祖父・2
「おーい、ディアナ!」
背後から、よく通るブレイドの声が聞こえてきた。相変わらず走ってここまで来ているのだろうに、それほど息が乱れた様子もない。
「え? あれ? どうした?」
「な、なんでもないよ!」
ディアナは慌てて目尻の涙を拭く。隣では、バジルがきまり悪そうに咳をした。
「よく来たな、ブレイド。早速じゃ。訓練がてらお前も手伝え」
「え? なんだよ。何を?」
「草むしりじゃ、早くやらんか!」
「うおっ、なんだ、じいさん、機嫌わりぃな」
ブレイドが、肩をすくめて隣にしゃがみこんだ。
「違う、照れてるんだよ」
「え?」
ブレイドはディアナの顔を覗き込んだ。ディアナは意味ありげに、微笑みを返す。
「……今日は、嬉しい日だ」
「……?」
ブレイドは訳が分からないままその横顔を見ていた。
草むしりを終え、皆そろって昼食を取っているとき、ブレイドが切り出した。
「ディアナ、武道大会の日って仕事あんのか?」
ブレイドが目を向けたカレンダーをディアナは目で追った。
「えーっと、再来週の日曜だっけ。うん、確か当番になってる」
去年も見れなくて寂しい思いをしたのに、今年もなのか。そう考えると、ディアナの肩が自然に落ちる。ブレイドの方も残念そうに溜息をついた。
「そうか、仮に勝ったとしたら、今度は城で本大会があるけど、そっちこそ絶対に無理だもんな」
「うん、そっちは城の治療師全員出勤だもん」
自分の予定さえ自由にならないことがもどかしく、再び溜息をつく。その脇で、バジルがお茶を飲みながら静かに声を出した。
「……大丈夫じゃ、ブレイドは負けん。対抗馬になるはずのデルタは今年審判だからな」
「おじいちゃん」
「なんだよ、おじさんにはまだ負けるってか」
「当たり前じゃろ。お前自分がいくつだと思ってる。上には上がいる、そういつも思っていないといつしか天狗になって負けるぞ」
「へいへい」
バジルとブレイドの軽口の叩き合いに、ディアナは驚いて言葉も出せなかった。いつの間にこの二人は、こんなに仲良くなったんだろう。
「おじいちゃん、ホントにブレイド勝てそう?」
「ん? ……そうじゃな、まあ、ガルデアの大会はおそらく大丈夫じゃろ。この馬鹿が油断せん限りはな」
「油断なんかするかよ。負けたらじいさんの教え方が悪いんだ」
「馬鹿いうでない。わしに教わって負けるようなら、お前が力足らずってことじゃ」
「まあまあ、そろそろやめてくださいよ。お義父さん。本当に、ブレイドくんのことを気にいってるんですね」
「誰がじゃ、この阿呆」
今度は止めに入ったはずのデルタとバジルとで、口論が始まってしまった。ちらりとブレイドに視線を向けると、「仕方ねぇな」とでも言いたそうに、片目をつぶって見せる。
その仕草に、ディアナは無性にホッとした。少しずつだけど、ブレイドに以前の自信みたいなのが戻ってきてる気がする。行動に迷い一つなかった、あの自信が。
「ディアナ」
ブレイドが、改まってディアナを見る。
「試合が終わったら、会いに行くからな」
「うん。待ってる」
期待を込めて、ディアナも答えた。
もし、ブレイドが優勝できたら、色んな事がうまくいくようになるだろうか。ブレイドにちゃんと自信が戻って、自分も女王様の治療をできたら、また一緒に入れるようになるだろうか。そうなりたい。そのための努力ならいくらでもする。ディアナは心の奥で、強く願った。




