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黒の英雄と風の龍  作者: 坂野真夢
第三章
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サンド村・2

 ブレイドが出て行った後、ロックはベッドに横になり歩き通しで疲れ切った足を癒していた。しばらくすると、ドアをノックする音がする。誰だろう、とロックは半身を起こした。


「ロック君、いる?」


 囁くように聞こえる声はサラのものだ。


「サラ? いいよ、開けて」

「うん。お邪魔します」


 サラが楚々とした笑顔を見せるのと同時に、ロックはベッドの端に座り直した。


「ディアナが行っちゃって暇なんだ。ちょっと話しようよ」


 旅の間とは違い、今は体の線が出るような薄手のシャツに着替えたサラは、ためらいもなく部屋に入り込んでくる。ロックは微笑み返して立ち上がった。


「いいよ。じゃあ、どこかに行く?」

「えーここでいいよ。話がしたいだけ」

「……でも、本当にいいの? ここで」


 ロックは少しだけ気まずい気分になる。宿屋の部屋なので、当然の如くベッドがある。まして扉を閉めてしまえば密室。女の子とここで二人きりというのはちょっと気が引ける。


 ディアナの話では、サラには彼氏がいるという。だとすれば、その気が無いとはいえ気軽に二人きりになるのは申し訳ない気分だ。

 そこまで考えて、ふと思いつく。


「あ! サラの彼氏って、もしかしてスティル先輩?」


「うん。なんだ、知ってたの?」


「いや、今思い出した。1年の時、僕がスティル先輩を治療室に連れてった時、慌ててきたのが君だったんだ。……ずっと、見たことあるなって思ってたんだけど」



 ロックは記憶を辿る。まだ一年生の時だ。ガルデア町の武道大会でディアナに反則を使ったスティルに、翌日ブレイドがケンカを吹っ掛けた。二人共それなりに怪我をして、ブレイドはディアナが治療して、スティルはロックに連れられて治療室に行った。


 持ち前の運の悪さで、なぜだかスティルの反感を買ったロックは、治療室に向かうまでの間散々スティルにやり込められた。あの時、彼の彼女だという女生徒が入ってきて、どれだけホッとしたことか。


 その女生徒がサラだった。記憶の中の面影と今ようやく一致した。


 サラは吹き出すように笑う。


「あの時も、ロック君はスティル君に絡まれてたよね」

「はは、そうだった。来てくれて助かったよ」


ロックはようやく腑に落ちてリラックスした。


「スティル先輩は、今何してんの?」

「うーん。なんか、北の方の魔獣退治に行ってる。最近手紙も来ないし、……よくわかんないんだぁ」


 サラが、儚げな表情で窓の外を見詰めた。そしてぽつりと口にする。


「……寂しいし、優しい人がいたら、ほだされちゃいそうなんだけど」

「え?」

「ロック君も、そうじゃない?」


 サラの視線は、普段の清純さとは違う魅力を潜ませている。ロックは何故だか罠にはまったような気になった。


「どう? 私なんか」


 サラの様子に迷いがないことに驚く。その言葉に隠されてるのは真実なのか冗談なのか、ロックとしては判断つきかねた。



「……寂しい者同士、手を組もうってこと?」

「そう。……どうかな」



 ロックはサラをじっと見た。本気か、嘘か。それとも何か、試されてるのか。感じたのは、瞳の奥に潜ませている決意のようなもの。軽い口調とは裏腹に彼女は何かを決断しようとしている。


「せっかくだけど、遠慮しとくよ」


 しばらくの沈黙の後、ロックはそんな結論を出した。


「どうして?」


 サラが返した言葉には、傷ついたような響きがある。


「僕は、誰かの代わりになりたい訳じゃないんだ。ディアナの代わりがほしい訳でもないし」


「……」


「時間がどれだけかかってもいいから、誰かにとっての本物になりたいんだよ。もちろん自分にとってもね」



ロックが笑うと、サラの瞳が揺らぐ。瞳の中の水量が増えたのかより一層彼女を儚げに見せた。


「……やっぱり、ロック君はすごいなぁ」

「サラ?」

「いいなぁ」


 ポツリと呟くサラは、泣いているようで。ロックは少しだけ居心地が悪くなる。おそらく、寂しいのは本当だ。物理的な距離は心の距離までも遠ざけるものなのかも知れない。


 ロックは居住まいを正して明るい声をだした。


「サラ、ご飯食べに行こうよ」

「え?」

「僕、お腹すいちゃったよ。一人で行くと、また誰かに絡まれるかもしれないしさ。どうせブレイド達もしばらくは戻ってこないし」

「……うん」


 次に顔をあげた時、サラはもういつも通りの余裕のある笑顔だった。


「うん。私もお腹すいちゃった!」

「何食べる?」

「こっそり二人だけで贅沢しちゃおうよ」

「はは。いいね」


 そうして無理やりにでも明るく話をしていると、不思議と元気が出てきた。


 その時、ロックは改めて気がついた。本当は自分も寂しかったんだと。



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