最終講義
時は流れるように過ぎ、それから一年。ディアナたちは現在、最終学年である三年生だ。ついこの間入学したと思っていたのに、とディアナは教室の椅子に座りながら思う。
「では、今日は、蘇生呪文について話そう」
蕩々と語る教師の説明を、ディアナは頬杖を突きながら聞いた。
今日で、授業は終りになる。これからしばらくは、冒険実習のためのパーティ編成を行って、様々な準備を行う。
夏の間は、普通の冒険者と同じように、国から出される仕事の中からいくつか選んで、それをこなしていくのだ。その結果をみて、教師から指導が入り、例えばパーティの編成を直されたり覚える魔法を指導されたりしていく。
ディアナは教師の話の中から、重要そうな言葉をノートに書き写した。蘇生呪文については、以前アイクからも聞いていたので大まかには分かっている。この魔法は、実習するのが難しいので講義だけなのだ。
もう呪文は頭の中に入っている。後は、瀕死の人を目の前にして、どれだけ冷静にその症状を判断して、治療するイメージを描けるかどうかだ。こればかりは練習するにも患者がいなければできない。だからこそ習得は難しく使える治療師の数は限られているのだ。
講義が終わると、教室内は緊張が緩み、一気にざわめきだした。
「ふー、終わったねぇ」
大きく伸びをして笑うのはサラだ。
「サラはさ、卒業したらどうするの?」
同じように伸びをしながら聞いてみると、サラは頬を染めて笑った。
「彼のパーティに入るんだよ。ディアナ、知らないんでしょ、私に彼がいるの」
「うん。知らなかった」
「やっぱり。ディアナ、人の事あんまり良く見てないんだもん」
「え、そうかな」
あまりにも当然のように言われて、ディアナは軽いショックを感じる。これでは空気読めないと公言されているようなものだ。
「一つ年上なんだ。彼は」
「そうなんだ」
「だから、今年の冒険実習はどうでもいいんだぁ。卒業できればそれでいいんだもん」
「そっか」
サラの眼差しはまだ試すような色合いがあったが、ディアナには彼女の意図は掴めなかった。やがて、サラは諦めたように笑うと再び問いかける。
「ディアナは?」
「え?」
「卒業したら、どうするの?」
「ああ、ブレイドと、ロックとパーティ組もうかと思ってる」
「そっか。勇気あるねぇ、ロックくんは」
「え?」
「……ううん。なんでもない」
そう言って、サラは笑う。笑っているのに寂しそうで、ディアナの胸がさざ波たつ。
『ディアナ、人の事よく見てないんだもん』
そう言ったサラの言葉には大事なことが隠されているのかもしれない。見落としてる何か、それは何だろう。
「ほら、お迎えが来たよ」
サラは気に留めた様子もなく、にこりと笑ってディアナの肩をたたいた。扉の方を振り向くと、ブレイドが腕を組んで立っている。
「あ、ホントだ。じゃあね」
「明日ね」
ディアナがかけ出すとブレイドの表情が緩む。彼に駆け寄るまでのこの時間がディアナは好きだった。自分を迎える彼の視線は、ごく自然で、それは隣にいるのが当たり前だと太鼓判を押されているようで。
「ブレイドのところも授業もう無いの?」
「ああ、さっきの火魔法の授業が最後だ」
「なんか、早かったねぇ」
「早いと言えばさ、もう来週だな、お前の町の武道大会」
「ああ、そうだね」
毎年、学生の飛び入り参加の部に参加している武道大会も、もう3回目だ。おととしも去年も、学生の部ではブレイドが優勝した。
「3連覇できそう?」
「どうかな。おまえも出るのか?」
「それがねぇ。私今年は治療の手伝いをしろって言われてるんだよね」
数日前のデルタの話では、女王様のお加減の悪化に伴い各町の治療師は城に呼び集められているらしい。結果として、ガルデア町の治療師も不足し、この際見習いでもいいので手伝いがほしいのだそうだ。
「武道大会には最低3人は治療師がつかないとダメだから、見習として、救護班のところにいろって」
「そうか。じゃあ、楽勝だな。俺の優勝だ」
「ぷっ……すごい自信」
笑ってしまってから、今の発言が意味に気づく。ブレイドはディアナのことを強敵としても認めてくれていたのだ。こういうことにすぐに気付けないから、『人のことをよく見てない』と言われるんだな、とディアナは自分の事ながら納得した。
「武道大会が終わったら、冒険実習だな。……忙しくなるなぁ」
ブレイドはその言い方とは裏腹に表情が緩んでいる。どこかその忙しさを楽しんでいるようだった。
「忙しいほうが似合ってるじゃない。机にずっと向かってるよりいいって自分でも思ってるんでしょ?」
「違いない」
声を合わせて笑いながら、ディアナ自身も胸を弾ませていた。
どんな危険が迫ってきたとしても、剣を奮って戦っている方がいい。学園なんていう枠の中に収まっているよりも、自分の足で国中を歩く方がいい。
そんな生き方はあと一年もしないうちに現実になる。
いつの間にか家の前まで来ていた。ディアナは慌てて顔をあげ、ブレイドを手招きする。
「もう着いちゃったね。……お茶でも飲んでく?」
「いや。今日は帰るよ」
別れ際いつもするように髪に触れようとして、ブレイドは手を止めた。そして、ポツリと一言。
「……じいさんの気配がする」
「え?」
「ふん。ただ色ボケてる訳でもないんじゃな」
その途端、玄関の扉が開いてバジルが顔を出した。
「おじいちゃん!」
「外に出ようとしたら、何か声がするから出にくくなっただけじゃ」
バジルは、いつもの仏頂面をブレイドに向けた。そして平坦な声音でポツリと呟く。
「……期待してるぞ、3連覇」
「じいさん」
「わしに認めさせてみせるんだな」
ブレイドの顔が、一瞬引きしまる。それを見たバジルは満足げに頷いて、道場の方へと歩き出した。
「ディアナ、わしはちょっと道場に行くから、留守番していなさい」
「え? うん」
バジルの姿が角を曲がるまでずっと、ブレイドはその後ろ姿を見つめていた。
「……俺も、今日は訓練しに行くよ」
「え?」
「じゃあな」
軽く髪に触れて、ブレイドは後ろを向いて走っていった。
「……なんなの?」
ディアナの独り言が地面に向かって落ちる。先ほどまでの緩やかだった空気が、どこか引きしまったような気がした。
*
翌日、学園では冒険実習のパーティ編成の為、面談が開かれていた。
「ブレイドとディアナとロックか」
パーティメンバーを記入した紙を見て、担当教師が唸る。
「戦えるのはブレイドとディアナ。ステータス異常を治せるのはロックとディアナ。回復ができるのが、ディアナ」
「……そうですね」
教師が読み上げるのを、ブレイドとロックが顔を見合せて聞いている。3人と教師の間にしばらくの間沈黙が走ったが、やがて教師はゆっくり顔を上げた。
「少し、ディアナにかかる比重が大きいな。回復を専任できそうなやつを、一人入れてみたらどうだ?」
ブレイドとロックが、今度はディアナの方を見る。
「誰かいるか?」
「……サラに、頼んでみようかな」
「ああ、サラならいいんじゃないか? まだ誰とも組んで無かったようだぞ」
教師の同意を得て、早速サラのところに行って頼んでみると、「えー? いいよう?」とあっさり快諾してくれた。
「よし、これならいいだろう」
実習にでるパーティが決まり、ディアナは肩の荷を降ろした気分になった。
「後は仕事が割り振られるのを待つだけか」
どんな内容の仕事が来るのだろう。まあでも、学生に扱わせる案件にそれほど危険なものは無いはずだ。そう思うととたんに気楽になった。




