わたしのはじめての境界線~踏み込んで壊す距離~
最終話です!
最後まででありがとうございました。
では、どうぞ!
ジグルドの屋敷前
ジグルド様の指が腕に食い込んで、痛みを感じました。
それでも、込み上げてくる笑いは、止まることを知らなかったのです。
もう、ここまで来るとお嬢様のヒントをどうやって行動に移そう、なんてことは考えられませんでした。
私は酸素が不足して、よろけそうになる足で地面を蹴りました。
ジグルド様との距離を詰めて、懐に入ったのです。
そして分厚い前髪を掻き上げるように掴み、唇で言葉を奪いました。
ガチリと歯がぶつかり合う音がして、口の中で鉄の味がしました。
燃えるような熱を持った私の唇が、ジグルド様の冷たい唇で冷やされたのです。
ジグルド様は、まぶたを開いたままでした。
私はその金の瞳に食って掛かるように、見つめました。
瞳は揺れていましたが、私から逸らさなかったのです。
きっと一瞬のことだったのでしょう。
でも、私にはゆっくりと時が流れているような感覚がしました。
肩を押され、唇が離れた時、私の視界の全てが赤に変わったのです。
「あああああ!!!」
目を抉られるような痛みが走り、その場に膝をついて蹲りました。
断末魔のような悲鳴が鼓膜を震わせて、耳鳴りが止まりません。
「カミラ!」
ジグルド様の声が頭上から聞こえたような気がいたしました。
しかし、痛みで冷汗が流れ、ただ叫びました。
鼓動とリンクするようにドクドクと痛みは増していきました。
背中に手が置かれ、近くにジグルド様の気配を感じました。
強烈な痛みに目が焼き切れそうで、それになにも反応できませんでした。
そのうち、べっとりとしたものが目から零れました。
鉄の香りが鼻に突きました。
ー痛い、痛い! なんです、血?!
恐怖に身体が震え上がりました。
痛みで目を開けることも、叶わないのです。
膠着状態が続きました。
「カミラもういい、またやり直す!!」
ジグルド様が叫ぶ声が、耳に入ってきました。
目を押さえていた両手を見えないながら、ジグルド様の腕に伸ばしました。
空を切りながらもなんとか触れた腕を、濡れた指先で握りました。
そして、爪を立てて叫んだのです。
「お待ちください! 私は正気です!」
痛みのおかげか意識ははっきりしていました。
以前とは異なり、身体も目以外は自由に動かせたのです。
すると、ジグルド様が私の目元に掌を当てました。
燃え上がるような温度の目は、ジグルド様によって熱が奪われていくようでした。
そして、触れた場所から脳天に向かって閃光が走ったのです。
「ぎゃあああ!!!」
一瞬のことでしたが、眩しくて痛みが飛んで行ったのです。
私はジグルド様の腕を離せなくて、震える指先が更に爪を食い込ませていきました。
目を閉じているのに、視界は真っ白で光が消えないのです。
痛みは消えても、目を開ける勇気などなかったのです。
身体は小刻みに震え、カタカタとなる奥歯が耳元で木霊しました。
「カミラ、目を開けられるか……?」
ジグルド様は、私の耳元でそう言いました。
その声は、いつものジグルド様からは想像できないくらい、か細く、弱々しいものでした。
私は、小さく首を振りました。
ーー私の目は、もう、見えないかも……
私は、そのままで動けないでいました。
すると、ジグルド様の指先が私のまぶたと涙袋を押さえつけました。
そして、そのまま私のまぶたを無理やり開けました。
真っ白な世界から、自分の紺色のスカートがぼんやりと見えたのです。
私は、息を飲みました。
「どう?見える?」
ーー魔法……? ジグルド様が治したのですか……?
ジグルド様の声が届かないくらい、心臓が跳ねてうるさいのです。
私はジグルド様の腕から手を放しました。
それを目前まで持ってくると、そこには確かに自分の手が映りました。
ただ、大部分が赤に染まり、所々乾いて赤黒くなっておりました。
その手の染まり様を見ると、かなりの量の血を流したことがわかりました。
ジグルド様の手首を掴んで、私のまぶたからそっと外しました。
そして、身体を起き上がらせました。
視界には、前髪が乱れたジグルド様が入りました。
その前髪の隙間から、金の瞳が覗いていました。
ジグルド様の瞳に私の瞳が映り込んだ時、息を飲むような音が聞こえました。
すぐに逸らされました。
「カミラ……君……」
口をあけ、瞬きもありませんでした。
「え……?」
「すまない……」
「なにが……ですか?」
なかなか、答えてはくれませんでした。
「……もう、俺以外とは目を合わせられない。」
強い風がジグルド様の前髪を揺らして、その瞳と私の瞳が再びピタリと合わさったのです。
私は襲ってくるであろう痛みに体が勝手に身構え、震えが走りました。
しかし、いくら待っても痛みは来ませんでした。
何も起こらなかったのです。
私は息を潜めました。
「ジグルド様、私は……?」
「君も金の瞳になったよ。」
「そんなはずは……」
ジグルド様は静かに首を振りました。
「俺と一緒。俺が、お前をバケモノにしてしまった。地獄まで道連れだ……カミラ。」
ーー金の瞳? バケモノ? それは私の目が魔眼になった、ということでしょうか?
私はじわじわと胸に沸き起こってくるものを抑え込むため、自分の手の甲に爪を立てました。
ーー痛い。でも、目は……痛くない。
「よかった……」
「なにがだ!? 魔眼になったんだぞ!?」
辺りに響くような声でした。
私は口元に弧を描きました。
「いいえ……これで、逃げられませんね」
弾む声は抑えることができませんでした。
緩む頬もそのままに、早口で聞いたのです。
ジグルド様の血の気のない顔色が変わりました。
「え?」
「ジグルド様の瞳は私だけのもの。私の瞳もジグルド様だけのものになったんですよね?」
「君は魔眼が怖くないのか?! その眼は、強力過ぎるがゆえに、もう二度と元には戻れない!! それでもいいのか?!」
私が言い終わる前に、被せるようにジグルド様が叫びました。
私の肩にはジグルド様の指先が食い込んでいました。
しかし、私は肩がギリギリと音が鳴りそうなほど強く掴まれた痛みよりも、視線を絡められる幸福に脳は蕩けそうになったのです。
ジグルド様の唇は震えて紫色になっていました。
「何が怖いのです? 私はジグルド様の特別になったのです。」
「……」
「私は、あなたさえ側にいてくださったら、それでいいのです。」
ジグルド様の震えが止まりました。
「俺と、生きるのか?」
顔が締まりました。
「……はい。」
呼吸の音だけが聞こえました。
しばらく私たちはそのままで視線を絡ませたのです。
ジグルド様が息を吐き、肩を緩めました。
「まいったな……カミラは俺をいつも翻弄する。」
ジグルド様は、乱れた前髪を自ら上げて瞳を全て晒しました。
心臓が飛び跳ねました。
ーーこの瞳と、私の瞳が一緒……嬉しい……
頬は紅潮し、まるで夢の中にいるようでした。
「ふふっ。これでよそ見できなくなりましたね。」
「ずっと前からそうだったじゃないか。」
「どうだか。」
「信用ないな。覚悟してろよ?」
ジグルド様と初めて視線を合わせて会話をしました。
思いの外ジグルド様の視線は強く、私を射貫くようなものだったことに、お尻が浮いたような気分になりました。
胸の奥を震わせました。
「ふふっ……では、私たちだけのお屋敷に入りましょう。もう、誰も邪魔はできませんよ?」
「泣いても許さないからな?」
私たちは笑い声をあげました。
指を絡めて、共に門をくぐり、お屋敷の中へ入っていきました。
それから私は魔眼を持った、最重要人物として、国に保護されそうになりました。
しかしジグルド様が、夫という名の保護者となったことで、屋敷に引きこもって保護されるようになりました。
世間から隔離された誰にも会わない、ジグルド様と二人だけの世界は私にとっては最上の幸せでした。
一方ジグルド様は私を囲い込むためだけに、王である兄を支えたのです。
そして、私が子宝ベーグルを夜の合図に使っていたら、いつの間にか子だくさんになってしまい、毎日がてんてこ舞いな日々を過ごすこととなったのです。
笑いの絶えない家庭でしたが、子供たちは私たちの瞳を知りませんでした。魔眼持ちで生まれてきた子には、大切な人にだけ見せるようにと教え込んだのです。
私たちは壊し合ったから……です。
こうして、絵本のようにはうまくいかなかったけれど、私たちだけの幸せを手に入れたのです。
お疲れ様です!
ありがとうございました!!
初挑戦で、最後まで尽きることなく終わらせたのは、ここまで読んでくださった方のおかげだと思います。
感謝です。
また機会があればムーンでこの二人の事をかけたらいいななんて思ってます。
では、またどこかで。




