第一章 第九節 偽りの『世界』
「気づいたか?」
「誰に言ってるの?」
図書館を出てからすぐ、彼らは何者かの視線に気づいた。先ほどからつかず離れずの距離を保ち、尾行してくる何者かに注意を向けながら、彼らはなるべく人通りの多いほうへと歩いていく。
「誰でしょうね?」
「考えたくないな」
自分たちの足取りを掴め者はそう多くない。やはりあのテリトリー内に入り込んだのが拙かったのだろうか。と彼は公開しつつ、いきなり路地へと入り込んだ。慌てて追いかけてきたその人物の後ろに彼らは舞い降りた。
「あれ?」
そこでルシファは素っ頓狂な声を挙げ、込めていた力を解く。それを見たサディケルも同じ様にして、彼の後ろに立った
「あ、すいません・・・ばれてました?」
当の本人のクリアはそんな彼らを見て罰の悪そうな顔をする。
「別に尾行なんかしなくても、声をかけてくれれば」
彼は緊張感から開放されたこともあって、大きく息を吐き出した。どうしてここにいるのかは知らないが、会えたことは好都合だった。これでもう今日で解放されるのだから。
「ですよね、あんまりにも仲が良さそうだったからつい・・・」
「ああ、約束どおり連れてきましたよ」
彼は一歩横に移動し、後ろにいた彼女を紹介する。
「はじめまして、クリアさん。サディケルです」
と、彼が聞いたことも無いような丁寧な口調で挨拶する。
「あ、こ、こんにちは。きれいな人だなあ」
「ありがとう、彼がお世話になったみたいで」
「はい、でもこんな方なら、最初から勝ち目無かったですね」
嫌な予感はよく当たるとは言ったもので、彼は後ろで、まるで馬鹿を見るかのような目で彼女を見つめ、次いで気づかなかった己の不注意を恥じた。
「これから、どこかへ行かれるんですか?」
ほら来た、と彼は判断し、適当に方便を並べる。
「ええ、これから二人で食事にでも」
サディケルが驚いてこちらを見るが、彼はそんなことなど気にせず彼女の腕をとり歩き出した
「では、これで」
「あ、待ってください。何なら、私が美味しいところ案内します。ご迷惑をおかけしたお詫びに」
彼は正直強引にでも逃げ出したかったが、彼女の言葉がそれを許さなかった。
「あら、いいじゃない。そうしましょうよ」
確かに上客には違いない。ただ、今日を最後にここの仕事を受けることはもう無いだろうが。
「いや、でも・・・」
なおも躊躇する彼に、彼女は睨みを利かせた。
「行くわよね?」
こうなると彼はもう断れなかった。それに、クリアの考えもよく分からない。サディケルがいるのに、何故誘うのか。
彼は彼女がLIGHTSであると確信していた。大体、と彼は考える。自分に一目ぼれなど有り得ないし、約束していた今日が休みだったのは、おそらく組織内で打ち合わせをするためだろう。となると、このままどこかへ連れ出して罠に嵌める。これが最も効率的な方法だが、問題は相手がサディケルだということ。それこそセイバークラスが出てこない限り勝ち目は無い。
「分かったよ、お願いします」
「はい、良い所紹介しますよ」
そう言って彼女は歩き出した。後ろを上機嫌でついていくサディケルと考え込むルシファ。どこへ連れて行かれようと対策だけはしておかなければいけない、という彼の覚悟はまたもや折れることになる。
「ここです」
連れて行かれたのは焼肉店。まずは食べれそうで安心した彼だが、同時に警戒する。毒が入っているかもしれないし店員や客がいきなり襲い掛かって来ないとも限らない。
辺りを見渡す彼を見て、サディケルはゆっくりとため息をついた。
焼かれる肉に注意を払いつつ、彼は出てくる水や料理に何もおかしなところは無いかチェックする。
「さ、食べましょう」
「はお、じゃんじゃんどうぞ」
彼女たちが次々と口に入れていく一方で彼はどうにも嫌な予感が拭えない。今のところ彼女におかしな点は無い。わざわざ食事に行ったところでコンディションが狂うことなど無いし、はっきり言って敵に対して取る行動としては無意味だ。
「食べないの?」
「いや、食べるけど・・・」
結局、食事もそこそこに、彼は考えに没頭し続けることになる。
「ありがとうございました、楽しかったです。またご一緒してもよろしいですか?」
「ええ、楽しみにしています」
そう言ってクリアは帰っていった。唖然とする彼の隣で彼女は小屋へ戻るため人気の無いところへと向かう。
「なんでだ?」
未だに考え続ける彼に彼女は笑いをこらえ切れない。
「何だよ?」
彼はいきなり笑い出した彼女の方を見て尋ねた。正直今日はよく分からないことばかりだった。
「こんな日もあるってことよ」
「こんな?」
「ええ、だから今日くらいゆっくりしなさい。彼女は本当に貴方に一目惚れして、本当にそのお詫びのために連れて行った。信じてあげなさい」
「何でわかるんだ?」
彼女はウインクして微笑んだ。
「自分で考えなさい」
彼は思う、本当によく分からない。
彼らは小屋のすぐ近くに移動し、小屋への道を歩く。同一世界内でのワープができる彼女だからこその芸当だった。
「荷物取ったらさっさと帰りましょ? 少し疲れたわ」
「全くです」
「・・・」
「どうしました?」
なぜかこっちを見て黙り込んだ彼女の隣で、彼は足を止めた。
「お願い決めたわ」
「え?あ、ああお願いですか」
彼は悪い予感はこの事だったのかもしれない、と考え直していた。どんな事をさせられるのか分からなかったがとりあえず覚悟は決めた。
「さっきまでの口調を続けなさい」
「・・・タメ口?」
「あら、聞けないの?」
「分かったそうする」
彼は安堵していた。どんなのが来るのかと思ったら意外と楽なお願い。彼女にこの口調で話し続けるのは少々緊張するが、ほかの事に比べたらマシだろう、と彼は思い、小屋の扉を開けた。
「遅かったな」
彼は開いたドアをすぐに閉めた。
「気づいてたのか?」
「何に?」
彼が彼女に詰問し始めた途端、小屋が吹っ飛んだ。
「待っていたぞ」
「無茶苦茶だ・・・」
「あらら」
セイバーの姿を認めたサディケルが苦笑いする。
「気付かなくて当然だ」
「なるほどね」
納得したサディケルに彼は説明を求める。と彼女はセイバーの胸元を指した。
「あの星のマークした紋章、あれで気配を消してここまで来たんでしょ。あれを持ち出してくるなんて、あの子本気」
「どうにかできないのか?」
慌てて彼が尋ねるがサディケルは首を横に振る。
「駄目ね、私の、というか呪文による戦闘を主とする大概の能力者は相手の気配が読めないと術が発動できない」
「ってことは」
「私今回無力」
「簡単に言うなよ・・・」
「無駄話は終わりだ」
「げっ」
飛んでくるライトニングをから逃げるように彼らは森の中へと逃げ込む。
「あれさえ壊してくれればどうにかできる」
「あれさえ、って言ってもな」
彼女の胸元に攻撃が当たる位なら、と仮定した話だ。彼はすぐに状況を整理する。
「分かった、時間を稼ぐから―」
「了解、やるじゃない。冷静ね」
作戦を聞いた彼女は賛同の笑みを送る。
「死にたくないだけだ。頼んだ」
そう言って彼らは二方に分かれる。後を追うセイバーは当然のようにルシファを追撃する。
「ライトニング」
後ろから二線、光の竜が彼を襲う。彼はスピードを上げ動物のいない高台までそれらを引きつけ、
「八十九式」
すると八本のサリッサが彼の周りに正方形を二つ作り出す。光の竜はその二つの四角形の辺をなぞる様にして通り後ろで衝突し爆発、彼はその勢いに乗り彼女の方へ一直線に飛ぶ。
「三十八式」
五本が彼女の周りを取り囲み、
「三十二式」
それらに注意を向けた彼女に真上から矢印状に展開されていた残りの三本を落とす。
「効かん!」
剣で一閃され、ばらばらになった中から二本を掴み
「七十一式」
体中に竜巻がまとい、彼女のほうへとサリッサを投擲する。竜巻と爆発の勢いそのままに投げられたサリッサはそのままセイバーの剣身に受け止められ、セイバーは態勢を崩す。
「三式!」
その隙を突き八本のサリッサがそれぞれ急速な回転を始め、彼女に襲い掛かった。
「ちいっ」
次々と繰り出される技にセイバーは舌打ちする。『魔女』サディケルと、その右腕と評されているルシファ。いくらセイバーといえども二人同時に相手にするのは酷だった。
それでも一人で行くと言い張る彼女にランスロットが手配したのがスターチャーム、LIGHTS内でも使用する事が出来る人物は限られており、また強力な効果とは引き換えに、副作用が大きかった。
「つっ」
徐々に彼女を取り囲む輪が小さくなり、徐々に彼女の体に傷が増えていく。何とか必死に回避するが、前回よりも相手の動きが段違いだった。
「ライトニング!」
やっとの思いで放ったものの、彼に届く前に相殺され、再び彼女に残りの七本が襲い掛かる。
ねえ、あのこが新しい『セイバー』?あんなのが・・・。
先代の『セイバー』様の名前を汚すことが無きよう・・・。
ふと、彼女の頭に忌々しい記憶が蘇る。そうだ、私はこんな所で立ち止まるわけにはいかない。倒すだけだ。どんな敵だろうと! 彼女の体に力がみなぎり、先ほどの思いと相まって莫大な気迫が放たれる。
「紫電!」
周りに数百もの光の矢が形成され、放射状に放たれる。
「げっ」
ルシファはすぐさま上昇するが、サリッサは全て破壊され、彼は数秒無防備になる。
「ライトニング!」
その彼に五線、光の竜が向かい、
「界雷!」
彼の周りで爆発を起こす。その衝撃で下に落ちてくる彼に彼女は飛び掛る。
「タケミカヅチ!」
「六式!」
「その技は効かん!」
そのまま彼女は彼に向かう、が届かない。
「自分にかけて何が悪い。八十式」
彼は自分に重力をかけ落下スピードを速める。その間に態勢を立て直し、タケミカヅチを受け止めようとする。
「舐めるなあああああ!」
凄まじい気迫と共にセイバーはルシファに切りかかる。が、そこで変化は起こった。
「!」
「はい、まいどあり」
「何!?」
いつのまにかセイバーは動きを止められ、宙に浮いた形となっていた。
「まともに戦っても勝てないからな。少しずるさせてもらった」
ルシファがゆっくりと彼女の方へ移動して行き、スターチャームを彼女から外す。
「返せ!」
「お前、自分の立場分かってんのか?」
彼がやれやれ、といった風に肩を竦める。
「残念だったわね」
「サディケル、何をした?」
ようやく落ち着いたセイバーは彼女を睨みつける。
「罠に嵌めさせてもらったわ」
「罠?」
「これ、付けると相手の気配感じることができなくなるんだろ?」
「・・・何故、分かる?」
彼はそれを眺めながら口を開く。
「お前、俺達が小屋に入るまで存在に気付かなかったみたいだし、殺す気ならドアの前に立った瞬間切りつければいい話だ。それに、今日のお前は前回に比べて回避が下手だ。視覚だけで動かなきゃならないのはきついよなあ」
彼は自分の能力を考えて、セイバーの実力に驚嘆する。あの高速移動するサリッサを視覚だけである程度かわし、全て叩き落とした挙句、彼に大技まで見舞ってきたのだ。やはりまだ、力の差があると彼は反省する。
「それで?」
「だから対策は簡単。対象さえいれば術は発動するんだ。だったら俺に発動させて、それをお前に反射させれば、ほらこの通り」
自慢げに話す彼に対してセイバーは悔やんでも悔やみきれない。あんな事を思い出したばっかりに不覚を取り、いつも以上に気を使わなければならない状態にも関わらず我を忘れて突っ込む。素人以下の戦いをしてしまった自分が腹立たしくて仕方が無かった。
「もういい、殺せ」
彼女は諦めて頭を彼の方へ差し出す。どのみち自分は負けたのだ。いい訳など彼女には無用だった。
「あのなあ・・・」
ルシファはそんな彼女を見て途方に暮れた。そもそも彼はセイバーと戦う理由など無かった。ただ聞きたいのは、
「なあ、教えてくれないか? 何故俺を狙う? 命差し出すくらいなら教えて欲しいんだが」
「教えたら首を切るのか?」
「何でだよ!」
事務的な口調で問う彼女にとうとうルシファは切れた。
「敵だぞ」
「敵でも殺すか!」
「何故だ?」
「誰かが悲しむだろうが!」
「いないさ、そんな者」
「うるさい! ああ、もう! さっさと答えろ! 調子が狂う」
セイバーは何故か笑った。笑って、
「お前、馬鹿だな」
「腕の一本でも切り落としてやろうか?」
ルシファの怒りに全く動じることなく、彼女は真面目な顔になる。
「お前に関して詳しい事は私も知ら―」
ここで彼女の言葉は途切れる。目に映るのは鮮血。
「がっ!」
「ルシファ!」
サディケルの悲鳴が響き、セイバーのロックは解除され着地。そしてルシファは右足の太ももを赤い何かに貫かれ、そこから出血し続けながら地上へと落下して行く。
「駄目ですよ? 『セイバー』ともあろうものがそんなんでは」
「クリア!」
セイバーの声に慌ててルシファの落ちていく地点に駆けつけた彼女も声のする方を見る。と確かにそこにはさっきまで共に食事をしていた彼女がいた。そして彼女はゆっくりとルシファに狙いを定めて、
「ルシファは殺さなくては」
冷たい目で彼を見た。殺意と共に。




