再会・4
「ブレイド」
思い立って、ディアナは言葉を出した。
「ねぇ、ちょっと相手してよ。剣の」
驚いたように、ブレイドが振り返る。
「……どうした、急に。お前も色気ねぇなぁ」
「だ、だって。ちょっと体がなまってんのよ。お城じゃ、訓練なんかできないんだもの」
「わかった。いいよ。でも、剣はどうする? 俺、今日は一本しか持ち歩いてねぇんだ」
「あ、じゃあ、部屋に寄って取ってから行こう?」
二人でディアナの部屋まで行き、剣を取って戻る。
「……なんか、上手くいってないのか?」
「なにが?」
少しだけギクリとしながら答える。
「だって、お前が手合わせしたいなんて言うときは、上手くいってなくてイライラしてるときだろ」
確かにそれはそうだとディアナは思う。でも一番は、今目の前に現れたブレイドに上手く話すことができないことに、イライラしてるのだ。
「近くに広場があるから。今の時間からなら大丈夫だと思うんだけど」
質問には答えずに、ブレイドの手を引いた。広場には、数人散歩している人もいたが、大概は家路につくために通りすがる人たちだった。
「じゃあ、この線からこっちはでるなよ。剣を離した方が負けな」
ブレイドが、小石で地面に線を引き、ディアナは体を慣らすように屈伸をする。
「分かった」
そして、対峙する黒い男を息を詰めて見詰めた。
敵う訳がないのは、分かっている。片手間で剣術をしているディアナと、毎日剣を握って訓練し、実践もこなしているブレイドが戦って相手になる訳がない。
「よし、はじめ」
ブレイドの声に合わせ、ディアナは自分から切り込んでいった。あっさりとかわされて、横から打ち込んできたブレイドの剣をかがんでよけて、後ろに下がる。
一連の動作が、以前に比べて衰えているのが分かる。日々の訓練を怠るというのはこういうことだ。
「はぁ。はぁ」
簡単に息が上がってくる。ブレイドに手加減をされているのもすぐに分かった。でも、どうしようもない。こうなることくらい、予想がついていた。自分で治療師になると決めたあの日から、決まっていたことだ。
それでも、汗が体から湧き出るように、もやもやしていた気持ちも体から出ていくような気がした。
寂しいとか行かないでとかは、ブレイドを困らせるから言えない。
うまくいかないとか、息が詰まるとかも、心配させたくないから言えない。
言えないことが多すぎてモヤモヤして、本当に言いたいことを見つけ出せなかった。
剣を振る。その動作が、頭にかかってたモヤを振り払ってくれたみたいに、ようやくブレイドに伝えたかった事がなんなのか、分かってきた。
堅い金属音がして、ディアナの手から剣が離れた。手は汗でべたべたになっている。ブレイドが困ったような顔でディアナを見た。
「決まり」
「はぁ、……うん。負けた」
「怒ったか?」
窺うような視線に、ディアナは首を横に振った。
「ううん。……当然だと思う。手加減されるくらい力の差がついてるのは、自分でもわかるもん」
「そうか」
ブレイドが、手を伸ばしてディアナを立ち上がらせる。その手を握り締めて、ディアナはようやく一番言いたかった事を口にした。
「……会いたかったよ」
突然の甘い言葉に、ブレイドが目を丸くする。
「なっ、なんだ? 急に」
「これを言いたかったって、ようやく分かった」
ブレイドの手が、背中に移る。そのまま抱きすくめられて、ディアナの呼吸が一瞬止まった。
「お前って、……手間かかる女」
「うるさいよ」
手を背中にまわして、離れないように掴む。ブレイドだってと思ったけれど、口に出しては言えなかった。
マドラスの森でのあの一件から、ブレイドが自分に触れるのを躊躇していた事を、ディアナは何となく感じていた。キスもする、抱きしめもする。けれども、決して一線を越えようとはしない。
触れた手の優しさで大事にされていることはわかるけれど、胸にはいつも不安が残った。
あの森での事件が、彼の中でどれほどの傷になってしまったのか、ディアナには分からなかった。それが、いつ乗り越えていけるものなのかさえも。
「……俺も、会いたかったよ」
「ブレイド」
ブレイドの腕に力が入って、ディアナも思い切り胸に顔を埋める。心地いい懐かしい匂いに、ディアナは素直に自分の気持ちを解放した。
会いたかった。ずっとこんな風に触れたかった。今だけは考えたくない。不安なことなんか、何もかも忘れてしまいたい。
その時、どちらからともなく、お腹の音が鳴った。
「……ぷっ」
「お腹、すいたね」
二人で顔を見合せて大笑いをする。
「早くなんか食おうぜ。俺、今日は最終の馬車で戻んねーといけないんだ。朝一で報告出さなきゃいけねーから」
「え? そうなの? じゃあ、手合わせなんかしてる場合じゃなかったんじゃない」
「お前がしたいって言ったんだろ」
「そう言うの、先に言ってよ」
ぎゃあぎゃあ言い合いをしながら、近くの店に入って食事をした。それでも傍にいるだけで嬉しくて、ディアナは数日間のストレスが一気に吹き飛んだ気がした。
「そう言えば、じいさんが顔見せに来いって」
「おじいちゃんが?」
別れ際、最終の馬車を馬車乗り場で待っている時に、ブレイドが言った。
「全然帰ってこんってぼやいてたぜ。今度の休み、帰ってこいよ。俺も会いに行くから」
「そうだね。……父さんは、城への報告のついでに顔みせてくれるから、うっかりしてた。3日後、休みだから行くって伝えといて」
「ああ、俺、明日からじいさんに訓練してもらうことになってっから、言っとくよ」
「おじいちゃんに?」
そこまで話した時、馬車がやってきてしまった。
「じゃあ、……またな」
「……うん」
馬が一度大きくいなないて、馬車は走り出した。遠ざかる馬車を見ながら、さっきまでの気分がしぼんでいくのが分かる。
置いて行かれるのはそもそも性に合わない。無性に寂しくて苦しい。……早く一緒にいけたらいいのに。
言えない言葉を、こみ上げてくる涙と共に飲みこんで、ディアナは家路へついた。




