城内にて・3
長く続く廊下を抜けて、王族たちの私室のある棟のゲートをくぐる。ここに入れるのは、王族直属の護衛団、治療団、そして、王子たちに勉強を教える学士団だけだ。
いくらクレオ王子からの推薦があったとはいえ、治療師としてまだ一年目のディアナが、女王様の治療を直接受け持つことはなかった。だから、このゲートをくぐれるのは、『クレオ第1王子・クレセア第1王女の学術指導員』という肩書のお陰だ。もしかしたら、王子はそれを狙ってこの肩書を付け加えたのかも知れない。
ディアナは息を整えて、王子の私室の扉をノックした。
「王子殿下、ディアナです。お呼びと伺いましたが」
「ああ、入ってくれ」
「失礼致します」
扉を開けると、椅子に座ったままクレオ王子がこちらを向いていた。机には、重々しい書物が何冊も乗っている。本当に読めるのか? と疑いたくなるところだが、実際王子は勉強家だった。
学術指導員なんて肩書はあれど、ディアナが実際に教えることはほとんどなかった。回復魔法はみんな覚えているし、それ以上の知識だってある。ただ、魔法力が強い方ではないらしく、覚えていても使えない呪文は多々あるようだったが。
「呼びたてて悪かったな。最近どうだ? 母上の寝室には入れたか?」
ディアナは首を横に振った。
「いいえ。まだ新米ですから、お城の衛兵たちの治療しか任されていません」
「全く。あいつらは頭が固いな。早くお前の力を認めてくれればいいんだが」
「ああでも、今度薬草室で薬草の治療をさせてもらえる事にはなりました。……あれは王子のお口添えですか?」
「ああ。一応な。……アイク=ウェルドックという学者を知っているか? 彼の論文に、薬草に対する回復魔法の効果って言うのがあってな。それを見せて、ついでに自分が見たお前の呪文を教えてやった。それでようやく腰をあげたってところだろう。どうも年よりは頭が固くて困る」
その名前は、ブレイドの父親の名前だ。以前彼の妻、セリカの薬草を治療した時の事をまとめた論文だろうとは思うが、なぜ11歳の少年がそんなもの読むんだろうとも思う。
ディアナは城にきてから、サンド村で見ていた時のレオと、クレオ王子が同一人物だというのを本気で疑いたくなっていた。クレオ王子というのは、11歳ながらに頭もよく冷静で、言動も大人びている。誰もがこの国の跡取りとして、多大なる期待を寄せるようなそんな人物だったのだ。
今の会話だって、声変わり前の甲高い声じゃなければ、まるで大人とでも話しているかのようだ。それはディアナの記憶に有るレオの姿とは余り合致しない。
あの時はあんなに、くそ生意気な子供に見えたのに。そして泣いていた時は、かわいくも見えたのに。ディアナは心の中でそう呟いた。
「……なんか、言いたそうだな?」
王子が眉根をあげた。内心ギクリとしながらディアナはしらを切り通す。
「いいえ。……あ! あります。薬草治療を一緒にやってもらいたい治療師がいるんですけど、構いませんか?」
咄嗟に思いついたのはサラのことだ。考え込むように右手を口元に置いて、王子が頷く。
「うん。……そうだな。薬草室長のベルベットに伝えておこう。あとは、治療団長のカタリナにもだな」
「すみません。お願いします」
「分かった」
王子はこちらを向くと、いたずらっぽくほほ笑んだ。
「敬語を使われるのは、変な感じだね。……お姉ちゃん?」
心の中を読まれたのかと、心臓が飛び跳ねそうになる。
「……そうですか?」
「僕と二人きりの時は、普通にしててもいいよ。ディアナさん」
今度は少し調子を戻して言った。どれが王子の本当の姿なのかはさっぱり分からないが、ディアナにとってはそのくらいが一番話しやすい。
「城では無理ですよ。私にも立場があるので」
「そう? 旅してた時は楽しかったなぁ。あんな風に気ままに歩いたの、初めてだったんだ」
「そうですか」
「うん。あんな事にはなっちゃったけどね。楽しかったよ」
「そう、それは、……良かったね」
思わず、敬語が抜けてしまって、はっとする。王子ににやりと笑われて、ディアナは咳払いをして何とか冷静を保った。
「あなたが来てくれてよかったと思ってるよ」
「え?」
「出来れば、……クレセアの話し相手にもなってやってほしい。あの子は、心から気の許せる相手がいないんだ」
「はあ、でも、私では役不足じゃないですか?」
「サンド村で、僕にやってくれたようにやればいいよ。あの子は、僕とでさえケンカ一つしないんだから」
「はあ」
11歳の少年の瞳には、静かな影が宿っていた。お城では、毎日こんな風にかしこまって暮らしてるんだろうか。甘えることもせずまっすぐに背筋を伸ばしている姿は、なんだか痛々しいように思えた。




