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黒の英雄と風の龍  作者: 坂野真夢
第三章
80/130

卒業・1



 ≪マドラスの森の人食い龍が目覚めた≫


 その正式な知らせをディアナたちが耳にしたのは、学園に戻ってからだ。全校生徒がざわめく中で、ディアナは一人サンド村の村長の言葉を思い出していた。


 村長が言った通り、これから五年間はマドラスの森への立ち入りを禁止される。薬草は、半分は当座の薬として、もう半分は王家と契約をしている農家に渡され、以後薬が不足することのないよう大切に育てられるという。


 マドラスの森周辺の村は、急激な強風により気候が変化し色々な被害もあるようだったが、首都近郊の町や村にはそれ程影響がない。実害が無いと記憶が薄れていくのは人間の常だ。ディアナたちもいつしか龍の事は気にならないようになっていった。


 旅の後、ブレイドは新たな講義をいくつか受けることになり、一ヶ月はそれに追われた。パーティメンバーであるディアナやサラ、ロックもその間は実習に出ることが出来ないので、苦手な分野の講義を選択して受けて過ごした。


 そしてその後も、何度か近いところに冒険実習にでて、今度は特にトラブルもなくその実習を終えた。


 

 季節は巡り冬も深まってきた頃、ディアナは担当教師に呼び出された。


「ディアナ、お前何かやったのか? 城からお前に王命が届いているぞ」


 眉を寄せて渡された封書には、確かに『王命』といかつい文字で書かれている。


≪ディアナ=アレグレード殿

卒業後、以下の役職を与える。

タリス城医療団・治療師および、クレオ第1王子・クレセア第1王女の学術指導員(治癒魔法) 

4月より、王宮に来られたし≫



 その内容に、ディアナは目を疑がった。


「先生、これ本当ですか?」

「ああ、ほらここにちゃんと王の印章も押されているだろう」

「でも……」


 治療師はまあいいだろう。一応卒業と同時に正式な資格も取れるのだから。しかし、どうして王子たちの学術指導までできようか。恐れ多いだけじゃなく周囲の反感も恐ろしい。


「この学術指導って、何するんですか」

「さあなぁ。家庭教師みたいなものなんじゃないか? とにかく、これは王からの命令だからなぁ。拒否権はない。……いいか?」

「いいかって言われても、拒否権はないんでしょう? わかりましたよ」

「よし、では、学園の方から了解の返事を出しておくからな」

「はい」


 ディアナは一礼して教職員室をでた。ふっと一つ溜息がこぼれでる。今更何を、と自分で苦笑する。


 城に行くことは旅に出てる間に決めたはずなのに、いざ考え出すとブレイドと離れることが寂しい。離れたら駄目になってしまうような、そんな関係ではないと信じているけれど。


 そんな弱気が自分には似合わない気がしてディアナは壁際に背中を押し付けてはあと息を吐き出した。すると窓の下から物音がする。ここは二階だ。覗くとブレイドとロックの頭が向かい合って並んでいる。


 最初の実習の後から、あの二人が一緒にいるのをよく見かける。ブレイドに尋ねると訓練だという返事が返ってくるが、実際には何をしているのやらディアナにはわからなかった。


「ねぇ、二人で何してんの?」


 二階から声をかけると、二人が揃って顔をあげる。


「やあ、ディアナ」

「ちょっとな。訓練だよ」

「ふうん」


 ブレイドにいつものようにはぐらかされて、少し苛立ちが沸き立つ。ディアナは悪戯心を出して、窓枠に足をかけて飛び降りた。


「おい!」

「危ないよ、ディアナ!」


 息を飲む二人をよそに、ディアナは力強く両足をついて降り立った。地面から伝い響いてくるような足の痺れは着地に成功した証拠でもあり、ディアナ的には誇らしい。


「……この、サル女」


 ブレイドが、苦笑いをする。呆れているのか感心しているのか。前者であろうとディアナは予測する。


「王命が来てね。……決まったよ、城に行くの。なぜか、王子たちの家庭教師もしなきゃいけないらしいんだけど」

「はぁ?」

「なにそれ。出来るの?ディアナ」

「知らないよ。でもやるしかないでしょ」


 心配そうなのはロックで、ディアナは安心させようと敢えて平気そうな顔を見せた。


「……お前、それ以上あのガキに気に入られないようにしろよ」


 頭の上から落ちてくる声はブレイドのもので、見上げれば変な顔で口元を押さえている。


「気に入られてって、……どっちかと言えば嫌われてるよ。サンド村にいたときにあんなに小競り合いしてたの、ブレイド忘れたの?」

「はっ、ホント、お前は鈍感だな!」

「なによ! あんたはホントに失礼ね!」

「まあまあ。二人とも痴話げんかはやめてよね」

「痴話げんかじゃない!!」


 二人で同時に叫ぶと、ロックが怯えたように身を引いた。双方の顔を確認すると、「じゃあそろそろ、僕は行くね」と、低い姿勢で逃走する。


「……あの態度も失礼じゃない?」

「全くだな」


 遠ざかるロックの背中に二人でそう言い合い、目を合わせた途端に笑ってしまう。ロックはいいキャラだ。居てくれるだけでなんて和むのだろう。




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