第一章 第十節 『世界』の約束
「やっぱり・・・」
彼は苦悶の表情で彼女を見た。ただ、その服装は彼の記憶にあるLIGHTSの制服とは違う。白を基調とし、袖には何かのマーク、ズボンには青のラインが入った服だ。
「とどめです」
刹那、彼女の髪が伸び彼へと向かう。
「デフレクター」
サディケルがルシファの前に立ち髪を受け止める。
「何をしているんです? セイバー。撃つのでしょう? 彼を」
彼女はそれを見てセイバーの方に顔を向ける。丁度正面に対峙する格好となった両者はにらみ合い、セイバーはいつでも戦闘態勢に入れる様剣を構えた。
「あーあ、そんな態度を取るんですか? それじゃその剣も泣きますよ。折角受け継いだのに」
「今回の件は私に全権があるはずだ」
「言われた事も出来ない者が何を言うんですか。折角手助けに来て挙げたんです。早くして下さい。それとも、セイバーである事を放棄しますか?」
「くっ!」
セイバーは剣の切っ先をサディケルへと向ける。
「悪く思うな」
「あら、切れるとでも思ってる?」
「ああ」
「無理よ、だってあなたもう」
彼女はスターチャームをセイバーに見せて、
「これ無しのまま私と戦って、貴方勝てるの?」
「勝つさ!」
気合一閃、ライトニングを放ちその間合いを詰めるセイバー。
「レミエフア」
サディケルの周りから黒い球状の何かが数十個取り囲み、それはやがて一つとなって、大きな黒い塊を形成する。
「界雷」
それを見たセイバーはライトニングを爆発させ、サディケルの視界を奪う。あれを持っていると言う事はこちらの気配が見えないはず。そしてルシファは動けない。
「はあっ!」
セイバーは彼女がいるはずの場所に剣で薙ぎ払う。
「鬼さんこちら」
ルシファを抱えて彼女は後ろへと後退、ついでと言わんばかりに大きな黒い球体はそこで弾ける。
「まずい」
クリアはそこで離脱。が、セイバーはその弾けた中を突っ切る。一瞬周りが闇に包まれ、その後視界が開けるとそこは最初の小屋。
「逃げられたか・・・」
彼女は剣を鞘に戻そうとした。が、
「いや」
彼女は見た。必死にルシファを抱えて走り行くサディケルの姿を。
「焦って移動させる場所を間違えたようだな、魔女」
セイバーはすぐに走り出した。
どうする? サディケルは頭の中で事後策を必死に考えていた。ルシファは既に意識を失い動けない。ということは世界移動も出来ず、今は走り回ることしかできない。病院に行ければいいが、この住人と彼では体の構造に若干の違いがある。
「とにかく人通りの多い所まで」
走れば十分もしない内に街に出られる。その後応急処置をして意識が回復するのを待って脱出すればいい。そう思った彼女の横を、竜が通り過ぎた。
「!」
慌てて後ろを見るとセイバーの姿。
「逃がさん」
「まさか!」
もっと遠くに飛ばす予定がこんな近くに。予想外の邂逅にサディケルは焦った。本来自分の命を最優先するなら、ここでルシファを置いていくのが一番なのだが、彼女の頭にそんな考えは無かった。
「ほう、観念したか?」
サディケルは草原の真ん中で静かに彼を横たえ、その首にスターチャームをかけた。そしてそのままセイバーに向き直り、彼女はセイバーに対して向き直った。
「あなたが、でしょ?」
いつにも増して自信満々なサディケルにセイバーは訝しむ。
「真っ向から戦って私に―」
「勝てるわ」
サディケルは言い切って、呪文を詠唱し始める。彼女にとって久々の攻撃呪文となるそれは、青空の中高々と響いた。
「フィガルランス」
空が割れ、一瞬にして空から巨大な闇の大砲が姿を現す。
「馬鹿な!」
「消えなさい、セイバー」
ありえない質量を持つ者の出現にセイバーは面食らう。放ったライトニングも効果が無く、彼女はサディケルへの間合いを詰め切りかかる。
「無駄」
紙一重でかわされ、反撃として腹部に蹴りが飛ぶ。
「はあっ!」
その衝撃で後ろに飛ばされつつ、セイバーは剣を構える。
「タケミカヅチ!」
それはサディケルの頭と、体を切り裂く、はずだった。
「アラエリックヒューガル」
サディケルの体が闇に包まれ、タケミカヅチはその彼女を通り抜けるようにして通過。
「!」
何の感触も無いことにセイバーは驚き、その瞬間、上から巨大な闇の竜が彼女に襲い掛かった。
「なっ!」
今まで戦ってきた彼女とは全く違う戦い方にセイバーは恐怖を覚える。まさか、とセイバーは思い、必死でその考えを振り払う。今まで手加減されていた、などと認める事が出来るはずもない。
「負けるわけにはいかない」
サディケルはこちらに集中している。ならば、とセイバーは竜が自らに降りかかる直前、ルシファへの間合いを一瞬に詰め、剣を下ろした。
「道連れだ」
その瞬間、咆哮と共に、莫大な質量を持った竜は自動的にセイバーを追い、結果両名共々を巻き込んで爆発した。
「ルシファ!」
彼女はセイバーの行動を見て取って彼にデフレクターをかけようとするが、スターチャームの存在に気付き舌打ちする。
「しょうがないわね・・・」
彼女は止む無く、その対象をセイバーに変えた。爆発した直後すぐさま駆けつけるが、大穴が形成され、下はよく見えなかった。
「セイバー・・・」
彼女は援軍を呼ぶため、一旦この世界から姿を消した。
「ぐっ!」
セイバーは身を起こし周りを見渡した。
「ここは・・・」
彼女は上を見て唖然とした。見える青空は遥か上にあった。
「これでは・・・」
「上にはいけないだろうな」
「なっ」
いきなり返事が聞こえ、セイバーは距離を取り剣を構える。
「おいおい、俺はこの状態でお前と戦えるほど強くないぞ」
言葉はいつもの通りだが、顔は青ざめ、足からは出血が続いている。仕留める直前、自らにシールドのようなものが形成されるのを見て、彼女はまず眼を疑った。その驚きで剣先がぶれ、それは彼の首の皮一枚を斬ることになった。
「首はひりひりするし、足は痛いし。やるならさっさとやって欲しいんだがな」
彼は一人ごちて、自分の服を破り止血を開始する。勿論セイバーへの警戒も怠らず、彼は器用に足を縛り、ひとまず出血を止める。
「さて、どうするかな」
ルシファはそのまま横たわり上を見上げる。飛ぶ力も残っていなければ、ここから歩く事も出来ない。と、セイバーは彼の隣に腰を下ろし、そのまま岩壁にもたれる。
「この穴は?」
セイバーの問いに彼は首を振る。サディケルのあの術の威力は強大だったが、ここまでの大穴は形成できない。ならば、自然にできた物に都合よく落っこちたか、それとも昔ここで誰かが何かを掘っていたか。
「お前、俺の事殺さなくていいのか?」
彼の問いに彼女は一瞬身をびくっとさせた後、
「怪我人を殺す趣味は無い」
そう言って黙り込んだ。
「じゃあ、さっきのあの気迫はなんだったんだよ?」
彼はそう尋ねるが反応は無し。サディケルはどうしているだろうか。彼が目覚めたとき見たのは、自分に剣を振り下ろすセイバーと、その上から向かってくる馬鹿でかい黒い竜。ただ、威力はセイバーの光の竜とは大違いだったが。
そのまま時間は過ぎ、いつのまにか陽は傾き、段々辺りは暗くなっていく。
「『セイバー』は、元々LIGHTSの隊長の中でも、特別に優れた者に与えられる称号の様な物だった」
「え?」
陽も落ちて大分経った頃、セイバーは独り言のように、いや、独り言なのだろう。彼はそう判断して、黙って目を閉じた。
「先代の隊長はセイバーでは無かったが、強く、気高くそして自信に満ち溢れていた。そんな彼女を信頼し、また支える者は多く、誰もが彼女は将来セイバーの称号を与えられると信じられていたそうだ」
陽は完全に沈み、あるのは静寂の中彼と彼女の二人きり。その中でゆっくり一つの物語は綴られていく。
「そんな彼女はある日、一つの問題を起こす。部下の一人と恋に落ちたのだ。当然のように批判は起こり、彼女はその部下と一緒に逃亡した。その後長らく隊長不在の期間が続き、私がそこに就任した」
彼は黙って彼女の方を見た。暗闇の中、彼女は必死に何かに耐えているようだった。
「それ以来私は、それこそ必死でセイバーになろうとした。先代によって落ちたLIGHTSの信頼を取り戻すために。決して最初は順風満帆と言うわけでは無かった。私は元々の身分はスラムだ。『セイバー』就任の際は色々言われもした。先代の隊長のようにならぬよう、上は私に早々にセイバーの名前を与え、二度とこのような事が起こらぬよう、部下も厳選された」
「本当の名前は?」
彼の問いに彼女は寂しく首を振った。
「本名は知らない。気付いたときにはスラムでゴミ箱を漁っていたし、拾われても特に名前は付けられず、LIGHTSに入るまでは奴隷のような日々を過ごした。少しお前と似ているかもな」
「そっちの方が随分と辛いさ」
「え?」
「俺は、家族がいるから。また会えると信じているから、こうやって今日を過ごして、明日を迎えられる」
彼がしみじみと語るのを聞いて、セイバーは彼の言葉を訂正する。
「いや、お前の両親は未確認だ」
「え?」
彼は驚きの声を挙げる。いや、確かにライトは言ったはずだ。自分は両親との子供である、と。
「ああ、確かに公式の記録にはそうなっているし、それを疑うものもそうはいない」
「なら?」
「確かに出生届はあるし、生まれた直後からお前はあの二人の下で育った。が、出産したと言う証拠はどこにも無い。穿った考えをするなら、誰かが出産した直後にその子を奪って自分の子供にした事も考えられる」
「そんな馬鹿な」
彼はその考えを一蹴する。と、そこで彼の思考もめまぐるしく動く。確かエミルは言っていた。自分の血統パターンはこの世界には無いと。と言う事は両親が違う世界から来たのだとだろう、と彼は納得していた。のだが、
「・・・俺は、誰だ?」
彼は目の前の空間に問う。本当に何が本当で何が嘘なのか、どうしてここまでの状況が作られているのか、その全てが分からない。
「知らん、お前の存在を知らされたのはランスロットの言う通り二日前、魔女が動いたからだろう、全ての任務を放り出して駆けつけさせられた。こっちこそ知りたい、お前何者だ?」
返ってきた返答に彼は不機嫌そうに返す。
「何でそんな事も知らないのに俺を殺そうとするんだよ?」
「命令だ、『ハムレス』の」
俯いて彼女が漏らした言葉に、彼は彼女のここまでの行動を振り返る。なるほど、どうやら彼女はかなりのプレッシャーを与えられているらしい。けどどうやら殺したくも無い様で、あんな倒してくれと言わんばかりの猪突猛進な攻撃を繰り返していたのだろう。
「何でお前、そこまで『セイバー』にこだわるんだ?」
「私にはそれしかない」
ぶっきらぼうに返事を返す彼女を、彼は真っ直ぐ見返した。暗闇の中、確かに両者は目が合った。
「お前は『セイバー』であるために『セイバー』をしているのか?」
「何が言いたい?」
「お前、何のために生きてる?」
「・・・」
セイバーは黙り込んだ。確かに自分は何のために生きているのか。上と下との間に入って、あるのはいつも命じられるまま任務を繰り返し、ただそれだけ。LIGHSに入ったのは名前が欲しかったから。半ば逃げ出すようにして彼女はLIGHTSに飛び込んで、そこで必死に努力して、掴んだ物は何だ? 変えようとは思った。だが、今の自分は何をしている?
何もしてはいない。いつかは、やがていつかはとありもしない希望に縋るだけでは無かったか。
「世界を救え。セイバー」
唐突に彼は話しだした。思わず彼女は聞き返す。
「は?」
「お前が『セイバー』なら、その役目はこの世界の平和だろう? 誰もが笑って暮らして、笑顔で明日を迎えられる、そんな世界を作れ」
「何を言って」
「でなければお前はいつまで経ってもお人形のままさ。『セイバー』に祭り挙げられて、上の思うがままに動き、行動する。そこにお前はいるのか?」
「黙れ!」
「なあ、『セイバー』、ここはお前と俺だけだ。何を怖がっている。地位か? 信頼か?それとも・・・」
「お前に何が分かる!」
「だったら何でこんな所で俺に弱音なんか吐くんだよ!」
彼の叫びに彼女は言葉を詰まらせる。
「お前、本当は望みがあるんじゃないのか?」
彼の優しい声に、彼女はぽつりと呟いた。
「・・・笑って欲しい」
「え?」
「私を見て、笑って欲しい。尊敬でも、敬愛でもなく私自身を見て笑って、名前を読んで欲しい。そんな世界に私はいたい」
「はあ・・・」
その言葉を聞いて彼は呆れた。
「な、何がおかしい!」
彼は違う違う、と言う風に首を振り、セイバーの頬に触れた。
「だから、いたい、じゃなくて作れ。お前の望む世界を。だからこその『セイバー』だろう? セイバー」
「けれど、私には・・」
「見ていてやる」
「え?」
「側にはいれないが見ていてやる。お前の後ろで。その世界、きっといい世界だろうし」
「何を・・・」
「お前は強い、だからこそ弱い。だからお前が進む後ろに俺はいる。困ったら後ろ振り返ってみろ。笑って、『なーにそんなことで悩んでんだばーか!』 って言ってやる。
望むままいけセイバー。ハムレスはどうしても俺を殺したいんだろ? だったらそれだけの力を持つお前を、『ハムレス』はそう簡単にどうにかしようとは思わない」
「けれど」
「何だ? 俺が後ろじゃ不満か?」
「いや・・・」
彼は笑った。例え見えなくても、届くように。
「『ハムレス』が何考えているかは知らないが、俺はあいつら嫌いなんでな。潰させてもらうぞ。その時、お前は―」
「分かった。私は前に立ち続けよう。この世界全てを『セイバー』として導く。私だけじゃなく、全ての人々が笑えるように。名前を読んでもらえるように」
決意を聞いて彼は始めてセイバーを知った気がした。なるほど、伊達に『セイバー』をしているわけでも無いらしい。
「どうするんだ? 内部にいて」
彼は明日のの予定を聞くかのように彼女に問いかけた。彼女は笑って答える。
「できるだけ情報を掴む。もしまずい事があるなら、お前に知らせる。表立っては動けないからな。そのくらいはしてくれるんだろう?」
「・・・はいはい。どうせ俺は働き蟻ですから」
二人は吹き出した。
「ふう・・・全くこいつは」
彼の寝息を聞きながら、彼女は彼に肩を貸していた。無関係だからこそ話せた話題だったが、どうやら話してよかったらしい。彼女ももう寝ようとしたその時、彼が寝言を言った。
「・・・ライト」
セイバーは黙って彼を姿勢を整え、少し離れた位置であのときの決断を後悔し続けた。殺した、私が彼の家族を。例え偽りでも、彼にとっては真実だったはずなのに。ならば、と彼女は彼の方を見る。
「何故、私にあんな事を言うのだ?」
言ってから直ぐに答えに気がついた。彼はもう個人の幸せを見ていない。見ているのはただ世界、それだけ。だからこだわらない。出来る事は全てする。その覚悟があの言葉だった。
「誰もが笑って、笑顔で明日を迎える・・・」
彼女はそう言って微笑んだ。誰にも見せる事無い笑みを。
「やっぱりお前はおかしな奴だな」
そう言って、彼女は瞼を閉じ、眠りに着いた。
上から一本の糸が降りてきたかと思うと、その糸は姿を変え人の形を取る。
「やれやれ」
アヌレイクはそう言うと、ルシファを抱え、再び上昇。その時、セイバーの姿はもう無かった。




