英国第三王女
イギリス、正式名称「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」は非常に複雑な立憲君主制国家である。
イギリスはイングランド、ヴェールズ、スコットランド、北アイルランドの四の国で構成されていて、王族も健在であり騎士団もいるという事からも伺える様に伝統を重んじる国でやや排他的な風潮がある。
国土面積で見るとあまり大きくない島国だがその軍事力や影響力は絶大で、18世紀から19世紀にかけて起こった産業革命によって当時イギリスは世界一の工業国になった。また、1803年から1815年に勃発したナポレオン戦争では重要な役割を果たし、第二次世界大戦ではフランスと共にドイツに宣戦布告し、戦争の火種を作った。
そしてなにより忘れてはならないのがアメリカ合衆国の建国である。今日、アメリカは世界的に非常に影響力の強い国であり、軍事的にも経済的にもあらゆる面で平均で見れば世界最高峰といっても過言ではない。
しかし、もしイギリスが無ければアメリカという国は存在しておらず、世界も大きく変化していただろう。
そういった意味でイギリスは偉大であり、現在世界最高峰の国であると言える。
1
イギリス、ロンドンのバッキンガム宮殿。
現在時刻は深夜12時45分、辺りは静まり返っており暗闇に包まれていた。
そこをゆっくりと通る足音が聞こえる。
「.......お許しください、お母様」
その声は硝子の様に透き通った少女の声だった。
やがて東館の渡り廊下に差し掛かった少女の体が月の光に照らされた。
緑色のショートヘアで碧眼、ガラスの様に透き通る白い肌、芸術品の様な美しい顔立ちで淡いエメラルドグリーンのドレスを着ている。
彼女の名前は「サシィ=アリス=エリザベス」身分は英国第三王女。
サシィは現在、母親である英国女王から逃げていた、それも国際的な理由で。
サシィは渡り廊下の壁を飛び越え、走りながら思う
(とにかく逃げなければ)
宮殿の外壁に辿り着くと、門の外には銃を持って警備している近衛兵が見えた。
サシィはそこへ首に掛かっている黄金のケルト十字架を投げつけた、そこにただ一言。
「十字架は生の象徴。黄金は栄光と富の象徴。主によって逆転する、光よ、我が敵を撃ち滅ぼせ」
瞬間、十字架が光り、十数名の近衛兵が声もなく倒れる。
サシィが門から出ると、近くに止まっていた黒い高級車に迷わず乗り込んだ。
そこには7、8人の黒いスーツの男が座っていた。高級車とは言ってもただの車ではなく、王室の人間が公務に使う8人程は余裕で入れるリムジン車だが。
と、前に座っている運転手がサシィの方を向いて
「サシィ王女様、お待ちしておりました。これからこの車で市街地に出た後、乗用車に乗り換えて人員を四分割します。それぞれの車をバラバラの場所へ向かわせ、サシィ王女様の乗った車の班は「セント・パンクラス駅」へ行き、欧州国際横断列車でドーバーを通過してフランスの「パリ・ノール駅」
から乗り換えて「パリ=シャルル・ド・ゴール空港」へ行きます。何か問題はありませんか?」
と、スラスラと説明する。
「ええ、問題ありません」
素人が聞けばなぜそんな面倒な事を、と思うかもしれないが王室の人間は普通、乗用車は使わない。
だからまずリムジン車で市街地まで出て行く。更により逃亡成功の確率を上げるため、人員を分割した上で乗用車に乗り換えてサシィの班以外の車は全く別の方向に向かわせ、囮にする訳である。
そして、サシィの乗る車はわざと庶民的なルートを通る事によって確実に逃亡を成功させる。
「空港に着いた後はアメリカへ飛びます」
そう運転手の男が言うと前を向いてアクセルを踏み、緩やかに発車させた。
1,5
午前1:45
「まだ見つからないのですか! サシィから目を離すなとあれほど言っていたのに!」
そう叫んだ高齢の女性、「ライアン=アーネスト=エリザベス」は怒り狂っていた。
幾つもの三つ編みを後ろで束ねている銀髪に豪華な装飾が施されたティアラを差し込みシワだらけの顔で茶眼、毒々しい紫色の派手な柄のドレスを着ている。
現在の身分は英国女王。
そこには5、6人程の男所がいて、騎士が着るプレートアーマーを簡略化した様なものを身に着けている。
その中の一人が真剣な表情で
「申し訳ありません。「ロンドン・ヒースロー空港」を隅々まで探しましたが見つかりませんでした」
「なら、手当たり次第にイギリス中の空港を探しなさい!」
ライアンがそう激昂すると男が釘を刺す様に
「お言葉ですが女王陛下。そんな事をしても無意味です」
ピクリ、とライアンの眉が動いた。ライアンはそのままの表情で
「それはどういう事です?」
対して男は冷静に
「逃亡を確実に成功させるなら、第三王女はできるだけ一般人に紛れようとするはずです。つまり第三王女は乗用車や鉄道等を使って国外に脱した後、航空機で逃亡する。という様な手段を取ると思います」
ライアンは感心して
「なるほど。確かにそれが一番あり得るでしょうね、しかし航空機に乗り換える国は一体....」
男はそんなライアンに試す様に
「ロンドンから短時間で国外に行ける鉄道で尚且つ直通で空港へ通じている路線の終点、と言えば分かりますか」
それを聞いてハッ、として
「フランスの「パリ=シャルル・ド・ゴール空港」ですか」
「その通りです。やるべきことは分かりました。陛下、私にご命令を」
ライアンは不気味に笑い、ゆっくりと
「「パリ=シャルル・ド・ゴール空港」に先回りして、サシィを捕らえなさい。抵抗する場合は武力行使しても構いません」
2
フランス パリ=シャルル・ド・ゴール空港、午前3:32。
サシィの一行は国境を越え、ようやく空港に到着した。
予定では王室専用のプライベートジェット機でアメリカへ飛ぶはずだったのだが、
「そ、んな.... ジェット機が.....」
一行が乗るはずだったものは真ん中に大穴が開き、グチャグチャにひしゃげていた。
これでは全く使い物にならない。
サシィは暫く呆然と残骸を見つめていたが不意に思考が寸断される、
突然横の壁に大穴が開き、ゴォッ!という轟音と共に周りが薙ぎ払われたからだ。
「ッ!」
サシィは咄嗟に手を組んで早口で叫ぶ
「主は原罪を洗い流す(プラ・シェ・プラーガ)!」
瞬間、首に掛かっている十字架が燃え盛る。だが、それだけだった。
吹き飛ばされた壁や床等は容赦なくサシィ達を押し潰す、
暫くして空港内が沈黙に包まれる。
そこへ、数名の男女が大穴から現れた、その中の黒髪のリーダーらしき人物が
「おやおや、少々やり過ぎてしまいましたかな? しかし、女王陛下には武力行使を許可されていますし.... 「王女派」の奴らは良いとして、第三王女は”腕の一本や二本無くなっても問題ありませんからね”」
「問題有りまくりだアホ」
そう言ったのはサシィ達の中の一人だ、先の直撃を受けたのにも拘らず全くの無傷で立っていた。
「おや、やはり簡単にはいかない、と。そう言う事ですか」
黒髪の男はうんうん、と頷いて
「ま、どうでも良い事ですね」
剣を一薙ぎする。
「ぐ、あッ!」
それだけで目の前の男が10m以上もノーバウンドで飛んだ。
「......やはり、威力が高すぎますね。これでも大分威力を落としているのですが、」
黒髪の男は嘲りながら止めを刺す為に近づいて行く。
しかし、それは成し遂げられなかった
「石は鉄を創造し、鉄は十字架と処刑を象徴する(パルデンス=ファルム・ファルム=クルーチス=ポエナ)」
誰かが小さく呟いたのが聞こえた。
次の瞬間、黒髪の男の体が爆発した
「くッ、はぁッ」
より正確に暴発した、と言った方が良いかもしれない。
黒髪の男は傷口を押さえながら喘ぐ様に
「対..キリスト教徒用術式、ですか」
その目前にいたのは
「変わったわね... ディミトリアス。誰が貴方をそう変えたの?」
サシィ=アン=エリザベス。
彼女も又、無傷だった
ディミトリアスと呼ばれた男は暫く黙り込み、やがてボソッとした声で
「..聖ペトロは屈辱と侮蔑の象徴にして正義の象徴。異端は十字架の前に死ぬ」
と、ディミトリアスに青白い光が雨の様に降り注ぎ、傷口を修復した。
「その質問にあえて答えるとすれば、それは”私自身”と。そう答えておきましょう」
ディミトリアスはサシィに笑いながらゆっくりと近づく、
サシィはそれに対し優しく微笑み掛けて
「ごめんなさいね、私はここで捕まる訳にはいかない..... 主は20人以上の弟子達に姿を見せられた」
サシィ達の体が虚空に消えた。
「な..ッ」
周りにサシィの姿は確認出来ない、恐らく本当に消えたのだろう。
ディミトリアスは詳しく調べようとしたが、その前にディミトリアスのメンバー... 「聖騎士団 女王の砦 女王派」の一員である赤髪ショートの女性、「ジャンヌ=フランセ」が話しかけてきた。
「団長。念の為周辺の熱反応を探知しましたが、それらしい反応はありません」
ディミトリアスはそうですか、と小さく答えると
「ならば、攻め入るまでです。我ら「女王の砦」は何があろうと女王の命令に従う、と。そういう訳です。
そして... 裏切り者には制裁を♪」
と、軽やかで陽気な口調で言った。




