薬草治療・1
予定していた薬草治療は、クレオ王子、薬草室長のベルベット、治療団長のカタリナ、それにブレイドの父親でもある学者のアイク=ウェルドックの立ち会いの元で行われた。
「はい、……できました」
ディアナが唱えた回復呪文は、栄養不足で枯れかけていた薬草をものの数分で正常な状態まで戻した。
「ほう。これは見事ね」
薬草室長のベルベットは60歳近い年齢だが、長年の経験の中でも初めて見る光景に驚きを隠さなかった。アイクは満足げに頷いて、ディアナに顔を向ける。
「以前よりも、上手になっているね。……実は、私の書いた論文は、彼女の薬草治療をデータとしてかきあげたんですよ」
「本当、すごいわね」
カタリナも、驚いたように頷いた。その脇からサラが口をはさむ。
「ディアナは、以前、蘇生魔法をつかって薬草を治したこともありました」
「ああ、僕も見ていた。見事なものだったよ」
クレオが、後押しするように言う。するとカタリナは目を見張った。
「蘇生魔法? ……使えるの、あなたが?」
ディアナは頷いていいものか迷いつつも頷いた。
「でも正しく使えているかどうかは分かりません。火傷を治療するときに、蘇生呪文で治療ができたというだけです」
「そう。それは……使えてると言えそうね」
「だから、早く母上の治療に参加させるよう言っているだろう? 能力があるのに、飼い殺しにする気なのか? 治療団は」
若干きつい調子でクレオが言うと、カタリナは眉を寄せて向き直る。
「そうは言われましても。こちらも色々あるのです。こういう言い方は失礼ですが、王子様はまだ11歳であられます。私たちを疑うような発言はおやめください」
「ふん。子供の戯言だというのか?」
「そうは言っておりません」
カタリナとクレオの間に冷たい空気が走った。気まずさに居心地が悪くなるのはディアナの方だ。なんとか場を和ませようと必死になる。
「あ、あの、治療する薬草は、これで終わりですか?」
「ああ、そうだね。これだけできるんだったら、こっちもお願いしようか」
ベルベットが、別の温度に管理されている温室の方へと歩き出した。
「今は、マドラスの森から薬草が取れないからね、貴重なんだよ」
その後について歩きながら、マドラスの森に想いを馳せる。
「やっぱり龍が目覚めると大変なんですか?」
「ああ、今時期はまだいいんだけどね。寒い季節になったら雪が振り吹雪になる。そうなると家にこもるしかないそうだよ」
「そうですか」
サンド村の人の良さそうな村長さん。皆、元気にしているのだろうか。自分の生活に手一杯になっていてすっかり忘れていたことをディアナは恥ずかしく思った。
「これを治してもらえるかい」
「はい」
「ねぇ、ディアナ。私もやってみたい。ベルベット様、お許しをいただけませんか」
サラが後からついてきて頭を下げる。
「ああ、やってみるといい」
「はい! ね、どうすればいいの。ディアナ」
「うん。ええとね、根から水を吸うイメージで唱えるといいみたい」
「わかった」
サラは先程ディアナがやったとおりに、呪文を唱えた。癒しの光に包まれた植物は、少しだけ葉をピンとさせたけれど、正常な状態までは戻らない。
「うーん。難しいね」
「そうだねぇ。私もやってみる」
ディアナが同じように唱えると、先程よりも茎がピンと張る。ディアナとサラは学園では共に成績優秀だった。なのにこうして実践で差が出るのはどういうことなのだろう。
ディアナにとって、回復魔法はそれほど難しいものじゃなかった。母親を助けたいという最初の想いが強すぎたせいだろうか。ディアナの魔法は、いつも余り有るほどの効果を発揮し、大抵のものを思うように治すことができたのだ。
「やっぱり、ディアナは上手だね。……いいなぁ」
サラは、ディアナが直した薬草をみて溜息をついた。
「サラだって、慣れればすぐできるようになるよ」
二人で話していると、隣の温室からクレオとカタリナが未だ言い合いをしながら入ってくる。
「わかった。じゃあ、そうしよう」
クレオはそんな言葉で纏めると、ディアナの方へやってくる。
「ディアナ。来週、僕が母上と面会するときに一緒に来てもらう。もちろん、カタリナも同席する。あくまで、僕の付き添いという形でだ。それならば、他の治療団のメンバーにも角は立つまい」
「……立ちますよ、普通に。なんで、一治療師が王子殿下の付き添いをするんですか」
ディアナが言い返すと、カタリナもほら見たことか、という視線をクレオに投げた。
「いいから、とにかく、症状を見てもらわない事にはどうにもならないだろう?」
いつも冷静なクレオが、こと女王陛下のこととなるとこう我を忘れる感じになるのは、やっぱり母親が大事だからなのだろう。例え何も出来なかったとしても何かせずにはいられない。その感情はディアナが回復魔法を覚えたルーツでもある。
「頼むぞ」
王子の声を聞いて、ディアナは静かに頷いた。自分にどれほどの事が出来るか分からないけれど、やれるだけの事をしよう。そう思った。




