13 最終話
「へぇっく、しょいっっっっ!」
「うわあああっ!」「きゃあああっ!」
突然真近で響いた大声に、僕とセンパイは、音速で身体を引き離した。
「あ、あー、ごめん、万理沙。あとナオキくん」
暗闇の中で、誰かが立ち上がった。
先程告白した愛しい女性に、良く似た顔立ちの女性。
「お!お、お、おお!お、おおおおおお」
「万理沙、まりさ、ごめん、落ち着いて」
「おおお、お姉ちゃん!一体、いつから・・・・・・」
「あーごめん、ホントに。もう、最初っから全部。こっそり家に戻るつもりだったんだけど」
「最初っ、から・・・・・・」
俯く女神。その小さな身体から、世界を滅ぼさんとする魔王の様な瘴気立ち昇っている。
うむ、見える。暗闇の中でも。陽炎のように。
「だ、だ、だ・・・・・・」
「ま、まりさ、あのねこれはその」
「大っ嫌い!もうお姉ちゃんなんて大っ嫌い!」
猛ダッシュで、公園を飛び出して行く。
・・・・・・あーあ。
「いや、もう何度も言うけどごめんね、ナオキくん。超いい場面だったのに」
「わざと、ってことはありませんか?妹想いのお姉さん」
「ななみ、でいいよ。ご想像にお任せするわ。・・・・・・とか言いたいけど、本当に今のは不可抗力。あんなの邪魔するほど、無粋で野暮じゃないわよ」
「いつぞやの家の時は」
「あのままで、理性を保つ自信があったの?私が言うのもなんだけど、あの子、たぶん日本で一番可愛いわよ」
「・・・・・・感謝しています」
あそこでどうにかなっていたら、今と同じ結末ではなかっただろう。
「こちらこそ、と言いたいわね。ごめん、もう全部知ってるし、聞いちゃったから言うけど、あの子のこと、全部聞いたんだわよね?」
「ええ」
「ゲスな男なら、それをネタに身体を、とか考えても良かったはずだからね」
それは、一瞬考えなかったわけではない。学校の生徒・教員に全てバラす、という脅迫。
だが、その選択肢はなかったし、なくなった。
「心までもらっちゃうことにしたんです」
「・・・・・・あなた、それアニメとかの見過ぎ?高校生の台詞じゃないわよ」
はて。そんなアニメがあったかなあ。
首を捻る。
「・・・・・・まあ、ナチュラルで言ってるなら、またきっと近いうちに苦労するわね、あなたも、あの子も」
「どう言う意味ですか?」
「もうちょっと経験を積めばわかるわよ」
「・・・・・・精進します」
「ん」
お姉さんは、暗闇で伸びをした。
やっぱり大きいな。
「さて。・・・・・・あたしは今から、どうやったらあの子が口をきいてくれるか、朝学校にちゃんと行けるか、言い訳をたっぷり考える事にするわ。直樹くん、朝大丈夫?」
時計を見る。午前1時35分。
「・・・・・・やばいっす」
「朝、あの子を叩き起こしたら、一番でモーニングコールさせるわ。あの子の声で起こして欲しいでしょ?」
「そりゃあもう」
「じゃ、それでチャラ、ね」
いささか強引な条件だが。
「異存はありません」
「それじゃ、気をつけて帰るのよ。未来の弟さん」
二学期になった。
一学期の終わり、猛烈な嵐が吹き荒れた学期末は終わり、夏休みになった。
モンバスフェスタにはやっぱり同じ学校の生徒が来ていて、ベタベタいちゃいちゃしているところを見られ、写メールで一斉に学校中にばら撒かれ、月曜日に眠い眼をこすりつつたどり着いた教室では、異端諮問官のようなタカシが待ち構えていたりして、でも噂では二年生はもっとすごい事になっていて、月曜のお昼には僕と女神が揃って生徒指導室に呼び出されるハメになったけれど、いつしか嵐は止んでいった。
同じ一年生の妬みはすごいものだろうと構えていたが、最初の頃にちょっと話がこじれただけで、その後はむしろ、応援しよう的な雰囲気になったり、上級生から今宮守ろうぜ、みたいな妙な雰囲気になっていった。タカシや美沙の影響かどうかは知らない。
実質的な嫌がらせは、机にウンコが載せられていたのが一度、チャリが両輪パンクさせられていたのが二度ほど。たいしたことではない。
女性サイドの影響はほとんどなく、最初の頃に一度、女神の友人という女性3人がやってきて、いろいろと(主に女性関係の)質問をしていったが、普通に話しているうちに打ち解けて帰っていった。まあ、女神は女性にも人気があったし、そもそも妬んでも得になったりしない性格だし。
で、夏休み。
「で、お母様、今度はホイップを混ぜます。最初は大きめのボウルに入れて、ゆっくりと丁寧に・・・・・・」
うちの母親からすれば、モテナイ息子に可愛い彼女が出来たわけで。
念願の「娘にお菓子作りを教える」を実行したわけなのだが(もちろん結婚したわけじゃないから、娘でもなんでもないのだが)、むしろなんでもできてしまう女神に逆に教えられる始末。
それでも、なんだかんだと楽しく作っている。やはり推理小説好きは話題が合うのか、家に来るたびに知らない外国人の名前を話し合っている。さっぱり分からないが、気の合うのはいいことだ。
今度、ふたり一緒に泊まりがけで遠くのアウトレットモールに服を買いに行く計画まで立てているらしい。おいおい、息子はどうするんだ。餓死するぞ。
彼女の家にも何度かお邪魔することになり、夏休みの間に都合5回ほど、お世話になった。
いろいろと想像していたが、予想以上にご両親は穏やかでほわわんとしていて、娘をよろしくお願いします、などと逆に頭を下げられてしまった。
このお母さんが娘にそんなことを強要したり、お父さんが激怒したなどとは到底想像もできない。だが、眼鏡の奥に湛えられた光は深い力を宿していて、いざ、という時のことを感じさせるお父さんだった。忙しい建設会社の支店全てを任されている立場とのこと。
5回もお邪魔したわけは、このお父さんの趣味が将棋だからだ。どうも、娘二人や妻は一切相手にしてくれないらしく、コンピュータ将棋はやりたくない、と普段は社員相手に指しているとのこと。
だが、仕事中に社員をさぼらせるわけにもいかず、休日はあまり好きではないゴルフばかりで対局に飢えていたらしい。もっとも、実力はなかなか伴わないものらしくてんで弱かったので、社員もわざと負けたりしていたのだろう。
お姉さん、姫神奈々美さんは現在大学生。将来はまだ未定らしい。
正直なところ、万理沙さんよりも奈々美さんの方が美人に見えることがある。ならどうして妹だけが芸能界に入ったのか?それは今でも聞いたことがない。おいおい話してくれることもあるだろう。このお姉さんだけがナオキくん、と下の名前で呼んでくれる。
タカシと美沙は今まで通り。つき合っているということは内緒というか、誰にも言わずにいるつもりらしい。
密かに夏休み、女神を入れて4人でダブルデートしたりもした。主にタカシの希望で。もちろん、途中で互いの相手が一時的に入れ替わったのもタカシの策略だ。30分とはいえ、女神を独り占めできたタカシは、顔全体の筋肉が弛緩したような顔で戻ってきた。女神も楽しんでいたようなので、まあいいこととする。美沙も大して怒っていなかったようだし。
剣道部は相変わらずだ。一学期の終わり頃はやや乱暴な仕打ちも受けたが、夏休みに入ると秋の新人戦もあるため、私怨ばかりはしていられなくなった。だが、あのキャプテンでさえも「今宮、僕も本当のところ、おまえが羨ましいよ」と言っていた始末。女神は偉大である。
「まだ、ちょっと暑いね」
「ええ。台風が今年は少ないみたいで」
「夏は苦手だったけど、今年の夏はとっても楽しかった。いっぱい遊びに行けたし」
「宿題があんなに早く終わったの、初めてでしたよ」
「あはは。ちょっと教えすぎたかな?」
「来年も、この調子でお願いします」
「あーっ、かのんくん、ホントは自分でやらなきゃだめなんだよ?実力テストとかに響いちゃうよ?」
帰り道、いつものようにチャリを押して歩く。
彼女の歩調はゆっくりで、なぜかいつも俺の少し前を歩く。だから、見ているのはいつも背中だ。
あれ?僕、だったような。俺になったのかな。いつの間に。
彼女の存在は眩しくて、まだ少し気後れしてしまう。
いつか、並んで歩けるようになるだろうか。
巨大なモンスターに立ち向かった、ゲームの中の二人のように。
そう、二人ならいつだって、立ち向かっていける。どんな相手でも。
これで終了です
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