旅の真実・3
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「結論からいえば、ブレイドの父親は行方不明のままだ」
夫婦の寝室で、アイクがベッドに腰かけながらそう切り出した。
「……そう」
セリカは、髪をとかしていた手を止めて呟いた。
「デルタさんの話を聞いてから、ブレイドと呼ばれる男と栗色の髪の女性が旅してきた痕跡を辿ってみたんだが、やはりマドラスの森周辺が最後になっている」
そう言いながら、アイクは荷物の中から持ち運び用の簡易的な地図を取り出した。
「ここが、私たちが以前住んでいたサンド村。そして、同じようにマドラスの森に隣接する村がある、これだ」
アイクが指差した先はサンド村よりも東にあり、マドラスの森にもより近く、崖に囲まれた地形の悪そうな土地だ。ナナキ村、と書かれている。
「ここで、黒髪の男について尋ねたところ、皆一様に口を閉ざした」
「……え?」
「なにかあるんだ。明らかに、彼の事を知っているのに、知らない素振りをしている」
「どういうこと?」
「それで、調べてみたんだが」
アイクは鞄から手帳をとりだした。几帳面そうな細かい字で、過去の出来事が時系列に書きならべられている。
「この『ブレイド』がこのあたりを旅していたのは、16から17年ほど前だ。その頃この村で、……いや正しくはマドラスの森で何があったか、わかるか?」
セリカは青い顔をして頷いた。
「忘れるわけないわ。あの頃の数年は、人食い龍の活動期で、気候も荒れておちおち外にも出てられなかった。だから、……小さなブレイドを引き取るとき、わざわざ安全なここへ越してきたんじゃないの」
「そう。その後の人食い龍の動向を調べてみたんだが、その後まもなく眠りの周期に入ったらしい。……これがおかしいんだ。通常、人食い龍の活動期は5年。その後20年の睡眠周期に入る。あの時は、まだ活動期に入って3年しかたってなかった」
「あと2年は活動期だったのに?」
「そう、つまり何らかの原因があって、龍は通常よりも早く眠りについた。……それが、たとえば深手を負ったからなのか、それとも、満足するほど食糧を得てしまったからなのか、そこが分からない」
「……それって」
「わからないよ。憶測にすぎないんだ。だけどもし、『ブレイド』が自ら志願して龍退治にでたんだとしたら、彼は生死にかかわりなく、英雄として崇められてもいいはずなんだ。彼の妻である女性についても、同様に言える」
アイクは、眼鏡を直して溜息をついた。薄暗い室内の空気が、少し重たくなった。
「でも実際は、彼女は誰かに追われ命を落とした。おそらくは、赤ん坊のブレイドを守るために。常に傍にいた、『ブレイド』からも離れて」
「あなた……」
「私の憶測だが、……父親の『ブレイド』は、生贄として人食い龍に差し出されたんだ。そしてその秘密を守るために、彼の妻と子供は襲われた。……そして、子供を守ろうとした母親が逃げ延びて、私たちの家の前で力尽きたんだ」
「そんな!」
セリカの声が部屋中に響いた。
「静かに。あの子たちが気づいたらどうする」
「ああ、……そうね。そういえば、様子を見に行かないと」
「それは、いいだろう。もうあの子たちだって子供じゃない。ほっといてやればいいじゃないか」
「違うわよ。子供じゃないから見に行くの。ディアナちゃんをお預かりする以上は責任があるんだから」
そう言って、セリカが立ち上がる。ドアのノブに手を伸ばしたところで、ぽつりと呟いた。
「……もしそれを知ったら、ブレイドはどうするかしら」
「どうかな。仇を討つなんてこと、……言うのかな」
「冒険者になるのを、諦めさせる?」
セリカが、藁にもすがるような気持ちで言った。
「それは無理だろう。あの子は戦うために生まれたような子供だ。あの子から剣を取り上げることは、死ねと言っているのと同じことだよ」
「……じゃあ、どうすれば」
「ずるいかも知れないが、このことはやはりブレイドには内緒にしよう。できるだけ、マドラスの森周辺には近寄らないようにさせるしか、私たちにできることはないよ」
「そう……よね」
うつむいたまま、セリカは呟いてそのまま部屋を出て行った。
アイクは溜息をついて、地図を見る。ブレイドに、せめて父親の消息だけでも教えてやれればと思って始めた旅だったが、まさかこんな結論に至るとは思わなかった。長旅の末のこの結果に、疲れが隠せない。
「こら、あなたたち、どこに行ってたの」
廊下から、セリカの大声が響いた。どうやら、子供たちは家を抜け出してどこかへ行っていたらしい。
「あの子が、ブレイドをここへ引きとめてくれたらいいんだが」
でもきっと無理だろう。あの子は、どちらかと言えば一緒について行く方のタイプだ。
ディアナの栗色の髪は、ブレイドの本当の母親を思い出させる。まるで同じ道をたどるように、同じような女性を選んだブレイドを、アイクは少し恐れていた。




