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24 本当の姿

 14時、約束の時間。

 俺がカフェ『Pausa』の入口に着いたとき、日向さんはすでにそこで待っていた。


 パステルピンクのブラウスに、白のひらひらとしたロングスカート。

 アッシュブラウンのショートボブヘアが、ほんの少し風になびく。


 丸い頭が、こちらを振り向いた。


「待たせてごめん!」

 俺が言うと、日向さんは俺を見て柔らかく笑った。


「全然待ってないよ!」

 日向さんは笑顔のまま、目を少し大きく開いた。


「わあっ! 御影くんの私服、はじめて、かも」

 日向さんは驚いたような声を出した。


 そして日向さんはしばらく俺の全身を見つめ、再び笑う。

「……あはは。御影くん、自分に似合う恰好、分かってるって感じする」


 俺は眉を寄せて首を傾げる。

「どういう意味?」


「ううん。かっこいいと思う」

 日向さんはぼそりと言って、そのままお店の入口に向かった。



 店内に入った瞬間、マスターのおばさんが「いらっしゃいませ~」と声を掛けた。


 マスターは俺を見た途端、ぱっと口角を上げる。

「あら、また来てくれたの! いらっしゃい!」


 日向さんは俺をちらりと見た。

「また……?」


「あはは……」

 俺は誤魔化すように笑うと、マスターは何かを察したのか、それ以上は深入りしてこなかった。



 俺と日向さんは、窓際の席に向かい合って座った。


 日向さんはメニューを開き、じっくりと見る。


 俺は真剣な顔をした日向さんに向けて言った。

「日向さん。ここ、オプションでホイップクリームとかカスタマイズできるらしいぞ」


「え、ほんと?」

 日向さんの目が一瞬で輝く。


「ほんと。『いちごラテ、チョコソースがけ、ミルク多め、ホイップ追加』……みたいな注文ができた気がする」

 俺は視線を上げながら、記憶の中で相馬さんの声を再生した。


「ほんとだ! ……じゃあ、塩キャラメルラテのミルク多めホイップ追加、アラザントッピングにしよ!」


 また新しい呪文来た。


 日向さんは俺を見て笑いながら尋ねる。

「御影くん、前来た時は何頼んだの?」


「え」

 俺は一瞬固まった。


「えっと、ブレンドコーヒー」


「へえ~」

 日向さんは興味深そうにメニューを見る。

「ブレンドコーヒーって、好みでカスタマイズできるんだね! 美味しかった?」


 俺は再び固まった。


 あの時のコーヒーの味が、思い出せなかった。

 多分、美味しかったんだと思う。


 でも、幸せそうにいちごラテを飲む相馬さんの表情。

 落ち着いた低めの声。

 微かなバラの香り。

 品のある身振り。


 彼女に、俺の感覚が奪われていた。


 俺は、思わずため息を吐いた。

「美味しかったよ。また今日もブレンドコーヒーにしよっかな」




 しばらくして、俺たちの前に飲み物が運ばれてきた。


 日向さんの前には塩キャラメルラテ。

 俺の前にはブレンドコーヒー。


 カップから、コーヒーの香りと白い湯気が立っていた。


 俺はその湯気をしばらく見つめていた。


『御影、体調悪いのか?』

 ふとノクスの声が聞こえる。

 俺は首を横に振った。


「いただきます」


「いただきます!」

 日向さんは目を輝かせて塩キャラメルラテに口を付けた。


 日向さんはしばらくキャラメルラテを食べるように飲み、ごくりと喉を鳴らし、コップをテーブルに置く。


「……私、御影くんに誘ってもらって、嬉しかったんだ」

 日向さんは、少し高めの声で言った。


「それなら良かった」

 俺はコーヒーを一口飲んだ。

 ほんのりとした苦みと温かさが口の中に広がる。


「まさか、御影くんの方から声かけてもらえるなんて、思ってなくて……」

 日向さんの頬がわずかに赤くなっていた。


 日向さんは俺から目を逸らして続ける。

「御影くん、休日に出かけるようなイメージなかったし。びっくり、した」


 俺も、コーヒーカップを持つ手が止まった。


「あのさ」


 日向さんの目がこっちを向く。

 俺は、続けて尋ねた。


「俺、やっぱり、『変わった』?」


 日向さんは、驚いたような顔で俺を見つめたまま、黙っていた。

 俺も日向さんを見つめ返した。


 何十秒か経った時、日向さんはハッとしたように答える。


「変わった、とかじゃないと思う。御影くんが、やっと本当の姿を見せてくれただけなんじゃ、ないかな……?」


 そう言って、日向さんはふわりと笑った。


「本当の姿、か」


 俺は暖かいコーヒーをぐっと多めに飲んだ。


「そういえば!」

 日向さんはパンと手を叩く。


「昨日の、勉強と戦闘教えてほしいって話。本気なんだけど。……来週から、放課後、教えてくれない?」


 俺も教えられるほど、勉強も魔術も分かんねえよ……。


『俺の言う通りに教えればいい』

 ノクスの淡々とした声が脳内に響く。


 俺は頷いた。


「分かった。来月は、学年ビリから脱出させてやる」

 俺が不器用に笑うと、日向さんは嬉しそうに目を細めた。


「やった! ありがとう!」




 俺たちは会計を済ませ、店を出た。


「美味しかった~。また来ようね!」

 日向さんは満足気に笑う。


「今日は御影くんにご馳走になったから、次は私が……!」

「日向さんが奨励金もらえたら、驕ってもらおうかな」


 俺がさらりというと、日向さんは頬を膨らませた。



 日向さんと別れた後、俺はスマートリングでメールを確認した。


『奨学金入金のお知らせ』のすぐ下に。

『引き落としのお知らせ』というタイトルのメールがある。


「迷惑メールか?」

 俺はそのメールを開いた。


 プレマス銀行というところから、3万円引き落としの連絡が来ていた。


「詐欺?」


『いや、元の御影大輔が使っていた銀行だな』

 ノクスが答える。


 なんだ、本物か。


 ほっとしたのも束の間、『3万円引き落とし』というワードを思い出す。


「待って、俺、3万円取られるの?」

『そうみたいだな』

「何の金だよ?」


 俺は銀行の利用明細を開こうとした。


『パスワードはXXXXXXXXX』

 ノクスが声を潜めて教えてきた。


「……なんで他人のパスワード知ってんだよ」

『責任者だから』


「は?」

 俺は明細を見て、眉にしわを寄せた。


「魔触商会、分割12回……?」


「3万円を、12回払いってこと?」

『そうみたいだな。総額36万円』

 ノクスの声も、かなり引いているようだった。


 御影大輔、何を買ったん?


 俺の口座残高は、なぜか5万円を切っていた。


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