城内にて・4
数日後、ディアナは再び王族たちの私室のある棟のゲートをくぐった。
今日は、初めてのクルセア王女の授業の日だ。
授業と言っても、ディアナに任されているのは正規の学士団が行った授業の補足のようなもので、授業時間もほとんどない。形式上は11歳の王子は週に2回、8歳である王女は週に1回となっていたが、本人の希望次第で、増やされることもあれば減らされることもある。
王子はディアナと話すことが気晴らしになるのか、ちょくちょく呼び出されていたが、クルセア王女はそれとは対極にある。春に入城して以来、気分がすぐれないと言っては授業を中止にしてきた。結果、一度もその姿にお目にかかっていない。
ディアナとしてはこのまま学術指南役を降ろされることも覚悟していたが、ここにきてやることになったのはおそらく王子が手を打ったのだろう。
「クルセア王女様、入りますよ」
重々しい扉をノックすると、古びた建物のきしむような音とともにゆっくりと扉が開く。顔を見せたのは、王女お付きの侍女カルラだ。
「お待ちしておりました。ディアナ様。お勉強の間、私は下がらせていただきます。1時間経ちましたら戻ってまいりますので」
「はい。よろしくお願いします」
かしこまったカルラが部屋を出て行くのを、ディアナはじっと見守った。よく舌をかまないであんな言葉を言えるものだと感心する。
王女は一人でいるには広すぎる部屋の、窓際においてある机の前で心もとなげに座っていた。
「王女殿下、ご機嫌はいかがですか?」
できるだけ愛想よく王女に声をかけると、どこかおびえたような表情でディアナを見た。
「先生、ごきげんよう。今日は何をやるの?」
表情はこわばっている。明らかに警戒した態度をこうもあらわにされると逆に好感が持てる。ディアナはクスリと笑うと手を伸ばして言った。
「ディアナ・アレグレードです。先生と言われるのは照れくさいですね、私はついこの間まで学生だったものですから。王女様さえ宜しければ、名前で呼んでくださいませんか? それが一番嬉しいです」
伸ばした手が繋がれることはなかった。ただ、クルセア王女はディアナをじっと見て、少しだけ興味を示した様子だった。
「お兄さまはどうして、私にまでお勉強をさせようとするのでしょう。私は、魔法なんてつかえないのに」
その口調はたどたどしい。8歳という年齢よりは幼い印象を与える。王子のほうがあれだけ言語が達者なだけにこのギャップは予想外だ。
「使えないと言うのはどなたがお決めになったのですか? 王女様はまだ8歳。これから何でもできますよ?」
「そうかしら。私は何にもできないの。お父さまやお母さまやお兄さまの役に立つようなことは何にも」
「……そう思われるのはどうしてなんでしょうね」
ディアナはクルセアの青白い顔を見た。健康なはずなのに、まるで病人みたいな顔色だ。室内に閉じこもっているのがまず良くないのだろう。同じ部屋にずっといては気が滅入るのも当たり前だ。
「王女様、中庭に生えている薬草についてご存じですか? 今日は天気もいいし、外に出てみましょう」
「え?」
「行きましょう?」
王女は困ったようにキョロキョロと辺りを見る。まるで誰かに許可を求めるように。
「これは授業です。この時間は私に従ってください」
「……はい」
クルセア王女は戸惑った様子だったが、強い言葉には従順に従った。一歩後ろを歩きつつも、細かな指示を出して中庭へと誘導する。その間中、王女は曇ったままの表情をしている。整ったかわいらしい顔立ちも、これでは半分も魅力が引き出せない。




