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ズナの森のヌシ③

「シュデア!! ヌシの首を持って帰ってきたというのは本当か!!」

「ちょっとハングリーさん! 勝手に開けないでくださいよ!」


 早朝。帝国関所内の留置場。

 木製のろくでもない椅子に座らされ、帝国兵に何度も同じ説明をして辟易としていたシュデアの元に、扉を蹴破る勢いで開け放って雇用主(ハングリー)が興奮した様子で入ってきた。


 シュデアの目の前にある、椅子と同様の材質で出来ている小型のテーブルには、没収されたシュデアのランク証が転がっている。


 シュデアは通行税を支払えなかった上、直径約1メートルを越すヌシの首を引き摺って全身血塗れで現れたことを警戒され、ハングリーを呼ばれるまで拘束されていたのだ。


「ああ。こいつらに取られて今は外に転がっているがな」

「お前がやった証拠がどこにある!!」

「ああ? ヌシの首そのものが証拠だろうが。ハ、帝国兵は脳みそが詰まっていなくても務まるらしい」

「貴様……!!」

「いやー!! いやいや、帝国兵の皆さん、ウチの冒険者が無礼を働いて申し訳ない! ただ……このランク証は間違いなく弊ギルドが発行したものですよ。必要であれば後ほど、登録用紙もお見せしましょう。それと俺は一度シュデアの魔力の残滓を見ています。シュデアが倒したのならまだ残っているはずだ。それで判断しても?」

「……分かった」


 帝国兵が渋々というように引き下がるが、苦々しくシュデアを睨みつけた。

 それを見て、更に煽ってやろうと失笑して口を開きかけたシュデアを、ハングリーは一番先に連れ出していった。



 そして、数人の帝国兵に守られ、地面に転がっていたヌシの首を見た瞬間、ハングリーは歓声を上げ、シュデアを抱き上げて頭上でくるくると回して大喜びしていた。

 すでに空腹と長時間の戦闘、強引な聴取による疲労で頭が働かないシュデアはされるがまま回された後、降ろされてから何をされたかに気付き、ハングリーを睨み上げるが、そんな視線も届かないほど、ハングリーはシュデアを撫でて褒め称えてくれた。


 帝国兵からも無事解放され、ハングリーに通行税を立て替えてもらい、シュデアはようやく帝都に戻ってくる。


「それじゃシュデア、休んだらギルドに来てくれ。諸々の報告と報酬の話をしよう。お疲れ様!」

「ああ。ありがとう」


 新たに金貨5枚をハングリーから借りたシュデアは、ハングリーと別れ、彼がおすすめだという宿へと歩き出す。


 帝国の空一帯には分厚い灰色の雲がかかっており、早朝とは思えないほど街の中は薄暗い。

 今にも降り出しそうな空を見上げ、シュデアは疲労で重い足をなんとか動かして足早に宿を目指していたが、前方から3人の男性がこちらを見てニヤニヤしながら近付いてくることに気付きその足を止める。


 (……なんだ?)


「よお、お前だろ? 月属性の魔法使いっていうのは」

「!!」

「昼間は俺達の仲間が世話になったなあ」


 その言葉で、シュデアの脳裏に指輪狩りを名乗っていた男達が再生された。


 (あいつら生きていたのか。クソ、厄介なことになっ──)


 状況を把握し、冷徹に黙考していたシュデアの足元に、ゴミでも投げ捨てるかのように一冊の本が寄越された。


 それは何故か、赤血に塗れて酷く汚れている。


 シュデアは文字を読むことはできない。だが、その表紙に描かれた神光色を放つ竜を見た瞬間、自分がいない間に何が行われたのか、そのすべてを悟り──その身からおぞましいほどの殺気が溢れ、男達を射抜いていた目が一瞬で鋭く据わった。


 男達が受けていた報告は、月属性の魔法を使える少女と少年の2人組にやられたということだけ。

 そして彼らが受けた命令は、その少女を攫ってこいというものだった。


 まさか、子供に気圧されるなど想像すらしていなかったのだろう。

 彼らは状況を飲み込めぬまま、本能的な恐怖で後ずさっていく。


 (ここで始末してやる)


「ッ……あ、あのガキが悪い! お前がどこに居るか教えなかったからだ!」

「!」


 シュデアが初めて動揺したように、男達を追い詰めていた足を止める。

 それを隙だと感じ取ったのか、彼らが畳み掛けるように口を開く。


「大人しく俺達と来てもらう! それにあのガキは今頃、汚い橋の下で死んでるに決まって」

「月の矢!!」

「水弾-アクリアバレッタ-!」


 シュデアが叫ぶように詠唱し、神光色と水属性の魔法が激突する。

 だが、比較することすら烏滸がましいほどの月の矢の威力に、男の放った中位級の魔法は一瞬で蒸発。

 矢はその勢いを一切削がれることなく、死の恐怖に顔を歪ませた標的の右肩を抉り、地面へ突き刺さり爆発した。


 煉瓦道が砂埃とともに弾け飛び、まだ目覚めていない街に轟音が響き渡る。


「ッギぃ……!!」


 男が皮一枚で繋がっている腕を苦悶の表情で押さえつける。

 その後ろで、言葉を失って立ち尽くしている残党に無言で照準を合わせると、彼らは一目散に逃げていった。


 シュデアはそれを追うことはせず、デューイと出会った場所まで駆け出していった。


 息切れしているわけでもないのに呼吸が浅くなる。

 心臓が肥大したかのようにバクンバクンと音を立てる。その苦しさに、シュデアは強く眉を寄せて胸元のローブを握り締めるが、足を止めるという選択肢は微塵も思い浮かばなかった。


 いつの間にか、帝国の空を占領している雲は黒く変化している。

 全力で疾走しているシュデアの頬に一滴の水滴が落ち、瞬く間に大降りになった雨が乾いた地面を叩いて濡らしていった。


 アーチ橋に辿り着いたシュデアは、呼吸を整えることもせずに階段から飛び降りる。


「ッハ、ハア……! ッデューイ!」


 デューイを見つけたシュデアの声がアーチ橋の下に響き渡る。

 デューイは橋台に背を預け、足を投げ出して眠っているように見えるが──近付いていったシュデアは、彼の身体の下に広がっている大量の血溜まりを見て息を呑んだ。


 胃の底からせり上がる怒りと不快感に、視界がぐらぐらと激しく揺れる。


 デューイの両腕は、本来曲がるはずのない方向へと折れ曲がり、ぴくりとも動かない。

 何度も殴られたのだろう。顔面は赤黒く腫れ上がり、裂けた肌から流れた血がこびりついていた。


 凄惨な拷問の痕跡に、シュデアは糸が切れたようにその場に崩れ落ちる。


「……なんで……」

「……シュデ、ア……? 良かった、無事で……」


 シュデアの声で意識を取り戻したのか、デューイが微かに目を開き、今にも消えてしまいそうな声で唇を動かした。


「……! なんで僕のことを言わなかった! 死ぬ前に答えろ!!」

「は……はは……言うわけないだろ……シュデアは仲間、なんだからっ……俺が、守って……」

「お前に守ってもらう義理なんてない! 僕はお前よりもずっと!!」


 シュデアの言葉を待たず、デューイは再度気を失ってしまった。

 シュデアは掌に爪を突き立てて血が滴るほどに拳を握り締め──力なく項垂れているデューイ担ぎ上げて、ハングリーの元へ歩き出した。


 

 雨模様の帝国。冒険者ギルドの救護室で深い眠りについていたデューイが、ふと目を覚ました。

 何度か瞬きをすると、ぼやけていた天井が鮮明になっていくが、そこは見たことのない場所だった。


 微かな痛みを左腕に感じ、頭を動かして確認すると、そこには細い針が挿入され、テープで固定されて点滴が打たれていた。


 あの時折られたはずの両腕は何故か元通りになっている。真っ直ぐに伸びる自身の腕を不思議そうに見つめていると、突然、内臓を押し上げられるようなゾッとする恐怖と痛みがフラッシュバックし、吐き気を催したデューイが勢いよく体を起こした。


「っう゛ええっ! っは、はあ……っ」


 深呼吸をしながら辺りを見渡すと、シュデアがスツールに腰掛けてデューイを見ていた。


「シュデア……?」

「なんで言わなかった」

「……仲間だからって言っただろ」

「いい加減にしろ!!」


 ガタンッ!と大きな音を立ててスツールが倒れる。

 シュデアが苛立ったように近付き、デューイの胸倉を掴み上げた。


「っ、なんでそんなに怒るの?」

「そんなことで!」

「“そんなこと”じゃない!」

「!」

「仲間に頼りっぱなしなんて嫌だ! そう思って何が悪いんだよ!!」

「……!」

「俺だってシュデアを守りたい! 仲間ならそうやって、助け合って強くなっていくものだろ!」

「お前に守る力なんかないだろ!」

「じゃあそうやってこれから先も、自分には守る力がないからって言いきかせて、その度にシュデアを売るのか!? そんなことになるくらいなら死んだほうがマシだ!!」

「お前がしているのはただの自己満足だ! 死んでいたかもしれないんだぞ!」

「シュデアだって同じだろ! 何があるかなんてわかんないんだよ!!」

「僕はお前とは違う!!」


 2人は息を切らして睨み合う。

 シュデアは埒が明かないと、掴んでいた手を雑に離し、背を向けて出口へ歩き出した。


「俺、いつの間にかシュデアを仲間だと思ってた。シュデアもそう思ってくれてると思ってたよ。……違ったの?」

「僕は……お前を仲間だと思ったことはない」

「じゃあなんで俺のこと助けてくれたの? シュデアだろ。俺をここに連れてきてくれたの」


 デューイの問いに、シュデアは言葉が出てこなかった。

 心の中で、ぐちゃぐちゃに絡まった感情が喉に張り付いているようで、喋ろうとしては口を閉じるということを繰り返し──乱暴に扉を開けて救護室から出ていった。


 部屋を出た直後。ラッピングされた差し入れを持って、壁に寄りかかっていたハングリーと目が合い、シュデアは鋭く睨みつけた。


「盗み聞きとはいい趣味だな」

「シュデアはデューイの思いを分かろうとしていないだけだろう」

「あ゛ァ……?」

「シュデアが思っているよりも、この世界はずっと広く、そして美しい。もちろん、それを1人で回るのもいい。……ただ、心を動かされる景色というのはね、共に旅路を歩んできた仲間と同じ気持ちで見ることができた時、何倍も強く心に残るものなんだよ。そしてそれは、シュデアの人生を必ず豊かに彩ってくれる」

「……何が言いたい」

「デューイとシュデア。俺は良い仲間になれると思うがね。真正面から本気でぶつかってくれる人というのは中々巡り会えるものではない。そして、自分もそれに対して本気でぶつかり合うことができたなら、それはもう、仲間と言って良いんじゃないかね」

「……」


 包帯を巻かれている拳が、じくりと痛んだ。


「デューイの怪我は、数日前まで一般人だった彼が受けるにしては相当なものだ。例えそれを蛮勇と言われようとも、デューイはシュデアと同じ立場で戦いたいという覚悟を見せてくれたんじゃないかね。……とまあ、老骨の独り言だ! ガハハハッ!!」


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