絶対命令
赤色を表にした紅白帽を被っているということは水井さんが鬼であることを示し、そしてその彼女に触られたということは俺が捕まってしまったことになる。
それよりも、今は気にするべきことが他にある。
「水井さん。――ここ立ち入り禁止の場所だよね?」
俺は引っ張られた衝撃で尻餅を着いたままの状態で、両膝と片手を地面につけて俺と目線を合わせる水井さんに問うた。
ちなみに彼女のもう片方の手は俺の腕を草むらに引き入れたあとも掴んで離そうとしない。
というかなんで彼女はこんなところに隠れていたんだ?
ここはレクリエーション中立ち入り禁止のエリアだ。そのことはちゃんとスタート前に先生が釘を刺す用に何度も言っていたこと。
水井さんに限ってその注意を忘れていたなんてことは無いはず。
「うん、そうだね」
俺の問いに彼女は頷く。
しかし重々承知であるならば尚更、何故先生の言いつけを破るようなことをしたのか疑問だ。模範児童である水井さんが先生の言いつけに反するなんて余程の理由があるのではないかと思っていたのだが。
「わかってるならなんで――」
「翔くんと2人っきりになりたかったから」
即答された答えはとても重要な用であるとは思えないような内容だった。
ましてや品行方正の代表例とも言える彼女が先生に叱られてもおかしくない行動を取ってまですべきこととも思えない。
「早く戻らないと先生に怒られるぞ」
幸いにも俺と水井さんが姿を消したことには先生も児童もまだ気づいてはいない。
だが、それも時間の問題。時間が経過し、鬼ごっこ終了の合図が告げられれば俺たちが居ないことに全員が気づくはずだ。
「私は覚悟の上だよ」
「俺は覚悟の下なんだよ」
校内侵入の件でこっぴどく叱られたあとだと言うのに、また怒られるようなことがあれば、問題児認定されかねない。小学一年生のうちから先生に目をつけられるような事にはなりたくないな。
「じゃあ私と一緒に覚悟を決めて」
「いや決められないから。というか決めたくない」
「これはお願いじゃなくて命令。捕まえた鬼の特権だから従わなくちゃいけないの」
「初耳なんだがそんなルール!?」
「ちゃんと始まる前に先生が言ってたよ。「捕まった者は鬼の命令を4つ聞かなければいけない」って」
なんだそのデスゲームみたいなルールは。
小学生の和気あいあいとしたレクリエーションでそんなルールが設けられるわけがない。
見え透いた嘘で騙されるほど俺は馬鹿ではない。
「そんなこと言ってないで、早く戻ろうよ。せっかくの遠足なのに先生に怒られるようなことがあったら台無しでしょ?」
優しく諭すように言う。
だがそれでも水井さんは頑として首を横に振る。
「約束したよね」
「約束? ——ああ、あの時の」
突拍子もなく出た言葉に一瞬首を傾げるも、すぐにあの時のことであると思い出す。
遠足開始時に言っていた「二人きりになれる時間を作って欲しい」というあれの事か。
「うん、みんなが鬼ごっこに夢中になっている今なら誰にも邪魔されず二人きりになれるでしょ」
「まあ、……そうかもしれないけど」
確かにこのレクリエーションが終わればほぼ全ての遠足プログラムは消化されたことになる。
そうなれば「遠足中に二人きりになる」という約束は果たせない。
この機を逃すことは約束を破ることと同義。
約束を守るか、説教を受けることを甘んじるか。
その狭間で悩んだ末にだした結論は。
「…………わかったよ」
渋々ながらも首を縦に振った。
内申も重要だが、時には友情や信頼もそれを勝るほど大切だ。
「だけど、鬼ごっこが終わるまでには戻ること。それでもいいかな?」
しかし説教を受けることをよしとできる覚悟を決めきれなかった俺は、条件としてそれを付け加えた。
「うん、なるべく善処する」
善処じゃなくて絶対そうして欲しかったんだけどなぁ。
それでも、一応そのことを水井さんが留意してくれるというなら助かる。




