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六十六 〜交錯〜


 オーディンから拳が突き込まれてくる。何度も見た軌道。少しずらせば当たらない、一、二、三、四、五連……ここで一瞬溜めの後、まわし蹴り。勢いのまま回転して裏拳、荒い。当たらないから避ける必要もなし。あと二手で崩せる。


 体勢をすぐに立て直し振りかぶりで左拳の打ち下ろし、皮一枚で避ければまた回転。駒のように器用に回りながらまた裏拳、読み通り。引き手と同時に半歩下がって避ければ、無防備な背中が正面。それでは遠慮なく【足撃】を召し上がれー。


「グッハァッ!!」


 ガラ空きの脊椎へ掌底で撃ち込めば思ったよりもいい手応え。衝撃が逃げないように撃ったから吹き飛ぶ事もなく、その場で倒れ込むオーディン。この様子だと核とやらにダメージいったわね、こりゃ。


「体術はまあまあだけど、遠距離攻撃がないとやっぱり私の方が単純に強いわね」


 もちろんアクアがいてくれての話だけど。はぁー、だいぶスッキリしてきたし、イライラも治まってきた。


『我が君』


 水嶋。ご苦労様。お陰でほぼ完封よ。もうそろそろ勝ち負けはっきりつきそうだから、もうひと踏ん張りお願いね。


「ゲッハァッッ! まさかこの僕が、魔術が妨害された程度でここまで追い込まれるのかッッ…!!」


 倒れ込んだまま、地面に拳を突き立てちゃって悔しさアピールされても、ねえ? 飛行機から落とされた私の方が悔しかったですしー。ざまぁみろとはいわないけど、喧嘩売ったのそっちだしぃ。


 最後にもうひと煽りしよ。激昂して隙が大きくなれば、仕留めやすくなってラッキーだし。


「アンタってさ、強いんだけど奥がないのよ。引き出しともいうけど。自分より強いやつと闘った経験少ないでしょ? もう一段階ぐらい枷とやらが無いならもう終わりだけど。まいったする?」


「……知ってか知らずか何処までも神を愚弄するな貴女は……貴女?……貴女……?……儂は……何を? ゲバァッッ! ガッッ〇〇◇っ! 何処だ! 〇〇! 謀っ〇〇◇◇ッッ!」


 えっ? 突然吐いたと思ったら身体がグニグニ変形して、うっわ。液体スライムみたいになった!


 何それー! スライムから時々人型が現れて爺モードと少年モードが混ざったりして気持ち悪さ天元突破してますけど!


 どうしよう、煽りすぎたかな……。


 あっ、子供バージョンに戻った。


「◇◇△……」


 ええと、だから分かんないってばそれ。何いってんの? 『『——!!』』アクアと水嶋?! 突然騒いでどうしたのよ?


 とか思ってたらいきなりヤバめの気配が現れた?! 分厚いガラスをハンマーで割ったような音が響く! なにこれ!?


 とりあえバックステップで距離を取る! オーディンの背後を見れば何もない空間に亀裂が走ってるのが見えた。


「ゴボッッ! 〇◇……〇〇」


 突然、オーディンの口から血が溢れる。見間違いじゃなければ胸から手が生えてないかしら? それ。


 しかもその手が握ってるものが脈打っててキモいんだけど、もしかしてそれ、核?


 えっと、つまり背後から貫手で貫かれた? ……誰に?


「ご苦労様。いやぁ、本当にご苦労様」


 妙に通るこの声、聞き覚えがあるんだけど。


「御礼をいうよ、ありがとう」


 胸を貫かれたオーディンがゆっくりと持ち上げられていき、後ろにいる人物の姿がはっきりする。


 ……ここで出てくるのね。


「周防国親」


 オールバックの白髪、白いスーツのド派手おじさん。八尋の記憶でみた同じ姿。高く掲げた右手にはオーディンが刺さってる。ちょっと情報が濃すぎないかしら?


 ……えー、やだ。今からこの状況に対応するの? なんか一気に冷めたというか、楽しくないというか。このオッサン嫌いだわー。生理的に無理。なんで邪魔してくんのよ。


「ほう。一目でわかって頂けるとは、調べてもらえたのかな」


 乱暴に振り払われる腕。オーディンは横方向に放り投げられ、糸の切れた操り人形みたいに地面を転がっていく。あの様子だと、たぶんダメね……。


『『『——!』』』


 水嶋とアクアに紫苑は少し落ち着いてちょうだい。乱入されてムカつくけど、まだこっちにかかってくる気配はないから、ここは待ちよ。情報がなさすぎる。


 それと後方のこの気配。八尋も出てきてるわね、コイツには因縁があるみたいだから心配したけど、ちゃんと抑えてくれてるようね。


「何で殺したの……?」


「神を殺すなど、私には出来んよ。核を拝借させて頂いたまでだ。ほら?」


 右手に掴んだ肉片が脈動してる。左手を被せた? 


「あとはこうして、封印してやれば完成だ。これでようやく全て揃った」


 さっきまでグロめの肉片だったけど、包まれた手が開かれたそこには四角の小さな白い箱? 


「しかし楽をさせて貰った。どうだろう今度、食事でも? 何がお好きかな?」


「アンタが三十年ぐらい若くても無理。趣味じゃない」


「これは手厳しい。女性に冷たくされるのは慣れていないから傷つくよ」


 肩をすくめておどける姿は余裕ありってか。


「人の獲物を横取りするようなヤツに優しくできるほど人間できてないし」


「それもそうか。だがお礼をしたい気持ちは本当なんだ。ここまでオーディンを消耗させてくれたおかげで、想定よりも随分と楽だったからね」


 ……感じとれる気配からして物理的、単純な闘いなら私の方が強いと思う。でも、この言動……まさか、ここまで全部を仕組んだ? だとしたら迂闊に手は出さない方が良いかも。


「お礼なんかいらない」


「これは本格的に嫌われてしまったか。鈴菜も話しをしたがっていたんだが残念だ」


「鈴菜? あのメカコスプレ美少女?」


 雑談しながら何か練ってるわね。八尋が術を使う時に似てるけど、もっと嫌な感じのドロドロした気で構築された術。仙術観察続けたお陰でわたしもこういうのわかるようになってきた。


「彼女をその様に呼べるのは君ぐらいだよ」


 かめかめー。


『なんじゃ?』


 アイツ、何か術を準備してるでしょ? 何だと思う?


『攻撃的な術ではないな。どちらかというと背後の亀裂を維持しておるな』

 

 なるほど。解説ありがと。もう少し情報を引き出せるか話しを続けてみるから。


「そうだ! その鈴菜だけどさ、何で師匠と同じ顔なの?」


「まだ三鷹は話していないのか。……娘だよ、十六代目の。まあ彼女の胎から出てきてはいないが。私は育ての親といったところだ」


「ふーん。そうなんだ」


 やっば。めっちゃ動揺した。爆弾すぎないそれ? だけど、動揺した時こそ冷静に。付け入る隙を与えちゃダメ。本当かどうかは分からないし。


「ふむ、表に揺れを出さないのはさすが。十六代目譲りか……懐かしいな。十七代目も決まったようだし、久しぶりに挨拶に行こうか」


「春樹に手を出したら許さない」


 コイツ……上手く隠したつもりだろうけど、今の言葉には隠しきれない敵意があった。ならこっちもそれなりに応えるわよ?


「っ……! こちらが本当の顔と言う訳だな、異界が軋むようだ。……何という常識外れの気当たりか」


 全力で殺気ぶつけてんのに涼しい顔して。言葉と態度が合ってないのよ、ムカつくわね。


「ねえ? ここまで大変だったんだろうけど、あとは一人で誰も巻き込まずにやってくれない?」


「それはできない相談だ。次は使命を忘れて神と馴れ合う腐った藤堂流を綺麗に掃除しなければならないしな」


 コイツ。本当に頭のネジ飛んでるわね。師匠にまともに喧嘩売ろうって、どう考えても狂人なんだけど。お近づきになりたくない。


「可哀想な人だったのね、アンタ。骨は拾ってあげるから、形が残ってるといいいわね……」


「くっくっくっくっ……あっははっ! あはっはっはっ! 自分達だけが至高の高みに居ると? 私がこの二七年を無為に過ごしてきたと? フハハハハッッ! めでたい、実におめでたい頭だな! 向井良子! 言っただろう!? 必要なモノは揃ったと! この核と予知、鈴菜があればっ!」


 ほらー。やっぱり狂人の類いじゃないのよー。笑い方が尋常じゃないもの。あれ……? 予知? それは八尋の特技じゃないの?


 ——ちょっと待って八尋! さっきまで冷静だったのに急にやる気出してどうしたの! 背中の気配が急に大きく!?


『嬢ちゃん! 横に跳べっ!!』


「定命より請う! 北辰! 浄雷の壱ィッッ!!」


 かめかめの合図に反応して全力で横っ飛びっ! 

 黒い龍がうねりながら通り過ぎて行く! 


 人間相手に撃っていいヤツじゃ無いわよそれ。

地面溶けてるし、これじゃ周防も……。


 ——手で止めてる?! そのまま黒い龍を何でもないように弾いたっ! 龍は上空に昇っていき爆発もせずに消えた……。


「そういえば此処にも居たな。調停者とは名ばかりの、神に与してばかりの役立たずが。地仙ごときの仙術など解析済みだ。脅威でも何でもない。見ろ、私の左手が少し火傷した程度だ」


 どういう理屈で止めて弾いたのかは見当もつかないけど、見せつけるようにかざした左手は、確かに無事。


「貴様が作ったなっ! 菖蒲を殺した咒式を! 真由美さんにも……まさか、父さんもかっ!?」


 引き裂くように叫ぶ八尋の声がやけに耳に響く。……殺した?


「役立たずの割には鋭いな。御明察」


「八尋! 落ち着いて!」


 八尋がまた気を練り出してる! さっきよりも強くて大きいっ……亀は何してんのよっ!


『さっきからいうておるが聞かんのじゃっ! 術が出ないように邪魔するから嬢ちゃんはそいつが引き上げるよう誘導せえ!』


「良子さん、躊躇は無用です! この男は野放しに出来ないっ! ここでっ!」


「随分いうじゃないか。ならわたしも殺されないようにしないとな」


 わざとらしい仕草で周防が指を鳴らすと、その背後の亀裂が大きく広がっていく。このおっさん……これが切り札ってわけね。


 空間の亀裂から三メートル近い人型の機械が次々と現れて、全部で五体。見るからに硬くて面倒くさそう。アクアどう? アレをいっぺんに相手するとしたら——『味方全員相討ち覚悟なら』却下ね……。


「敵性個体発見……交戦禁止命令確認。マスタースオウの回収、本部帰投が最優先事項。マスタースオウ、お迎えに上がりました」


「ありがとう。予定通りだ」


 鈴菜が着ていたメカスーツをロボットといえるぐらいに大きくした黒い機体達。そのうちの一機、頭部らしきところからスピーカーを通した女性の声が聞こえてくる。中に人間が入ってる? 


「引くのね?」


「引くとも! 君に覚悟を決められると流石に無事では済まないからな。それにしても楽しかった。目的のモノは手に入り、君とも話が出来たから」


「私はこれぽっちも楽しくないわよ。貸しね、貸し。トイチだから早めにかえしてね?」


「ははっ! 随分とあくどいな。……ところで後ろのはどうする? 今にも飛びかかってきそうだが」


 挑発的な笑い方はわたしに向けてじゃなく八尋にね……。こっちが戦いたくないのを見透かして、ホント悪趣味。


「周防ッ……」


 殺気が込められた八尋の声。ドス黒い気を練りこんで今にも術を放ちそう……。これはもう放置は不味い。【転】で八尋の横に移動。固く握られ爪が食い込み、血が滲む手にふれる。……はやく落ち着かせないと。


「八尋聞いて、今の消耗具合で闘えば確実に誰かは死ぬことになる。今回はこれで良いの」

 

 問いかけてみたけど、碌に反応してくれない……。強張った顔に怒りに染まった瞳。さっき叫んでた、殺したって言葉が頭にこびりついて、とても直視出来ない。……触れた手からは殺意に染まった濁った感情ばかりが流れ込んでくる。


『良子が代わりに受け止めれば落ち着く』


 アクアからの提案に同意を返す。伊吹ちゃんを助けた時と同じように……あの時よりは難易度は低いから大丈夫。ゆっくりと息を吸い込み、八尋の気をこちらに引き込む。


 ……脳裏に浮かび上がったのは凍えるような雨の風景。抱きしめた人が胸の中で冷たくなっていく無力感。憎い。全てが憎い。怒りと悲しみがわたしの中で渦巻いて、心を飲み込もうしてくる……でも。


「目ぇ覚ましなさいっ!」


 こういう時は気合いビンタ一択。八尋の頬からすっごい音がする。『ビシャンっ!』だって。二、三日はほっぺた赤いままだと思う。


「良子さん……?」


 我に返ったのか、八尋がわたしの顔を見た。……暗くて沈んだ表情だけど、ひとまずは落ち着いてくれた。ほっとしたところで、ニヤニヤしながらこっちを見てる周防が目に入る。コイツ本当にムカつく。


「さっさと帰りなさいよ、グズグズしてたら私の気も変わるわよ?」


「それは急がないとな」


 言葉と共に空間の亀裂が縦と横に大きく広がる。そこへ周防達が躊躇もみせず次々に飛び込んでいく。


「では、ご機嫌よう」


 閉じていく亀裂の中で周防が振り返り余裕たっぷりの挨拶をしてくる。嗤ってんなこんにゃろ。英国式裏ピースでお見送りしてやるわよ。


 亀裂が閉じていく……完全にしてやられた。闘いの邪魔された挙句に逃走許すとか。全部あいつの手のひら。


「この状況、細部は違うが予知通りだ……」


 八尋が力無くボソリと呟いて下を向く。予知? 確か、足元に倒れ伏すオーディン、空を睨むわたし、だったかしら? ……ほとんど当たってる。


 ひとまずは師匠と春樹に連絡ね……。これからどうするのか相談しないと。

 周防をあのまま放っておくのはありえないし。やられたままでいるつもりはないから。


 ……だけど、そうなんだけど。


 項垂(うな)だれる八尋を見てると、それが正しいことなのかわからなくなる……。触れたままの手からは、もうなんの感情も伝わってこない。


 八尋の頬を叩いた手はまだジンジンとして熱い。自分の心臓の鼓動がやけに大きく鳴っているのがわかる。


 八尋になにかいいたいけれど。わたしの口から言葉が出てきてくれないから、黙って八尋を見つめ続けることしか出来ない。


 辺りの空気感が変わった。——異界が解けていく。雪がまばらにゆっくりと降ってくる。

 

 八尋はまだ下を向いたまま。


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