世界と最後の選択
少女は最後の扉を開いた。
光がすべてを包み込む。
その眩しさに、一瞬目を閉じる。
そっと息を吸い込み、ゆっくりと目を開けた。
目の前には、広がる世界があった。
風が吹き抜ける草原。
どこまでも続く青い海。
遠くにそびえる山々。
少女は、言葉を失った。
——今まで見たどの世界とも違う。
どこかの国でも、誰かの家でもない。
ここは 誰のものでもない、何者にも定められていない世界 だった。
「……ここは?」
静かに呟く。
返事はない。
ただ、風が吹いている。
広がる大地を見渡しながら、少女はそっと 胸元に手を当てた。
指先に触れたのは 巻物。
——教皇からもらった、何も書かれていない巻物。
少女は、それを取り出し、広げる。
だが——
やはり、そこには何も書かれていない。
少女の指が、無意識に紙の上をなぞる。
「どうして……?」
これまでの旅を思い出す。
歩いてきた道。
見てきた景色。
出会った人たち。
すべてが、少女の中にはあるのに——
巻物には何も刻まれていない。
「……私は、何をすればいいの?」
ここが旅の終着点なら、
ここで私は何をするべきなの?
少女は巻物を握りしめ、風の中に立ち尽くした。
ここに来るまで、扉を開くたびに新しい世界があった。
与えられるものがあった。
でも、この世界には 何もない。
いや——
違う。
少女は、息をのんだ。
この世界に、何もないのではない。
何かが足りないのではない。
ここには すべてがある。
草原も、海も、山も。
光も、風も。
ただ、たったひとつ 「私が決めるもの」 が残されているだけ。
巻物に何も書かれていないのは——
「ここに何を書くかは、自分で決めろ」 ということ。
「……。」
少女は、ゆっくりと息を吐いた。
扉を開いた瞬間。
最初の一歩。
出会った世界、選び取ったもの、乗り越えた迷い。
そのすべてが、少女の中にある。
もう、誰かに決めてもらう必要はない。
誰かの言葉を待つこともない。
私は、どうしたい?
私は、何を選ぶ?
少女の胸に、ひとつの言葉が浮かんだ。
「私は、ここにいる。」
少女は、巻物にその言葉を書いた。
その瞬間——
世界が変わった。
風が吹き抜ける。
光が満ちる。
すべてが「ひとつ」になった。
世界が、完成した。
少女は、そっと巻物を閉じた。
そして、足元の草を踏みしめた。
歩き出す。
新しい世界の中へ。
それがどんな場所なのか、どんな道が待っているのか。
それは、まだわからない。
でも、それでいい。
この世界の物語は、今始まったばかりなのだから。
完。




