六話 絶望
『まだ…いましたか。』
マネキンが口を開き、冷たく無機質な声で言った。
その声には感情はなく、ただ淡々とした響きが周囲のAIたちの機械音と混ざり合い、私たちの心を凍らせた。
目の前に立ちはだかるマネキンのような機械は、異様な存在感を放っていた。腕が4本。まるでその異形が、より多くの命を奪うためにデザインされたかのように、関節が異様なほど滑らかに動いている。左右の2本は普通の人間のようだが、下にもう2本、長い腕がぶら下がっており、その先には鋭利な刃物が固定されていた。
顔と体はまさにマネキンそのもの。感情の一切がない白い顔に、黒い目の穴がぽっかりと空いている。目を合わせると、自分がそこに映ることがないような、無限の空虚さが広がっているかのように感じる。全身も白く滑らかな表面だが、今はその純白が仲間たちの返り血で汚れ、赤黒く染まっている。
それだけではない。胸部には奇妙な機械的な口のような装置がついており、時折そこから冷たい風を吐き出しているような音が聞こえる。体全体は長く、痩せているが、動きは無駄のない機械的な速さと正確さを感じさせる。そして、その背中には無数の細い管が伸びており、まるで生き物が背負った無数の触手のようにゆらゆらと動いていた。
その姿は、一度でも目にしたら忘れられない、不気味で禍々しい存在感を放っていた。
「リリィ…あいつの体の柔軟性はお前の得意分野だ。距離を詰めて、合図で上に飛べ。」
不気味な機械と仲間の無残な死体を前にしても、師匠は冷静だった。いや、もしかすると完全に冷静ではないかもしれない。師匠の表情には冷静さだけでなく、抑えた怒りが見え隠れしていた。足手まといになるわけにはいかない——その思いが胸に強く響く。
「そのあとは?」
「やればわかる。」
やればわかるって…この人はいつもそうだ。しかし、師匠が言うなら、やるしかない。私は彼の期待に応えるべく、気持ちを引き締めた。
私は剣の柄に手をかけ、姿勢を低くして戦闘態勢を取る。目の前の機械は冷たく無機質で、動きはまるで生き物のように滑らかだ。それを見据えながら、呼吸を整え、集中する。
そして、目の前のマネキンに向かって、私は一気に加速して距離を詰めた。風を切る音が耳元で響く。マネキンとの距離はあとわずか——約1メートルというところで、師匠から合図が飛んできた。
「上ぇぇぇ!!」
その声が届くと同時に、私は全力で上空へと飛び上がった。その瞬間、師匠が手にしたロングハンマーを床に叩きつける。激しい衝撃波が広がり、地面がまるで波のように波打ち、砂が液状化していくのが見えた。
『おっと…これはなかなかだな』
マネキンのような無表情の機械が、軽い調子で言いながらもバランスを崩し、四つん這いになるように地面に手をついた。その動きには一瞬の隙が生まれていた。
「今だ!」
私はすかさず鞘に剣を戻し、モーターを作動させた。金属音が鳴り響き、刃が火花を散らしながら勢いよく飛び出す。電光石火の速度で、四つん這いになったマネキンへと一気に切りかかる。
だが——その瞬間、違和感が全身を駆け抜けた。剣が何かに弾かれたように、狙いを外したのだ。
「なっ…?」
見下ろすと、マネキンの腕のひとつがまるでヘビのようにしなり、私の剣を受け止めていた。その異様な動きに、背筋が凍りつく。あの機械の体は、まさに「柔軟性」の塊だった。
ばあぁあぁぁんーーーー
気づけば、私は空中に放り出されていた。あのマネキンの、まるで鞭のようにしなる腕に弾き飛ばされたのだ。
痛いーーー
痛すぎるーーー
打たれたのは胸だった。胸のアーマーは相当丈夫なはずなのに、そこが大きく凹んでいる。振り返る余裕すらないまま、私は地面へと叩きつけられた。幸いにも、砂地だったおかげで落下の衝撃が少し和らいだが、それでも呼吸ができない。息を吸い込もうとするたびに、激痛が全身を駆け抜ける。
肋骨が折れたーー一間違いない。
目の前が霞み、意識が遠のきそうになる。それでも、何とか息をえようと必死に耐えた。だが、あのマネキンは容赦しない。私の苦痛を感じ取っているかのように、冷たく見下ろしているその姿が、心に圧迫感を与える。痛み以上に、絶望が胸を締め付けてくる。
このままやられるのか.......
薄れゆく意識の先に師匠とマネキンが戦っているのが見えた…。