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人喰らい、人喰らえ  作者: 平井星人
市街編
22/27

第22話 鬼の祭 後編


 裕子は家に入るなり家具を移動させて、窓や引き戸をふさいだ。


「あの人数が相手なら気休めだけど」


 貴之の頭へ巻く包帯を探してきて、右目の状態を確かめる。


「大きく裂けたから出血がひどいけど、眼球はつぶれてないみたい」


「でも固めておいたほうが動きやすそうかな……あうっ……」


 気がゆるんだせいか、貴之は思い出したように痛そうな表情を見せた。



 手当てを終えた裕子は冷蔵庫をあさり、ジンヤに肉類を喰わせて休ませる。

 入浴の準備をしてから、衣装ダンスや押入れもひっかきまわした。


「着替えは見つけたので、服を着たまま入ってください。貴之くんのぶんもあったので、いっしょに」


「えっ。あの、つきそいは藤沢さんのほうが……?」


 貴之はからかわれているのかと思ったが、裕子は真顔だった。


「わたしだと、なにかあった時に声を抑えられるかどうか……それに緊張し続けたせいで、疲れがひどくて。これくらいの夜ふかしは、いつもなら平気なはずなのに」


「それなら……少し眠っておく? オレは傷が痛んで眠れそうにないし」


「ありがとう。それなら少しだけ。久津井さんも眠れそうなら、なるべく長く眠っておいてほしいので、衿川さんとの連絡をお願いします」


 裕子は貴之に通信機を預け、操作を教えておく。



 久津井はスカートスーツのまま湯船へ入った。

 貴之はシャワーの角度を調整して、久津井の上半身全体へあてる。

 透けて見えてしまった下着から目をそらし、湯船を背に座った。

 濡れてもいいように、シャツとトランクスだけになっている。

 裸足をのばせるだけでも気持ちよかった。

 ケガさえなければ頭も洗いたい。

 顔半分へ厚く巻いた包帯に、早くも血がにじみはじめている。


「貴之さん……なんでこんなにしてまで?」


 久津井が背後から、そろりと首筋へ触れてきた。


「私へまとわりつく怪物のせいで友だちを失って、声も失うほどに怖い思いをしたのですよね?」


 耳元で細い声にささやかれ、貴之は息を飲みこむ。

 どうにか呼吸を落ち着かせて、照れた笑顔を見せた。


「年上の女性には失礼かもしれませんが……久津井さんて、ほうっておけないんですよ」


 ちらとふりむくと、久津井は苦笑してうつむいていた。


「私は、怖がりだから……」


 貴之は透けている胸元に気がついて、あわてて視線をもどす。


「優しいから、です」


「年上の私が言っては情けない気もしますが、貴之さんは頼もしいです……とても」


 もう片方の手も抱きすがってきて、貴之の鼓動は早くなる。

 浴室のドアは開けたままで、廊下が見えていた。

 その何歩か先の居間では、裕子とジンヤが休んでいる。


「久津井さん……?」


美咲みさきという名前です」


 濡れた両腕がからみつき、柔らかい感触が押しあてられる。


「美咲……さん……」


 貴之は身動きできないまま、自分の両手を持て余した。



 夜明けにはまだ遠い。

 久津井が浴室にいた時間は数十分ほどだったが、顔色は良くなっていた。

 家にあった明るい色のチュニックとスカートに着替えている。

 貴之は汚れのひどかった制服をわざわざ着なおした。

 裕子はそれを予期していたのか、汚れをおおまかに拭きとり、暖房にあてて乾かしてある。


 三人は家にあったもので、簡単な食事を済ませた。

 ジンヤは起きる気配がない。

 裕子はたびたび様子を見ている。


「なにがあるかもわからないから、できれば朝まで眠らせたいけど……」


 言葉の途中で、ガラスの割れる音が聞こえた。

 カメラつきのインターホンで玄関前の様子を見ようとしたが、壊されている。

 引き戸も壊され、ふさいでいた棚が倒された。

 貴之は久津井を台所へ隠し、廊下で椅子をかまえながら通信機を操作する。

 裕子はジンヤの背をたたいて起こそうとした。

 男たちがなだれこみ、貴之は床へ押しつぶされ、通信機が踏み壊される。


「友木の息子をつかまえました!」


 ジンヤを警戒している様子で、居間には誰も侵入してこない。


「連れていけ! 引きあげる!」


 廊下の奥で、大柄な中年の長髪男が叫ぶ。


「なんで貴之くんを!?」


 久津井が出てきてしまう。

 貴之はなおも暴れ、抵抗していた。


「友木くんなら、殺してもバケモノに襲われないと思っている……?」


 裕子はジンヤの背に隠れたまま、銃をかまえていた。


「なんだ? そのバケモノは動かないのか? それなら女たちも戦利品に……」


 長髪男は居間の入口まで来て、ジンヤへ銃口を向ける。


「その声……あなたがリーダー?」


 裕子も銃口を向けたが、長髪男の前へふたりの短髪男が立ちふさがって盾になってしまう。

 久津井は包丁を持ち出していたが、刃先の方向に迷っていた。


「待って!?」


 筋肉質な短髪男たちは表情を変えない。

 大柄な長髪男は露骨に嘲笑する。


「そんなもの、女がふりまわしたって……」


 久津井は貴之を凝視していた。

 暴れて傷口が開いたのか、包帯の赤い染みが大きく広がっている。

 久津井は包丁を自分の手首へ押し当てた。


「よく見て!」


 力任せに引く。パタパタと血がこぼれ落ちた。

 長髪男が眉をしかめる。


「わ、わたしが死ねば……」


 久津井の息が荒く、思いつめた顔が震えていた。


「傷口が……?」


 裕子の声で、久津井の手首へ視線が集まる。

 微細な糸をいくつも噴き出していた。


「バケヘビの兆候……眠ってないのに!?」


 貴之が叫ぶと、男たちはうろたえて後ずさる。


「てめえら腰ぬけか!? 騒がなきゃいいだけだ!」


 長髪男の一喝で短髪男たちは踏みとどまった。

 沈黙。

 手首の深い傷は、血が止まりはじめていた。

 そして糸もたれ下がるだけで、それ以上には増えなくなる。


「傷つけると、バケヘビが守ろうとする?」


 裕子の言葉で、久津井はふたたび貴之へ目を向けた。


「それなら『こう』すれば……」


 首の横、頚動脈へ刃を当てる。


「バケモノが一斉に、寄ってくるんですね?」


 男たちがふたたびどよめいた。

 長髪男もしばらくにらんでいたが、久津井の震える手元を見て、鼻で笑う。 

 久津井はひざもわななき、汗がひどい。


「できるわけがない、と思っていますか? 私は、すごい怖がりなんですよ……?」


 長髪男はニヤニヤ顔で首をかしげる。


「今、貴之さんを失って生きられるほど、強くないんです!」


 久津井の目は、貴之の顔だけを焼きつけていた。


「それならみんな、道連れに死んだほうがまし!」


 長髪男はなおも嘲笑していたが、不意に顔をこわばらせる。


「おい待て……なんのつもりだ?」


 背に銃口をつきつけられていた。


「撃てますよ。この町に残る全員の命と引き換えですから」


 角刈りの男……波佐間はざまだった。

 無愛想な表情は緊張していたが、迷いは見えない。


 長髪男は前の仲間ふたりへ目配せを送る。

 どちらも気まずそうにふりむいた後、長髪男へ銃口を向けた。

 長髪男は銃をもぎ取られ、後ろ手に縛られる。


「藤沢さん、もう一度、話し合いたいのですが……」


 波佐間が頭を下げた。

 裕子はジンヤがわずかに動きはじめた様子に気がつく。


「それなら一度、学校へ集まりませんか?」



 中町小学校へ近づくと、肉や髪の焦げる悪臭が漂ってきた。

 校庭の隅に、煙を上げる小山がいくつも積まれている。


「あれはまさか……死体?」


 貴之は鼻を押さえ、胸のむかつきに耐える。


「負傷者はバケモノになるからと、リーダーが指示を出したので」


 波佐間は苦しげにうつむいた。

 裕子が怒りに震えている。


「あんなにたくさん……誰も殺す必要なんてなかったのに」


 校舎の窓には人があふれていた。

 波佐間の仲間が統制している様子で、ジンヤの巨体が見えてもざわめきは小さい。

 リーダーだった長髪男は後ろ手に縛られて座らされ、波佐間が銃口を向ける。


 間もなく二台の担架が運ばれてきた。

 しばらくは貴之ですら、それが『なんなのか』わからなかった。

 久津井が口を押さえて顔をそむけ、震えて泣きだす。

 貴之は無表情に見つめ続けた。


「手当てはしたんだが……」


 波佐間はうなだれ、ただ冷や汗を流す。

 異常な回数、殴られ続けて腫れあがった顔は黒ずんだ青紫に変色していた。

 裕子は人相もわからなくなったふたりの目を、そっと閉じる。


「貸して」


 貴之は静かにつぶやき、波佐間の手から拳銃をもぎとる。

 間もおかず、長髪男へ向けて引き金を何度も引いた。

 近くにいた代表者たちが後ずさり、群衆からもどよめきが起こる。

 弾は出ない。引き金が動かなかった。


「……安全装置か。はずしかた、知らないや」


 声に感情は無く、銃を見つめる目も虚ろだった。

 長髪男は冷汗を浮かべながら、薄ら笑いを見せる。

 貴之は握った銃をふり上げていた。

 目に感情はない。

 加減なしに台尻をたたきつけ、ふり上げては殴りつけた。

 何度も何度もくり返した。

 久津井が背にすがりついて止め、波佐間も長髪男を蹴り倒して引き離す。


「宮武さんは自分の子供を亡くして、政府に逆らってでも真相をつきとめるつもりでいたのに……」


 貴之の声は大きくないが、周囲のざわめきを小さくさせる。


「父さんは、みんなを治すために学校へ残ったのに……」


 貴之はようやく、悲痛に顔をしかめた。



 裕子は長髪男を冷たく見下ろす。


「あなたは最も効果的に犠牲者を増やした最悪の『バケモノ』だった」


 長髪男は脂汗をかく。

 一斉に怒りの視線が集まっていた。


「暴動さえなければ、今ごろほとんどの人は脱出できていたのに」


 波佐間は通信機からの連絡に顔色を変える。


「……え!? ま、待ってください! 学生ふたりは無事です! すぐに代わります!」


 とり乱した様子で裕子へ通信機を預けた。


「わたしは無事です。通信機を壊されましたが、束縛はされていません。今の『新しいリーダー』は、前のリーダーの時から協力的でした。信用したいと思いますが……」


 返答を聞いていた裕子が眉をしかめ、くちびるをかむ。


「そうですか……急ぎます。ではまた」


 校庭にはすでに、数十人の代表が集められていた。


「わたしから説明してもいいですか?」


 裕子の確認へ、波佐間は重苦しい顔でうなずく。


「これからわたしたちは、夜明け前までに学園へ移動します」


 淡々と言いきられ、代表者たちはざわめいた。


「え。あのバケモノが出た研究所へ……?」


 波佐間はいらつきながら、手を大きくふって黙らせる。

 裕子は感情を抑えて説明を続けた。


「間に合わなかった場合、町ごと焼かれます」




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