命令質問
膝枕を続けて10分ほどが経っただろうか。
いやもしかするとまだ1分も経っていないのかもしれない。
緊張と恥ずかしさ、それにドキドキと脈打つ心臓のせいで時間の流れがやたらと遅く感じられる。
「……それで、3つ目の命令は何にするんだ?」
女の子との接触に耐えかねて、膝枕終了の催促の意味も含めてそう問うてみる。
「急かさないで。もう少しこのままでいたいの」
しかしまだ膝枕は続きそうだ。
「それよりも、少しお話しない?」
「話?」
「うん、お話。もっと翔くんのことを知るためのお話」
「まあ、別にいいけど……。俺の話なんてそんなに面白くないぞ」
28歳まで独身フリーターとして生活していたのだがある日朝目覚めたら小学一年生に戻ったりとか、それくらいしかないぞ。
「面白いどうこうじゃなくて知りたいの。翔くんのことを」
「俺の事って、身長とか体重とか?」
自分でそう言ってはみたものの、我ながら何の価値にもならなそうな情報だなと思ってしまった。
そんな健康診断で知ることができることなど、自分のものでない限り知る必要もメリットもない。
なんなら脳の記憶領域に無駄な情報が入ってしまい、デメリットになりかねないくらいだ。
「それもまあ、知りたくはあるけど」
知りたいのかよ。一文にもならないような俺の情報を。
結構な物好きが身近にいたものだ。
「でもね。できれば翔くんが好きな物を教えて欲しいの」
「好きな物……ね」
「別にものじゃなくてもいいよ。好きな事とかでも」
つまりは、俺の趣味嗜好を知りたいということか。これまた何の得にもならなそうな情報だな。
まあ得かどうかは個人が決めることだし、水井さんが知りたいというなら快く教えようではないか。教えて困るような趣味嗜好は持ち合わせていないからな。
「俺なんかの情報でよければ」
「ホント?」
「ああ、もちろん」
膝元にある彼女の横顔から嬉しさが零れたような笑みを見た。
こんなことで喜んでくれるならいくらでも情報を提供しよう。
「えっと、じゃあまずはねぇ……」
彼女は年相応に声を弾ませながら質問に悩む。
好きな物や事、となると選択肢が多すぎて一瞬では決められないだろう。
数秒待ってから、彼女は口を開いた。
「好きな食べ物を教えて」
最初ということで無難なものが来たな。
「好物かぁ……」
無難故に悩ましい。
当然ながら好物が無いわけではない。むしろありすぎて困っているのだ。
「んぅ~、……俺は食べ物ならなんでも好きだよ」
「そういうのはダメ。一番好きなのを教えて」
まあですよね。
なんでもっていうのは答えになっていないよな。
しかし、いざ一番を決めるとなると難しい。
彼是三十年近く食に触れてきたのだ。いやまあ美食家とかそんなのではないから高級料理とか珍味とかを味わってきたわけではないが、飲食店でのバイト経験とかもあるしそれなりに料理には触れてきたつもりだ。
そんな数ある料理の中で一つを選ぶとなると頭を悩ませずにはいられない。
「うぅ~ん、…………日本食……とか?」
「漠然としたのもダメ」
ですよねー。
「メシ処」でのバイト時代の影響か洋食よりも和食が好みということだけは俺の中で確立されているのだが、それが水井さんの問いに対する答えにはならない。
いやはや、こんな無難な質問にここまで頭を抱えることとなるとは。
こんなことなら好物リストとか作っておけばよかった。
「……翔くんって、……優柔不断?」
「ぐはっ!?」
小学一年生に四字熟語を使われて罵られた。け、結構傷つく……。
確かにすぐ答えを出せない俺も悪いんだけどね。
「む、胸を抉るご指摘ありがとう」
「……? どういたしまして……?」
俺のちょっとした皮肉兼自虐に彼女は小首を傾げて礼を受け取る。
「——えっと、まあ、野菜炒めかな。一番好きなのは」
答えを出さないわけにもいかないので、とりあえず「メシ処」で一番好きだったメニューを答えておいた。
野菜炒めと言っても「メシ処」の野菜炒め限定だが。
「へぇ~、変わってるね。もっとお肉とか揚げ物とかかと思ってたよ」
「確かに小学一年生ならそういうのがベターだな」
別に肉や揚げ物が好きな大人の方を馬鹿にしているわけではないですから、誤解しないでください。
——って、一体俺は誰に何を釈明しているんだ?
「……翔くんって大人っぽいよね」
実際大人ですから。
「その言葉はそっくりそのまま返させてもらうよ」
大人の俺から見ても水井さんは大人っぽい。
そんな彼女に大人っぽいと言われるのは、なんともむず痒い。
「――それじゃあ、次の質問ね。えっと、……好きなスポーツは?」
「あー、スポーツは全般苦手なんだよな」
苦手=嫌い、という訳では無いであろうが、やはり不得手なものを好むことを俺には出来ない。
スポーツ観戦とかもした事ないし。
「それは意外だね。足速いからスポーツも得意なのかと思ってた」
「足が速いだけなんだよ。――まあでも走るのは結構好きだし、好きなスポーツって聞かれたなら陸上なのかな?」
疑問形での答えとなってしまった。
「――じゃあ次は、好きな外出先」
「都会よりも田舎の方が好きだな。じいちゃんの家が田舎でさ。その影響か自然豊かなところが好きなんだ」
とは言っても、じいちゃんの家のことはあまり覚えていない。
コンビニよりも田んぼの方が近くにあるようなド田舎だった。ということだけは覚えているが、それ以外はほとんどおぼろげだ。
あとじいちゃん関連で覚えていることといえば――。
……いやこれは今関係ないか。
「ここみたいな森も好きってこと?」
「確かに好きだけど、俺は海の方が好きだな」
「海ねぇ。――覚えておく」
「覚えておいてどうするんだ?」
「ふふ、内緒」
悪巧み、では無いだろうけど、何かを企んでいるように水井さんはほくそ笑む。
「ねえ、もっと質問してもいい?」
「時間が許す限りなら」
もともとそういう約束だったからな。
「好きな動物は」
「猫か犬かなら、犬かな」
昔猫に引っ掻かれたことがあったからだ。
「好きな色は」
「青だね」
涼しげな色は好ましい。
「好きな髪型」
「髪型か。……今の髪型は結構気に入ってるから、今俺の髪型かな」
自分の髪先をいじりながら答える。
自分の髪型に自信がある訳では無い。ただ他の髪型をよく知らないから、そうとしか答えようがなかったのだ。
「そういうのを知りたかったわけじゃないんだけど……」
水井さんはもどかしそうに、髪を手櫛でとかす。
俺の答えが不服だったご様子だ。
「——なら、好きな女性服は」
「女性服!? そ、それ、答えたらセクハラで訴えられたりしない?」
それはなくても、ドン引きはされるのではないか? この場合は答えないのが正解なのか?
彼女の真意が掴めず困惑する。
「うふふ、そんな事しないよ。で、どう?」
彼女がそう言うなら答えても問題はなさそうだ。
「女性服、かぁ。そういうことは全然詳しくないんだけど……」
だが問題は他にあった。
男性服ならまだしも、女性服の知識なんてからっきしである。
俺が知っているものなんて何も——。
「……あっ、水井さんが前に来てくれた時着ていたワンピースとかかな」
「えっ、ほ、ホント?」
水井さんはちらりと俺の顔を覗く。
「うん、俺はあの服好きだよ」
他意はない。本心でそう思ったのだ。
「そ、そっか、——そう……なんだ」
見下ろした横顔からでも、彼女の耳が赤くなっていることはわかる。
今回の答えはお気に召したようだ。
「それじゃあ、……その、……——最後の質問してもいい?」
「ん? 最後でいいの?」
まだ少しばかり時間に余裕がある。
もういくつか質問したって問題ないのだが、彼女は次の質問が最後であると言い切った。
「うん、最後でいい。けど最後の質問には絶対答えて。これは三つ目の命令」
「……」
覚悟、そして決意。
声色が明らかに一変した。
先までの質問とは重みが違う。
——命令を行使してまで答えさせたい質問。
俺は既に勘づいていた。
質問の内容も、そこに秘められる意味も。
「翔くんの、……好きな女の子は」




