違和感と変化・1
翌週、ガルデア町では毎年恒例の武道大会が行われた。例年通り、まずは飛び入り参加の学生たちの試合が行われる。
ブレイドは当然のように参加申し込みの列に加わっている。
ディアナは救護班のテントの中でその開始の合図を聞いた。
「……遠いなぁ」
せっかくのブレイドの試合も、ここからではよく見えない。しかも、自分が参加者だった時は気がつかなかったが、意外と怪我をして運ばれてくる人は多い。要するにゆっくり見る暇が無いのだ。
「痛ぇ。ほら、血が出てるよ」
「血が怖いなら、剣士になんかならないでくださいよ」
思わず患者に八つ当たりをしてしまう。
「お、あんた口は悪いけど、治療は上手だね」
患者の方も、大概失礼なのでいいかとも思う。気分的には細かいことまで気にしていられない。
「はい終わりです。さっさと戻ってくださいね!」
ディアナは治療を終えると、患者の背中を叩いてテントから追い出した。
闘技場の中央から、歓声が聞こえる。慌ててそちらに目を向けると、ブレイドが仁王立ちしているのが見えた。下の方にうずくまっている人がいるところを見ると、一回戦の勝敗はついたんだろう。
そのままずっと見ていると、ブレイドが救護班の方を向いて笑う。途端に黄色い歓声が響いた。ディアナはその声を聞くたびに胸を打つ痛みに苛々していた。去年までは、あの勇姿を一番近い場所で見ていた。その時はこんな歓声、気にもならなかったのに。遠くから見てるというだけで、いつもとは違うものが気になって仕方ない。それは例えば、ブレイドが剣を振るうたびに歓声をあげる女の子たちの容姿の可愛さとか。ブレイドの剣技の素早さとかだ。一瞬で終わってしまう試合は、ディアナに見てるだけで充分と思えるほどの満足感を与えてくれない。
「ディアナ、新患よ」
そして、次々と患者はやってくる。怪我し過ぎだろうとさえ思ってしまう。
「はい」
威勢よく返事をして振り向くと、見慣れた男が立っていた。
「……お願いします」
「ロック!!」
そこにいたのは、額から血を流したロックだ。痛々しいその姿とは裏腹ににへにへと笑っている。
「ディアナ。残念だったね、今年は参加できなくて」
「うん。って、そんなのどうでもいいわよ。それよりどうしたのよ、この額」
「いや、練習中の人の剣が当たって、……痛かったよ」
「もう。相変わらず運が悪いなぁ」
これだけ血が出ているなら、相当痛いだろう。ロックは情けない顔でにこにこ笑っているが、一歩間違えば脳に損傷を与えるところだ。
先ほどまでの苛々した気分は吹っ飛んで、ディアナは治療に集中した。回復呪文を唱えると、傷はみるみるうちに塞がっていく。
「……ブレイド、勝ってたね」
「そうね。良かった」
ロックの穏やかな口調に釣られて、落ち着いた声が出る。
「優勝するよ、きっと」
「ロックがそういう風に言うのってちょっと意外」
珍しい断言口調にディアナが茶化すように笑うと、ロックはまっすぐ目を見返して言った。
「そう思う? ディアナには見えてない? ブレイド、本気だよ」
「え?」
その時、また闘技場の方から歓声が上がった。引き寄せられるように視線を向けると、中央で立っているブレイドと目が合う。
今度はさっきより苦戦したのかも知れない。肩で息をしているようだ。けれども、眼差しはまっすぐにディアナをとらえていた。
ディアナはその視線に呑まれたように動けなくなる。心臓が落ち着かなくて目の下あたりが熱く感じてくる。ブレイドと目が合うことなんて普段から何度でもあるのに。時々こんな風に嵐が胸に沸き起こる。それは自分でも制御できない強さで、ディアナは途方にくれるのだ。
改めてブレイドを見ると、背筋をピンとのばして立つ姿は自信に満ちている。そして、対戦相手に一礼して闘技場から降りるときも再び闘技場に上がる時も、ブレイドは必ずディアナに視線を送った。まるで、見てろよとでも言うように。
「さ、次の患者さんが来るから、僕はもう行くよ」
ロックがゆっくりと立ち上がり、ディアナは現実に戻される。
「あ、うん。……お大事に」
間が抜けたような返事をしたディアナに、ロックは寂しそうに笑った。
「ちゃんと、見てなよ。ディアナ」
「うん」
ロックの言葉を受けて、闘技場へ目を向ける。ブレイドは真剣に戦っている。こんなところで寂しがってるよりも大切なことがあるはずだ。彼の勇姿を目に焼き付ける、自分の仕事をきちんとこなす。両方できてようやくブレイドに負けない自分になれる。――そう思った。




