祖父・1
次の休日、ディアナは朝一番の馬車に乗り込んだ。実家に向かう為だ。
動いていく景色を眺めながら、先日のブレイドの言葉をぼんやりと考える。
『全然帰ってこんってぼやいてたぜ』
ディアナには、バジルがそんなことを言うとは信じられなかった。数年前から、態度こそ柔らかくなってきたが、話せば相変わらずぶっきらぼうで。嫌われているんだろうという気持ちを吹き飛ばせるまでのものは感じられなかった。
だからディアナは、バジルには嫌われているものだと決めてかかっていた。好かれているかもなんて期待して、それが外れるのは耐えられない。だけどぼやくぐらいには大事に思ってくれてる? そんな期待がディアナの胸の中で膨らんでいく。
城下町の喧騒が遠ざかり、少しずつ、田舎の空気に変わって行く。馬車に揺られている間に少し居眠りもした。日々の疲れが溜まっているのだ。
「着いた」
ガルデアに帰るのは、引っ越して以来だった。なにせ、新米のディアナには覚えなきゃいけないことがたくさんあり、たまの休みの日も緊急で呼び出される事も多かったのだ。ようやく落ち着いて色々な事を出来るようになったのは、本当に最近のことだ。
「ただいま!」
「ディアナ! お帰り、待っていたぞ」
久しぶりに自宅の扉を開けると、デルタが嬉しそうにディアナを迎え入れた。その脇で、祖父のバジルがちらりとこちらを向いて、また新聞に目を落とす。
「……来たか」
小さな呟きだけの、いつもと同じ態度。ほら、やっぱり。ディアナが感じるのは失望だ。胸の中に湧き出ていた期待が、急速にしぼんでいくのが分かる。
デルタが入れたお茶を3人で飲みながら、仕事の話をいくつかした。笑顔で相槌を打つデルタとは対照的に、バジルは黙ってうなずくばかりだ。久しぶりのその態度が寂しく感じて、ディアナは頭を垂れる。やっぱり帰ってこなきゃ良かったとさえ思った。
「さて、少し庭の整地でもするかな」
バジルが立ち上がって外へ出る。デルタの方も仕事上の書類を片付けるという。ディアナも手持ち無沙汰になり、なんとなく庭へと出た。
「おじいちゃん、手伝おうか」
「ん? ああ。……そうじゃな、そこの草を抜いてくれるか」
「うん」
建物の際に生えている草を一心不乱に抜いていく。隣にいるのに、会話もなく気まずい。それでもディアナはなんとか祖父との関係を変えたかった。
せっかく帰ってきたのに、ぎこちないまま帰るなんて嫌だ。ディアナは勇気を出して、いつも思っていた、だけど絶対口には出せなかった言葉を呟いた。
「おじいちゃん、……ごめんね?」
「なんじゃ、急に。なにかしたのか?」
「お母さんの事。私のせいでごめんなさい」
バジルが手を止めて、隣を見る。目を合わせるのは怖くて、ディアナは下を向いた。
「なんじゃ、今頃」
「ちゃんと謝ってなかったから」
「あれは、当たり前の事じゃろ。親なんだから、子を守ろうとしたのは当然の行動じゃ」
「だけど、そのせいでおじいちゃんの娘はいなくなったんだもん」
「……ディアナ」
風が吹いて、近くの街路樹から葉っぱが落ちた。バジルはその葉を拾い上げて光にかざした。まぶしそうに目を細めて、絞り出すような声を出す。
「わしは、……どうしようもない頑固ジジィじゃ」
「おじいちゃん?」
「今さら、お前にどう接してやればいいのか、わからん」
ディアナは思い切って顔をあげた。バジルはまだ葉っぱを見詰めたままだったが、その表情はどこか寂しそうにも見えた。
「お前に何をしてやったらいいのかも、……わからん」
「おじいちゃん、なにもいらないよ。私は、ただ……」
笑ってくれたらそれでいい。そう言おうとしたとき、バジルは意を決した様子でディアナを見た。
「だから、わしが、お前を守る男を、世界一強い男に育ててやる」
「……おじいちゃん」
バジルの言葉が体中に浸透する。
『俺、明日からじいさんに訓練してもらうことになってっから』
昨日のブレイドの言葉が蘇って、涙がこみ上げてきた。
違ったんだ。ずっと嫌われてると思っていたけれど、そうじゃなかった。




