競争勝負
障害物競走。
あまりにもメジャーすぎる競技なため、今更説明する必要も無いだろう。
これから行うその障害物競走も、全員が想像する体育館にある器具を並べたコースが2レーンと、なんの変哲もない、ザ・障害物競走だ。
少し違うところがあるとすれば、今回行う障害物競走はペアで行う競技。
体育館の端から端まであるコースの前半部分を高学年の児童が走り、中間地点にて低学年の児童に交代して、残りの後半部分を走るということだ。
そして、最も重大な如何にしてポイントが入るかだが、
それは、二組のペア同士が競い、勝ったペアに6ポイントが贈られる。
その障害物競走に熱血ペアのおかげもあって、田島くんは参加することになった。というか、参加させられた。
列に並ぶ時も、厚木くんと厚島くんにガッツリ両腕をホールドされ、逃げられない状態である。まるで地球人に連れ去られた宇宙人のような構図だ。
その際、田島くんが死刑執行室に連れられる囚人のような絶望の表情を浮かべていたが、まあそれはいいだろう。俺としては彼が参加してくれればそれでいい。
何事も犠牲というのは必要なんだよ。今回は、田島くんの意思が犠牲となっただけだ。まぁ、……ドンマイ!
「――じゃあ、次の2ペアどうぞぉ」
心にもない励ましをしていると、とうとう順番が来る。
「よしっ! 恭介くん! 糸崎くん! 敵同士だけどお互いがんばろう!」
「そうだ! がんばろう!!」
「は、はぁ、そっすね」
「ううぅ、逃げ出したい……」
ペアの温度格差がすごい。
あっ、ちなみに競う相手は並んだ順になっており、田島くんを逃がさんとガッチリ捕まえ一緒に並んでいた熱血ペアが競い相手となる。
この2人、あきらかにゴリゴリの体育会系だよね……。はっきりいって勝算が見えない……。
――まあ、この運の悪さは今に始まったことじゃない。やるだけやってやる!
◆
「ゼッタイ負けないぞぉ!」
中間地点にて、俺と並び立つ厚島くんがそう意気込みながら腕をまわし準備運動をする。
まあ、俺も負ける気は無い。
密かに闘志を燃やしながら、アキレス腱を伸ばす。
「クラスメートだからって手加減はしないよ! 恭介くん!」
「手加減とかどうでもいいから早く終わりたい……」
スタート地点では六年生の2人組が何か話している。なにぶん距離があるため、喋っているというのはわかるが、何を喋っているのかはわからない。まぁ大体予想はつくけど。
「それじゃあ、位置について」
笛を持った先生が声をあげる。
それを合図に構える熱血ペアと俺。そしてよりひっぺり腰になる田島くん。
心の準備が一向に整っていない田島くんを他所に先生は笛を咥える。遠目からでも、彼の緊張が伝わってくる。
そして、
「ピィイイイイ!」
笛がなると同時に、スタート地点にいる2人が同時に走り出す。が、
「ふぎゃぁ!?」
障害物に入る前に、田島くんが盛大にコケる。頭から綺麗にコケた。
何も無いところで、しかもこんなに綺麗なコケ方をしたのだ。新喜劇でもなかなか見られないレベルのコケ方だ。
周囲の児童がクスクスと面白そうに笑っている。きっと彼らに悪気はないのだろう。だからこそたちが悪い。
周りの視線とぶっつけ本番という緊張が彼の足をもつれさしてしまったのだろう。
頭から落ちたせいか、それとも恥ずかしさのせいか、田島くんの顔は真っ赤だった。
もう「すぐに逃げ出したい」って顔してるな……。流石の俺も同情を禁じ得ない。
でも、ここまで来て逃げ出されると余計におかしな雰囲気になってしまう。
それを察してか、彼も「中間地点までは」という思いで立ち上がり再び走り出す。
偉い! 偉いぞ田島くん!
我が子を見守る親のような思いで、彼の走り姿を中間地点にて見ている。
しかし、スタートダッシュで盛大なミスを犯し、おまけに厚木くんと田島くんとでは運動能力に大きな差がある。
挽回どころか距離を保つことすらできず、どんどん距離を突き放されていく。
流石見た目通りの体育会系っ……! 熱血も伊達じゃなかったか……。
厚木くんが着々と障害物を越える中、一方の田島くんは一つ一つの障害物に手こずり大きなリードを許してしまっている。
突き放されていく距離、それによって膨れ上がる俺の焦燥。
何とかしたい。が、今この前半部分で俺ができることは傍観だけだ。
只今は田島くんの走り姿を中間地点で見ていることしかできない。
——更なるリードを許し、後半部分での逆転も絶望的なほどに突き放された頃。
段々、田島くんの走り姿に必死さや気概が感じられなくなってくる。
それによって、俺の焦燥は苛立ちへと昇華される。
もっと頑張れよ! 何で諦めんだよ! みたいな、某熱血ペアのようなことを心の中で叫ぶ。
しかしそんな願いが届くわけもなく、田島くんがまだ半分しかコースを進めていないところで、熱血ペアの走者が厚木くんから厚島くんへと交代する。
当然、厚島くんが田島くんの中間地点到達を待ってくれるはずなどなく、我先にとゴールを目指す。
田島くんは完全にやる気を失い、全力で走っていた序盤とは違い、俺と交代間近のときには既に小走り程度のスローペースになっていた。
そして、ようやくたどり着いた中間地点にて俺と交代するとき、
「ご、ごめん」
小声で、彼は俺に謝った。
少なからずこの状況を作り出してしまった申し訳なさがあったのだろう。
「いえ、大丈夫です」
交代の瞬間、俺もまた小声で返した。
口ではそう言ったが、内心苛立ちで穏やかではなかった。もしかしたら、言葉に少し棘があったかもしれない。
……っと、こういう考えは良くないな。俺の売りは冷静沈着なのだから。……いやボケてないよ?
って、そんなことを考えてる場合じゃねえ!
こんなこと考えているうちにも厚島くんはどんどんコースを進んでいく。
思考を切りかえ、俺は走り出す。
既に大きなリードを許しており、俺と厚島くんのスピードはほぼ互角。
平らな地面での競走ならまだしも、これは山あり谷ありの障害物競走だ。
問われるのは純粋な走力だけはなく、体感だったり跳躍力だったりと物によってさまざまだ。
よって走力に運動能力パラメーター全振りの俺はダメダメということ!!
いや、威張って言うことでは決してない。
突き放されることもないが、縮めることも出来ない。
となると、最初にスタートを切れた方が勝ちとなる。
「へへ! このままゴールまで一直線だぜ!」
男児向けアニメの主人公のような台詞を厚島くんは大衆の面前で、なんの臆面もなく叫ぶ。
聞いてるこっちの方が恥ずかしいからやめてくれ!
――しかしそんな恥ずかしいことを言っているやつに負けるのはもっと恥ずかしい……!
不純な原動力ながらも俺はより闘争心を燃やす。
俺のやる気向上と、勝利を確信しつつある厚島くんの慢心により、僅かながら距離が縮まっていく。
しかし、所詮は僅かでしかない。
厚島くんのゴールまでの残り距離はあと少ししかない。なのに、差はわずかしか埋まっていない。
くっ! これが男児向けアニメだったら仲間の絆とかヒロインの叫びとかで突然物凄い力に目覚めたりするのだが、現実では仲間の田島くんは非協力的だし、ヒロイン枠であろう水井さんに関して言えばこの場にはいない!
やっぱりアニメと現実を一緒にしてはいけないってことか……!
「うぉおおお! 行っけえぇぇ!!」
しかし現実とアニメの境をよくわかっていない正真正銘小学一年生の厚島くんは平均台を駆けながら、最終話Aパートのラストシーンのような絶叫を見せている。
ま、周りが見てるから! 周りが見てるからもうやめてぇええ!!
俺もまた違う意味で心中絶叫する。
――しかしここで、事故が起きる。
厚島くんがアニメの主人公に酔いしれているこの状況だからこそ、起きてしまった事故。
それはまさに、現実とアニメの違いを文字通り痛感する。ある種の鉄槌が下るのだった。
それは俺がまだ厚島くんに追いつけず、彼が平均台を全力疾走しているときだった。
「行けぇええ――あっ」
ほんの一瞬の出来事であった。
彼が平均台を駆けていると、いや、駆けていたからこそ、
彼は足を滑らした。
平均台から足が外れてしまったのである。両の足が同時に狭い足場から外れてしまったのだ。
しかし、問題はこれからだった。
両方の足を同時に踏み外すことによって、厚島くんの上体は垂直に、まっすぐ下に落下していく。
その落下する瞬間だけはやたらにゆっくりと、スローモーションに見えた。
そして、その効果音が俺の脳内で響き渡る。
チィイイイイインッッ!!
鐘を打ったような甲高い音。
実際はもっと鈍いゴッ!といった感じの音だったが、その情景を見た瞬間俺の脳内ではそのような甲高い音に変換された。
その後、最も強打してはいけないところを強打してしまった厚島くんは左側へと地面に倒れ、その強打してはいけない部分を抑えて身悶えている。そして「~~~~っ!!??」と言葉にならない悲鳴を上げる。
その光景を見た男子児童は痛ましそうに目を背け、女子児童は何故彼が身悶えているのかよくわからず首を傾げている。
これは男に生を受けた者にしかわからぬ、いわば定めのようなものだ。
そして、その被害者には多くの男性からの同情を得ることになる。
競技で相対している俺でも、これは同情せざるを得ない。
それほどの——、激痛だ。
俺は、身悶える厚島くんに追悼の意を込め黙禱及び合掌をし、静かにゴールへと向かったのだ。
……おかげで、先にゴールすることが叶い、6ポイントを得ることに成功した。
しかし、この6ポイントを得るにはあまりに大きすぎる犠牲を払ってしまった……!
同情心から素直には喜べない。
だが、彼という犠牲のためにも俺は前に進まなくてはいけない!
男児向けアニメの最終話のラスト台詞のような言葉を思いながら、保健室に運ばれる厚島くんを見送った。
ちなみに、障害物競走での平均台は撤去された。
金的の痛みは銃に撃たれる痛みに勝るそうです。
ということは多くの男性が銃に撃たれても耐えられるということです。




