迷い・4
やがてブレイドの家が見えてきて、セリカが待ってましたとばかりに扉を開けた。
「ディアナちゃん! 待ってたのよ」
「こ、こんにちは。お世話になります」
セリカはディアナの荷物を受け取って居間の隅に置くと、その腕を引っ張って外へ出た。
「来て早々で申し訳ないんだけど、お願いがあるの。ちょっとハーブ園に来てもらってもいい?」
「はい」
セリカはちょっと慌てているようだった。ぐいぐいと引っ張る腕には力がある。
「実はね、お城に卸しているハーブの調子が悪いのよ。水も土もいつも通りなんだけど」
「お城に?」
「ええ。女王様のお加減が悪いのは知ってる? 回復呪文とかもあまり効かないらしくて、一年ほど前からハーブ治療を行ってるの。南のマドラスの森でしか生えない薬草を私は昔から温室栽培していて、それを城に卸してるのよ」
「そうなんですか」
元々、世事に疎いディアナにとっては、女王陛下が体調不良だと言うのも初耳だった。
回復魔法は、怪我には即効性があるが病気にはあまり効かない。それは、治療師がとり去るべき病原菌を認識できないからだと言われている。
魔法はただ唱えれば出来るものではない。例えば怪我を治すんなら、まず血を止めて、傷口をふさいで、と治療の工程を思い描いて呪文を唱える。怪我はその点で分かりやすいので、どんな治療師でも簡単に治療できる。しかし、病気はなった当人しか分からない部分が多いので原因究明が難しく、うまく治すことができないのだ。
「さ、ここよ」
セリカに案内されて、温室へと入る。外側から見るよりもずっと大きい温室だ。うねが5つ程あり、ハーブと思われる草花が種類別に植えられている。その一番奥に、更にビニールシートで区切られた場所があり、そこにアイクが立っていた。
「やあ」
アイクは、眼鏡を直しながら優しく微笑んだ。
「これよ」
セリカが指差したその薬草は、赤い小さな花をつけていてハート形の葉っぱを持っていた。
「可愛い花ですね」
「貴重なものなのよ。ここにも、もう三株しかないの。これ以上枯らすわけにはいかないわ」
「この薬草はサザリといって、心臓に効くと言われているんだ。一週間咲き続けて、散った後の種子だけが薬になる。ところが、今日で三日目なんだが、花が閉じようとしているんだ」
アイクの説明通り、サザリの花は半分とじかかっている。それは分かるが、こういうものを回復魔法で治せるのだろうか。ディアナの疑問を察知したのか、アイクが再び口を開いた。
「実は、これがうまくいったら、そういう論文を書こうかと思っているんだ。回復魔法が植物にどれだけの効果を施すのか、実験も兼ねてお願いしたい。いきなり、こんな貴重な花からやらせるのは申し訳ないんだけれど、今この花を枯らすわけにはいかないんだ。やれる事なら何でもやってみないと」
「……はい」
その言葉に責任を感じて、ディアナは軽く緊張してきた。
「親父も母さんも、ディアナを煽るなよ。所詮、まだ唯の学生なんだからな。出来なくて当然だっつーの」
そこへ割って入ってきたブレイドのバカにしたような口調が気になり、ディアナはすかさず反論する。
「なんですって。あんただって、学校の治療師より私の方が上手いっていったじゃないの」
「言ったけどさ。でも、所詮は学生なんだ。お前ができるのなんて、誰も期待してねぇよ」
「よくも言ったわね。見てらっしゃい!」
ブレイドの言葉に、自分でも信じられないほど頭に来ていた。以前回復魔法を褒めてもらったことは、本当に嬉しかったのだ。それさえも否定されたような気になって、悲しいやら悔しいやら自分でも感情を制御できない。
「おばさん、やってみていいですか!」
「ええ。お願いできるかしら」
三株のうちの、枯れそうな一株にディアナは回復魔法を唱えた。手からは癒しの光が広がるものの、花びらはぴくりとも動かない。
「人間相手じゃねぇんだぞ。見える花を何とかするんじゃなくて、地に這っている根を何とかしなきゃいけねぇんじゃないのか?」
「あ、そうか」
ブレイドの言葉を受けて、今度はイメージを変えてみる。地中に広がる根が、養分を吸い水を吸い葉や花に栄養を与えていくイメージ。
「あ」
アイクとセリカが同時に声をあげた。赤い小さな花びらが、ゆっくり広がっていく。
「……できた」
思いもかけない好結果に、ディアナは自分でも茫然としながらつぶやいた。
「すごいわ、ディアナちゃん」
「これは、すごいぞ。早速論文にまとめないと」
アイクは、急に落ち着きをなくして家の中へ戻っていく。大喜びのセリカは、歓声をあげてディアナに抱きついてきた。
ディアナ自身も興奮していた。面白い。回復魔法でこんなことができるなんて。「どうよ、できたでしょ」と勝ち誇ろうとしてブレイドを見ると、彼は柔らかいまなざしで微笑んでいた。
「……ブレイド」
その時初めて、ディアナはブレイドの真意に気づいた。バカにしていた訳じゃない。きっとリラックスさせるためにあんな言い方をしたんだ。緊張していたのも、きっとブレイドには見透かされていた。
鼓動が速くなる。ブレイドの顔を見ているだけなのに。
「ど、どうよ」
「ああ、たいしたもんだ」
その笑顔に、早鐘を打つ心臓が苦しい。ディアナは泣きそうな心地がしてうつむいた。認めたくない。でも、否定も出来ない。
こんな気持ち初めてだった。ブレイドのことが、好きかもしれないなんて。




