薬草治療・2
「じゃあ、僕は先に戻るから」
そう言ってクレオが温室から出ていくと、今度はカタリナがディアナに近づき耳打ちする。
「やれやれ、相当気に入られているようね」
「はぁ」
「あのね、女王陛下の事で話しておかなきゃいけないことがあるわ」
「はい」
カタリナとベルベットは目配せをして、まずサラを部屋に戻した。そして、ディアナに温室の端にある椅子に座るよう勧めて、声をひそめた。
「これから言うことは、他言しないでちょうだいね」
「はい」
「女王陛下はね、多分もう長くないのよ」
「え?」
「一番いい薬を使って、一番いい治療師に治療させているわ。それでも、女王陛下の心臓は良くならない。これだけの治療をして、延命にしかなっていないのよ。いくらあなたに実力があっても、この国一の治療師より腕がいいとは思えないわ」
「はい。それは、……そうだと思います」
「だから、もし治せないとしてあなたが責任を感じることは何もない。それだけは覚えていてちょうだい。私だって、将来有望な治療師をこんなことで挫折させたくないのよ」
その一言を聞いて、ディアナはカタリナが今まで女王陛下の治療をさせるのを渋っていた理由を知った。
「……ありがとうございます」
「王子殿下もちょっとおさまりそうにないし、とにかく一度は女王陛下に会わせるけれど、治せなくても気にしないでね」
「はい」
ディアナは微笑んで、カタリナを見た。彼女の気遣いがありがたかった。
王子に期待されている。そう思って、早く治療できないかと思っていたけれど、確かにディアナが治せるという保証もないのだ。もし、これだけの期待を寄せられたディアナが女王を治せなかった時の、クレオの落胆はいか程だろう。
「心配ですね」
「……大丈夫よ。王子殿下に何を言われても、気にしなくていいわ。治せなくても、当たり前だと思っていなさい」
「いえ、そうじゃなくて」
「え?」
「私が治せなかった時の、王子殿下が」
「……ディアナさん」
カタリナが、目を見はってゆっくりと肩に手を置いた。
「そうね。王子殿下の事も、考えてあげなきゃいけないわね」
「ええ」
「たまに忘れそうになるのよ、殿下が11歳だってこと。あまりにも言うことがしっかりしてるものだから」
「でも、殿下は幼いところもちゃんとあります」
「そうね。……もう、いいわよ。今日は御苦労さま」
「はい」
一礼をして、温室を出る。思いつめたようなクレオを思い出すと、なんだかとても胸騒ぎがした。
その後ディアナが中庭の方に歩いて行くと懐かしい声に呼びとめられた。
「ディアナ!」
振り向いて、目を見張る。そこにいたのは懐かしい幼馴染だ。
「……ロック!」
「どうしたの。こんなところで」
日曜は一般開放されている城の中庭も、平日は関係者以外立ち入り禁止だ。一般人であるロックが入れる場所ではないのだが。
「道具屋の営業許可の更新に母さんと来たんだ。今、母さんは手続きに行ってるから暇なんだよ」
ロックが、いつもの笑顔で笑う。それを見るだけでディアナ自然に笑顔になった。
「営業許可って、王様から直接もらうの?」
「ううん。大臣から。5年に一度更新手続きをしないといけないんだよ。結構面倒だよね」
「そんなのあるんだ。知らなかった」
「僕も。仕入れについてくるだけのつもりだったのに、城の中に入れるっていうからさ、ディアナを探してたんだ」
そこまで言って、ロックは花壇の端に座った。いつもの穏やかそうな微笑みでディアナを見つめている。
「……元気だった?」
「うん。ロックは?」
「大変だったよ。ブレイドと一緒に仕事にでたりさ。ディアナがいないとブレイド機嫌悪いから八つ当たりとかしてくるんだよ」
「はは。ホントに?」
ロックと話すのは久しぶりだ。何年も共に過ごした幼馴染との空気は、とても和やかでとても安心する。肩の力が抜けて初めて、いつもはどこか気を張っていた事に気づいた。
「なんか、……疲れてる?」
ロックが、少し心配そうな声を出した。
「ううん? 大丈夫だよ」
「そう? ああ、今度の日曜、ガルデアの武道大会だね。ディアナくるの?」
「それがね、私当番になってて、城にいなきゃいけないんだ」
「そっか、残念だね。ブレイド、すごく張り切ってたよ。それで、特訓とかで忙しいから試合終わるまで来れないって」
「そう。……勝てるかなぁ」
最後の言葉は、消え入りそうな声だった。弱気な気分が表に出てしまった気がして、ディアナは口元を押さえる。
ロックは、座っていた花壇からこっそり花を一本引き抜いてディアナに差し出した。
「大丈夫。ブレイドは勝つよ。ディアナが信じてあげなきゃダメじゃないか」
「……そうだよね。ありがと」
差し出された花を受け取る。オレンジ色の、元気が出るような花だ。
「僕、そろそろ広間の方に戻るよ。また今度、仕入れにきたときは、部屋の方に顔見に行くから」
「うん。ありがと」
遠ざかるロックの背中を見ながら、花の匂いをかいだ。その爽やかさに、少しだけ胸が締め付けられた。




