表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒の英雄と風の龍  作者: 坂野真夢
第四章
90/130

再会・4


「ブレイド」


 思い立って、ディアナは言葉を出した。


「ねぇ、ちょっと相手してよ。剣の」


 驚いたように、ブレイドが振り返る。


「……どうした、急に。お前も色気ねぇなぁ」

「だ、だって。ちょっと体がなまってんのよ。お城じゃ、訓練なんかできないんだもの」

「わかった。いいよ。でも、剣はどうする? 俺、今日は一本しか持ち歩いてねぇんだ」

「あ、じゃあ、部屋に寄って取ってから行こう?」


 二人でディアナの部屋まで行き、剣を取って戻る。


「……なんか、上手くいってないのか?」

「なにが?」


 少しだけギクリとしながら答える。


「だって、お前が手合わせしたいなんて言うときは、上手くいってなくてイライラしてるときだろ」


 確かにそれはそうだとディアナは思う。でも一番は、今目の前に現れたブレイドに上手く話すことができないことに、イライラしてるのだ。


「近くに広場があるから。今の時間からなら大丈夫だと思うんだけど」


 質問には答えずに、ブレイドの手を引いた。広場には、数人散歩している人もいたが、大概は家路につくために通りすがる人たちだった。


「じゃあ、この線からこっちはでるなよ。剣を離した方が負けな」


 ブレイドが、小石で地面に線を引き、ディアナは体を慣らすように屈伸をする。


「分かった」


 そして、対峙する黒い男を息を詰めて見詰めた。


 敵う訳がないのは、分かっている。片手間で剣術をしているディアナと、毎日剣を握って訓練し、実践もこなしているブレイドが戦って相手になる訳がない。


「よし、はじめ」


 ブレイドの声に合わせ、ディアナは自分から切り込んでいった。あっさりとかわされて、横から打ち込んできたブレイドの剣をかがんでよけて、後ろに下がる。


 一連の動作が、以前に比べて衰えているのが分かる。日々の訓練を怠るというのはこういうことだ。


「はぁ。はぁ」


 簡単に息が上がってくる。ブレイドに手加減をされているのもすぐに分かった。でも、どうしようもない。こうなることくらい、予想がついていた。自分で治療師になると決めたあの日から、決まっていたことだ。


 それでも、汗が体から湧き出るように、もやもやしていた気持ちも体から出ていくような気がした。


 寂しいとか行かないでとかは、ブレイドを困らせるから言えない。

 うまくいかないとか、息が詰まるとかも、心配させたくないから言えない。


 言えないことが多すぎてモヤモヤして、本当に言いたいことを見つけ出せなかった。


 剣を振る。その動作が、頭にかかってたモヤを振り払ってくれたみたいに、ようやくブレイドに伝えたかった事がなんなのか、分かってきた。



 堅い金属音がして、ディアナの手から剣が離れた。手は汗でべたべたになっている。ブレイドが困ったような顔でディアナを見た。


「決まり」

「はぁ、……うん。負けた」

「怒ったか?」


 窺うような視線に、ディアナは首を横に振った。


「ううん。……当然だと思う。手加減されるくらい力の差がついてるのは、自分でもわかるもん」

「そうか」


 ブレイドが、手を伸ばしてディアナを立ち上がらせる。その手を握り締めて、ディアナはようやく一番言いたかった事を口にした。


「……会いたかったよ」


 突然の甘い言葉に、ブレイドが目を丸くする。


「なっ、なんだ? 急に」

「これを言いたかったって、ようやく分かった」


 ブレイドの手が、背中に移る。そのまま抱きすくめられて、ディアナの呼吸が一瞬止まった。


「お前って、……手間かかる女」

「うるさいよ」


 手を背中にまわして、離れないように掴む。ブレイドだってと思ったけれど、口に出しては言えなかった。


 マドラスの森でのあの一件から、ブレイドが自分に触れるのを躊躇していた事を、ディアナは何となく感じていた。キスもする、抱きしめもする。けれども、決して一線を越えようとはしない。


 触れた手の優しさで大事にされていることはわかるけれど、胸にはいつも不安が残った。


 あの森での事件が、彼の中でどれほどの傷になってしまったのか、ディアナには分からなかった。それが、いつ乗り越えていけるものなのかさえも。


「……俺も、会いたかったよ」

「ブレイド」



 ブレイドの腕に力が入って、ディアナも思い切り胸に顔を埋める。心地いい懐かしい匂いに、ディアナは素直に自分の気持ちを解放した。


 会いたかった。ずっとこんな風に触れたかった。今だけは考えたくない。不安なことなんか、何もかも忘れてしまいたい。


 その時、どちらからともなく、お腹の音が鳴った。


「……ぷっ」

「お腹、すいたね」


 二人で顔を見合せて大笑いをする。


「早くなんか食おうぜ。俺、今日は最終の馬車で戻んねーといけないんだ。朝一で報告出さなきゃいけねーから」

「え? そうなの? じゃあ、手合わせなんかしてる場合じゃなかったんじゃない」

「お前がしたいって言ったんだろ」

「そう言うの、先に言ってよ」


 ぎゃあぎゃあ言い合いをしながら、近くの店に入って食事をした。それでも傍にいるだけで嬉しくて、ディアナは数日間のストレスが一気に吹き飛んだ気がした。


「そう言えば、じいさんが顔見せに来いって」

「おじいちゃんが?」


 別れ際、最終の馬車を馬車乗り場で待っている時に、ブレイドが言った。


「全然帰ってこんってぼやいてたぜ。今度の休み、帰ってこいよ。俺も会いに行くから」

「そうだね。……父さんは、城への報告のついでに顔みせてくれるから、うっかりしてた。3日後、休みだから行くって伝えといて」

「ああ、俺、明日からじいさんに訓練してもらうことになってっから、言っとくよ」

「おじいちゃんに?」


 そこまで話した時、馬車がやってきてしまった。


「じゃあ、……またな」

「……うん」


 馬が一度大きくいなないて、馬車は走り出した。遠ざかる馬車を見ながら、さっきまでの気分がしぼんでいくのが分かる。


 置いて行かれるのはそもそも性に合わない。無性に寂しくて苦しい。……早く一緒にいけたらいいのに。


 言えない言葉を、こみ上げてくる涙と共に飲みこんで、ディアナは家路へついた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ