開く。
「明日にも、広場に人が集まる」
「予想通りです」
「止められない」
その言葉は、悔しさを含んでいた。
かつての彼なら、
感情をぶつけただろう。
だが今は違う。
「……助けてくれ、と言いに来たわけではない」
彼は続ける。
「条件を聞きに来た」
私は、静かに息を吸う。
「港基準の全面採用」
「受け入れる」
即答だった。
「国内法改正も」
「やる」
「王族特例の廃止」
彼は、一瞬だけ目を閉じた。
「……やる」
私は彼を見た。
覚悟がある。
「王国は、信用を取り戻したいのですね」
「違う」
彼は首を振った。
「国を守りたい」
その言葉は、以前とは違う重みを持っていた。
私は、ゆっくりと言う。
「港は、王国を救いません」
「分かっている」
「条件を示すだけです」
「それでいい」
沈黙。
「もう一つ」
私は続けた。
「円環基金に接触している貴族を、洗い出してください」
彼の目が鋭くなる。
「内部にいると?」
「ええ」
「証拠は」
「まだありません」
「だが確信はある、と」
「あります」
彼は、ゆっくりと頷いた。
「やろう」
立ち上がる彼の背は、以前よりも重い。
だが、逃げてはいない。
「……アリア」
扉の前で、彼が振り返る。
「婚約の件は――」
「過去です」
私は静かに言った。
「今は、契約の話だけを」
彼は、わずかに笑った。
「……そうだな」
船が夜に消える。
私は窓の外を見る。
王都では、明日人が集まる。
叫びが上がる。
不安が広がる。
契約破壊同盟は、
剣を抜かない。
だが国家は揺らぐ。
私は、静かに思う。
信用は、数字だけでは守れない。
人が揺れれば、制度も揺れる。
戦争は、条文から始まった。
だが次に揺れるのは――
**人心だ。**




