旅の真実・2
その日の夜の食卓には、セリカの豪勢な料理が並んだ。ディアナも、下手くそながらに手伝ったポテトサラダをつまむ。
ディアナも母親がいないから料理はする方だが、やはりセリカの料理は格別だ。泊まりに来るたびに教えてもらえれば、レパートリーも増えて父親を喜ばせれるかも知れない。
アイクは、国中の色々なところを回ってきたらしく、たくさんの村の話をした。この村の近くから、国の南端にあたるマドラスの森まで続く南下道路沿いの町や村。さほど大きくないこの国でも、それぞれの町には特色があって面白かった。いつか卒業して冒険者になれたら、自分の目でそれを確かめることができるのかと思うと、胸がワクワクしてくる。
片付けを終え、いつもの書斎に入ったディアナは、アイクの机にあった地図を眺めた。あと1年半もすれば、卒業してこの国中を旅することができる。それを、ブレイドやロックと一緒に回れたらどれほど楽しいだろう。
ブレイドは間違いなく剣士になるだろうし、ロックは詩人の資格は取れそうだ。いつかは道具屋を継がなきゃいけないかも知れないけど、数年は自由に旅ができるだろう。考えるだけで楽しくなって、ディアナの顔には自然に笑顔が生まれた。
その時、扉を叩く音がして、思考が中断させられる。
「はい」
扉を開けようと戸口に向かったが、返事とほぼ同時に扉が開きブレイドが顔をだした。
「よ、まだ寝てねーんだろ?」
「ブレイド」
「何見てんだ?」
ブレイドが入ってきて、隣に立って地図を覗き込んだ。
「さっき、おじさんが話してくれた町を探してたのよ。こうしてみると結構いろんな町や村があるのね」
「ホントだ。あ、ここだろ。サル回しとかいう芸を見たとか言ってたの」
ブレイドの長い指が、地図の上を滑る。地図の上におさまる小さな世界は、実際に回ったらきっとすごい感動を与えてくれるんだろう。ディアナは、ブレイドを見つめてそして願った。
いつか、行けたらいい。一緒に、……どこまでも一緒に。
ブレイドの指が、地図からディアナの手に移った。
「ちょっと、散歩しようぜ」
「え? でも、もう夜だよ」
「こっそり抜け出すのなんか簡単だよ。どうせ、今日は親父たちも話し込んでて俺達のことなんかまで気ぃ回ってねーって」
そう言って、ブレイドはディアナの手を掴んで、裏口から外へ出た。
夜風が頬にあたって気持ちいい。慣れているのか、準備よく上着を持ってきたブレイドがディアナの肩にかぶせた。
「少し行くと、星のよく見えるところがあるんだ」
その言葉の通り、坂を登った所に小さな広場があり、ベンチや遊具が置いてある。
「子供の頃は、よくここで遊んでた」
「へぇ。いいね。こんな公園、うちの町ではあんまりないなぁ」
これも各町の特色というものなのだろう。ディアナの住むガルデア町は剣士が多く、闘技場や道場など訓練するための施設はたくさんあるけれど、こういった子供向けのものはあまりない。反対にブレイドの住むニニカ村は、温和な感じで広場や公園がところどころにある。
「ほら、見てみろよ」
ブレイドの指先につられて見上げれば、満天の星があった。
「……綺麗」
チカチカと瞬く星を『綺麗』だと思えたのは久しぶりだ。星空を見るといつも死んだ母と弟を思い出して辛かった。いつの間にかそれも乗り越えれていたんだと、今頃になって実感する。
「だろ」
そういって、ブレイドが後ろからディアナを抱きしめた。
「……ブレイド」
「あったけー」
「な!!」
恥ずかしさに、振りほどこうと思ったけれど、意外にしっかりとつかまれていて振りほどけない。ディアナは諦めてその手に自分の手を重ねた。夜風が冷たいのに、ブレイドの手は温かい。体温が心地いい。
「なぁ」
ブレイドは、ディアナの肩に頭を乗せた。ずしりとくる重みに、胸がドキドキしてくる。
「卒業したら、一緒に旅にでよう」
「うん」
「できれば、……ロックも」
「うん」
「いろんなとこに行こうぜ。世界は広いんだって、実感できるくらいに」
もしかしたらブレイドも、同じことを考えていたのだろうか。いつか一緒に、国中を回って旅をする。そんな未来を、同じように描いてたんだろうか。
「約束?」
「……ああ」
ブレイドの小さな笑いが、耳元にかかる。誰かの体温で、こんな風に安心できる日がくるなんて思ってもみなかった。
「約束ね」
ディアナはもう一度、繰り返した。この約束が、確かに叶えられることを星に願って。




