三十八話 空中要塞セントリオ
―――ついた!!
ドーム、ウエストの頂上。
そこは、床を除いてすべてガラス張りになっていた。
視界いっぱいに広がるのは、澄み渡る青空。
「……っ」
久しぶりに見る空だった。
あまりに眩しくて、あまりに美しくて――思わず目頭が熱くなる。
でも、それ以上に驚いたことがあった。
すでに、誰かがこの操縦室に到達していたのだ。
そして、その場にいた兵士たちは、リンの姿を見た瞬間、一斉にこちらへ駆け寄ってきた。
「リンさん! 生きてたんすか!!」
「俺らの方が先に着いたから、てっきり……」
「――――」
ガヤガヤと騒ぎ始める部隊の面々。
リンは静かに肘を上げ、手のひらを開いた。
その瞬間、全員が黙る。
「喜んでる暇はない。」
短い言葉。
いつも通りのリンらしい一言。
――だけど。
その声音には、何か別の意味が含まれているように思えた。
隊員たちも、それを察したのか、誰一人として浮かれた様子を見せない。
リンは、ざわめく兵士たちの間を抜け、迷いなく操縦席へと向かう。
「コードを入力する。」
淡々とした口調で言うと、手元のキーボードを叩き始めた。
カタカタカタ…
リンが生きていた。
だから、この手元のメモは必要なかった。
使わずに済んで、本当によかった――。
――その時だった。
轟音とともに、ドーム全体が揺れた。
金属が軋み、重たい振動が床を伝ってくる。
ついに、動き出す――!
……そう思った、次の瞬間。
ふわっ――
体が一瞬、浮いた。
それと同時に、ずしりと重力がのしかかる。
「――!? え、何これ……!?」
私だけじゃない。
周りの仲間たちも、同じ違和感を覚えているようだった。
「おい、待て……」
ルーカスが驚いたように辺りを見渡す。
「これ……浮いてる?」
レヴナントのメンバーは、このドームが動くとは聞いていた。
だが――
“浮く” とは、一言も聞いていない。
私たちが驚きに目を見開いていると、セントリオの隊員がニヤリと笑いながら言った。
「団長も驚かせたかったんだろうなぁ。あの人、意外とユーモアあるからよ。」
セランだよね、そんな余裕があるような状況だったのか? いや、それとも……。
「すごいわ! もうこんなに高く!!」
リニアの声が弾む。
体中に怪我を負っているのに、その瞳はまるで子どものように輝いていた。
どうやら、これはドームと言うよりは球体に近かったようだ。浮くことで埋まっていた半円が姿を現した。
そして、手に入れた超近代兵器は私の心は少し高揚させた。
本当に、終わったんだな……。
ふと、安堵の言葉が漏れた。
力が抜ける。
この戦いが、どれほど過酷なものだったのか、ようやく実感が追いついてくる。
たくさんの犠牲があった。
この場にいない者たちの顔が、次々と脳裏に浮かぶ。
少なくとも、一人――アルは、私たちの仲間は、確かに死んだ。
それだけじゃない。
ここへ上がってきた人の中にも、どれほどの犠牲があっただろう。
死を避けることはできなかった。
あの時、もっと冷静に考えられたら、違う選択ができたかもしれない。
でも――できなかった。
これが、“責任” なのか……。
胸が苦しい。
重い鉄球を飲み込んだように、胃の奥がずしりと沈む。
「誰も死なせない」――守れなかったな。
口にした言葉の重さが、今になって襲いかかる。
ゲンテツも、きっとこんなふうに、何度も悩み続けてきたんだろう。
悩んで、悩んで、悩んで――それでも前に進んできた。
でも、私は?
私はただ、目の前のことに必死だった。
大局を見ずに、目前の敵を倒すことだけに集中していた。
師匠……私、卑怯なやつだよ。
“戦うこと” に理由をつけて、肝心なところから目を背けていた。
ゆっくりと、顔を上げる。
目の前には、どこまでも広がる青空。
いつもより、大きく感じる。
こんなにも空は広かったのか。
――いや、違う。
私が、今まで目を向けなかっただけだ。
深く息を吸い込む。
そして、振り返った。
そこには、私の仲間たちがいる。
ルーカス、リニア、リン……
苦楽をともにした、今ここにいる、大切な仲間たち。
「――みんなのところへ、戻ろうか。」
私は、そう言った。
静かに、でもしっかりと。
その言葉に、皆がゆっくりとうなずく。
帰る場所がある。
待っている人がいる。
「これで、レヴナントに帰れる……!」
空へと浮上したウエストは、レヴナントへ方向を変えた。
エンジンの低い唸りが響き、ガラス張りの操縦室の向こうには、雲を割って進む景色が広がる。
安堵が広がった――はずだった。
―――ザザ……――
突如、さっきまで動かなかった通信にノイズが走る。
ゲンテツたちか?
『あなた方の負けです、人類。』
機械音声――――――
全員の血の気が引いた。
『コードを入力しましたね。』
刹那、遠くで轟音が響いた。
このドーム(ウエスト)ではない。
別の場所――セントリオにある、もう一つのドーム(イースト)からだ。
操縦室に影が落ちる。
雲の間から巨大な影がゆっくりと姿を現した。
――イーストが、動き出している。
「嘘でしょ……」
リニアが愕然と呟く。
『ここに入力されたものを、私が知らないとでも?』
通信越しの声が、どこまでも冷たく響いた。
「……まさか」
ルーカスが青ざめる。
「入力したコードが……イーストにも転送されたのか?」
『その通り。』
AIの声が嘲笑を帯びる。
『おかげで、こちらもようやくこいつを動かせます。』
「クソッ……」
リンが拳を握りしめる。
「ウエストは、AIがコントロールできない仕様だった。でも、コードは、システム全体に影響を与えるもの……イーストにも同じコードが流れたってことか!」
私たちの手で解放したはずのウエスト――それが、敵にさらなる力を与えてしまった。
「……最悪ね。」
リニアが苦々しく呟く。
ウエストとイースト――二つの巨大なドームが、空に並び立つ。
「イーストを、止めないと……!」
胸の奥で、焦燥が膨れ上がる。
「迎撃の準備を――!」
ルーカスが叫んだ。
リンが操縦席で操作を試みるが、画面に赤い警告が点滅する。
【兵装システム、未起動】
「クソ!遮断された!」
「だったら、こっちがやるしかない!」
私は腰の武器を握る。
「リニア、ルーカス、リン――戦うよ!」
「任せろ!」
「えぇ!」
「仕方ないな!」
レヴナントへ帰るために――
そして、イーストを止めるために。
ウエストの甲板で、私たちは迎え撃つ。
セントリオシティ、ラストバトルが幕を開けた。




