第二章 第七節 模疑戦 凛の場合
―当日―
「ふう」
「緊張してる?」
「んなわけあるか」
彼らは、会場であるグラウンドに併設されている体育館で運命の時を待っていた。参加者は合格者と同じ十五名。凛と恭介、そしてマルクはいつもどおり三人でその時を静かに待っていた。
「そろそろだな」
時計を見て恭介は呟いた。模擬線は同時に三試合、五回に分けて行われる。凛はその一番目で、マルクは四番目、恭介は最後だった。
「行こう」
彼らは歩き出した。向かうは強者が集う闘技場、既に隊員は集まり、そこは独特の雰囲気に包まれていた。
「では、前へ」
今回審判役を務めるセイバーの声が合図となり、第一試合目の時間になった事を知らせる。広いグラウンドは三本の白い線で区切られている。そこから出るか、審判が止めない限り、どんな状況でも試合は続行され、その結果によって、配属先が決定される。
「いつも通りいけ」
「頑張れ」
恭介とマルクの言葉に軽く頷きを返しながら、彼女は緊張の面持ちで前へと歩を進める。
それぞれが指定の場所に立った事を確認して、セイバーは右手を上げ、
「開始」
短く告げ、模擬戦闘が始まった。
「フレア!」
凛の気勢のいい声と共に上空から炎弾が次々と飛来する。
「わあ、当たったら死ぬかな」
エミルはグレネードを自らの手の内に召喚し、片っ端から撃ち落としていく。その命中率はこの戦闘において、百発百中だった。
「厄介だな」
「何でも出せるのかな? あれ」
恭介とマルクはその実力に嘆息する。エミルの能力は物質をその手の中にいつでもどこでも召喚できる、という厄介なものだった。ただ、大きさは彼女の体より小さいものに限られ、実際に触れた事のある物しか召喚できない。ただ、LIGHTS内には各世界から莫大な数の武器が集まる。オールレンジで対応でき、弾切れの心配も無い。ある意味無敵の能力だった。
「終わり? じゃあ私のターン」
エミルは持つ武器をサブマシンガンに切り替える。狙いは相手の足に、後遺症が残らないように慎重に狙いを定め、引き金を引いた。
「くっ!」
凛は慌てて横っ飛びでその銃弾を回避、続いて
「スピア!」
大きな槍を出現させ、エミルの方へ飛ばしつつ、
「ウォール」
自身の前に大きな壁を出現させる。
「やるね」
エミルは飛んできた槍をひょいと回避、壁に強引に弾丸を撃ち込んで行く。
「終了」
セイバーが終了を宣言した。ふと隣をみるとしょんぼりして戻ってきた生徒と、それを労わる隊員の姿が。
「早いな」
「まあ、妥当じゃない」
キューエルの班の一人である彼は早々に敗北を喫して、隅っこで傷の手当てを受けている。
「実力無いのか」
恭介はそう判断した。相手はそんなに名の売れた隊員でもない。時間を稼ぐだけなら色んな方法がある中でこれでは実力も容易に想像できた。
なら、と彼は不思議に思う。何故彼はこの課題を合格出来たのか。三人一組で課題に当たらせるのは勿論理由がある。一人では能力の相性によって任務達成率にむらが出る。二人では一人が怪我等で緊急事態に陥った時一人で対処しなければならないし、もしそこで対立してしまえば問題が起こる。三人ならばそれぞれバランスよく対処できる、というのが一応生徒達に説明されている表向きの理由だった。実際は、単純に能力者を相手にする時隊員三人して、やっと捕縛対象の能力者と互角、という苦しい人材難の問題が隠されているのだが。
「一人があんな実力と言う事は、まさか残りの二人がとんでもないのか?」
そんな事実など知らない彼は残りの二人の方に視線を向ける。通常訓練や授業で行う模疑戦、というより戦い方を学ぶ為の組み手、と言った方が正しいが、その中で彼は普段、教師やマルク、ルーカスといった物としか組んでいなかった為、他の物の実力を彼は詳しくは知らなかった。
「まった―」
彼がそう呟いたとき、爆発が起こった。とうとうエミルが壁を破壊したのだ。その手には手榴弾が何個かと、アサルトライフル。
「これで終わりかな?」
彼女が前方に銃口を向けた時、その顔が驚愕に変わる。
「あれ?」
前方に彼女はおらず、力の主を失った壁はその場から消滅する。慌てて周りを見渡すと、後ろに彼女はいた。その手にはドリル。彼女の呪文の特徴は、簡潔な言葉と共に、言葉どおりの現象が起こるなり現れる事にある。一見、エミルの強化版にも見えるが、力の消耗は激しく、そう長い時間戦えるわけでもない。
「掘ったのかよ・・・」
「凛もやるなあ」
恭介は頭に手をあて彼女の奔放さに呆れ、マルクはその作戦の柔軟さに感心する。
「クエイク」
地面が揺れ、エミルは態勢を崩す。
「わっ」
「アロー」
次の瞬間、彼女の周りに数本の矢が形成され、彼女の方へと向かう。
「これで!」
彼女が止めをさそうとした瞬間、エミルが異常な早さでそれらを回避、凛の左手に廻り込んだ。
「え?」
「残念だったね」
彼女がエミルの方を見ると、その手にはスタンガンが握られていた。
「どうやっ―」
「少しの間、眠ってて」
凛の意識はそこで途絶えた。
「うっ・・・」
目覚めると視界には青空が広がっていた。意識を失う前の記憶が蘇り、彼女は頭を抑えた。少しくらくらした。
「気付いたか?」
隣で座っていた恭介が声をかけてくる。もしかしてずっと側にいたのだろうか、と思いかけて慌ててその考えを振り払った。
「恭介・・・私」
「惜しかった、もう少し横になってろ」
「どうして?」
彼女は短く問いを発する、途中までは上手くいっていたはずなのに、何故か最後は不意の攻撃を受け、あっさりと意識を失う事になってしまった。
「上手く地形を利用された」
「地形を?」
彼は頷き見たままに答える。
「お前がクエイクを行って、地形が少し変化した。エミル先生から見て、それは左から中央に丁度お前が最後に立っていた道まで傾斜ができたんだ。だから」
「ローラーブレード」
凛は答えに気付き溜息をついた。自分の攻撃が結局仇となった事に情けなさを覚える。
「よく善戦した方だ」
彼の慰めに感謝しながら彼女は今の状況を尋ねた。
「今は3つ目だな。もう終わるだろうが、ルーカスは流石だな、まさか勝っちまうとは」
「ルーカスが?」
凛に恭介は笑顔を向けた。
「ああ、やっと一矢報いた。フラグラスは惜しかったんだが」
「凄いじゃん」
「お陰でマルクががちがちだ」
恭介はそう言って視線を前にやる。そこにはルーカスに何か言われさらに固まるマルクの姿が。
「大丈夫かねえ、あいつ」
恭介はさりげに凛を見た。倒れたときは一目散に駆けつけたが、どうやら本当に以上も無い様子でほっとした。そして、
「もうすぐだ」
ランスロットは壁にもたれ、まるで周りと自分を遮断するかのように目を閉じていた。まるで目前の戦いには微塵の興味も感じていないかのように。
「待っていろ」
恭介は静かに彼を睨んだ。彼もまた、目前の戦いには興味を失い、頭の中では何度となく彼との戦いが繰り広げられる。
「どこまで、いけるか」
「大丈夫だよ」
彼の独白に凛が答える。が、返答はない。
「もう」
凛はそう言いながらも彼の真剣な横顔を見つめた。きっと彼なら何か起こせる、そう信じて、彼女は横顔を見つめ続けていた。




