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終章

 タリス国の王城の中庭は、相変わらず美しい花々が咲き乱れている。ディアナがいる控えの間からはそれがよく見え、自然に顔がほころんだ。


 今、謁見室では、ブレイドが国王陛下に拝謁している。マドラスの緑龍討伐での褒美を賜っているところだ。ディアナはなんとなくついてきて、それが終わるのを待っていた。


 静かに中庭を眺めていると扉がノックされ、ディアナは慌てて扉を開けた。


「ブレイド? もう終わったの?」


しかしそこにいたのはブレイドではなく、クレオ王子殿下だった。挨拶もしないまま城を飛び出したことを怒られるのかと、ディアナは一瞬身をすくめる。しかし、クレオは悪戯をしているような笑顔を向けてきた。


「早く入れてよ、ディアナさん。今ダールをまいてきたんだから」

「まいてって……」


 あの人はわざとまかれているような気もするけどな、と思いつつディアナはクレオを招き入れた。


「2人で話したかったんだ」


 クレオは、ディアナの向かいにある椅子に腰かけると屈託のない笑顔で話し始めた。


「あのさ、ディアナさんが出した退職願のことなんだけど。カタリナの方から承認印を押すようにって、僕の手元まで上がってきているんだ」

「あれ、まだ受理されてなかったんですか?」

「うん。出来れば廃棄したい」


 クレオは心細い表情をして、ディアナの手を掴んだ。


「僕はディアナさんに城にいてほしいんだ。ブレイドさんと離れるのが嫌なら、ブレイドさんにも騎士団の職を用意するよ。あの人は英雄だから、僕が何か言わなくたって話は簡単に通るし」

「はあ、でも」

「却下」


 最後の言葉はディアナのものでもクレオのものでもない。扉を半分ほどあけて、噂のブレイドが手に褒美と思われる紋章や金の延べ棒を抱えて立っている。


「げ。……これはこれは、我が国の英雄のご登場ですね」


「お前、ディアナに余計なこと言うなよ。もう渡さねぇからな。女王陛下も順調に回復してるんなら、ディアナの手は必要ないだろ」


 仮にも王子に向かって『お前』って呼び方はどうなの、とディアナは心の中で思ったが、ブレイドもクレオも気にした様子もないまま続けていく。


「ディアナさんが必要なのは、今や母上ではなくて、僕やクルセアですよ」

「だめだ。自分たちでなんとかしろ」

「ブレイド、口が悪すぎるよ」


 英雄と讃えられてすぐ不敬罪で罰せられるのではあまりに情けないので、ディアナは止めに入ろうとする。ブレイドは、つかつかと二人に近寄ると、クレオが掴んでいたディアナの手を引き離した。


「ディアナは、旅に連れてく」

「え?」

「旅?」


 ディアナにとっても初耳の話に、クレオと二人、素っ頓狂な声が出た。


「そう。今のままじゃうるさくてやってらんないからな。英雄の噂が収まるまで1年くらい、国外へ旅に出ようかと思ってるんだ」

「国外に?」

「ああ。来るだろ?」

「うん」


 二つ返事で答えるディアナを見て、クレオはため息を漏らした。


「……そう言うことなら、仕方ないかぁ。ディアナさん、退職届は受理するよ。あなたの経歴に、色々と傷をつけてしまって申し訳なかった」

「傷なんて構いませんよ。私に必要なのは、経歴とか名誉とかじゃないし」

「うん」

「必要なものは、もう手に入れました」

「……うん。そうだね」


 クレオは、少し悲しそうに微笑むと立ちあがってブレイドに向き直った。


「ディアナさんを、幸せにしてあげてくださいね」

「言われなくても」


 クレオは次に、ディアナの方を向いて言った。


「……また会いに来てくれる? クルセアも、寂しがると思うし。僕も、……またあなたに会いたいから」

「はい」


 笑うディアナに、クレオは嬉しそうな笑顔を向けて部屋を出て行った。


「殿下っ! 勝手にどこにでも行かれては困ります!」


 ドアが閉まった瞬間、廊下からダールの声が響く。それにディアナが笑っているとブレイドの不機嫌そうな声が落ちてきた。


「おい」


 言うなり、ディアナの隣の席にどさりと座る。


「ブレイド、早かったんだね」

「早かったじゃねぇだろ。なんであいつがここにいんだよ」

「王子のこと? ああなんか、退職届の話をしにきたみたい」

「……そうじゃねぇだろ」


 ブレイドが髪を掻き揚げながら小声で呟く。ディアナはすでにその話に興味は無く、ブレイドが持ち帰ってきた褒美の数々に見入っていた。


「すごいねぇ。しばらく働かなくても食べれそうじゃない」

「だろ。さっきの話本気だからな」

「え?」

「旅にでよう」

「うん」


 今のディアナは無職で気軽な身の上だ。迷いも無くさらりと返事をする。そのあっさり感に不満を感じたように、ブレイドはディアナの左手の指輪に触れると、神妙な顔をした。


「ディアナ」

「うん?」

「家族になろう」

「……え」

 

 真剣なブレイドの瞳には、キョトンとしたディアナが映っている。畳み掛けるようにブレイドは口にした。


「結婚しよう」


 ディアナが返事を言う暇は無かった。次の瞬間にはブレイドはディアナを抱きしめ、唇を塞いた。

ブレイドの手はディアナの髪を梳くように撫で続け、ディアナも答えるように黒髪に触れる。


「……返事」


 唇が離れるのと同時の問いに、ディアナは思わず苦笑する。


「言わせなかったのは誰よ」

「いいから早く言え」

「私が断ると思ってんの? いいに決まってるでしょ」

「やっぱりお前最後は上からだよな」


 ブレイドは苦笑しながら再び唇を寄せた。それを自然に受け止めながら、ディアナは瞳を閉じた。




 出発の日は、門出を祝福するかのような気持ちの良い晴天だった。見送りに来てくれたアイクとセリカ、デルタとバジル、そしてロックとサラにしばらくの別れを告げる。


「じゃあ、戻ってきたら家を建てるんだな」

「うん。ブレイドの仕事を考えてガルデアの方に家を建てようかと思ってる」

「帰ってきてから家ができるまでは、うちで一緒に暮らしましょう? 私、お嫁さんと暮らすの楽しみにしてたんだから」

「私も楽しみです」


 セリカとディアナが、嬉しそうに手を合わせながら嬌声を上げる。アイクはほほえましそうにそれを眺めていたが、ブレイドは憮然とした表情で、セリカから奪い取るようにディアナを引っ張った。


「じゃあ、行ってくる」


 皆に手を振って、つないである馬に向かって数歩歩きだすと、ロックが後ろから追いかけてきた。


「そうだ。ほら、餞別。栄養ドリンク。期限は切れてるけど」

「はは、またかよ」


 ブレイドは、肩からリュックをおろしロックから受け取ったそれをしまいこんだ。


「ディアナを、頼むよ」

「ああ」

「僕も、ちゃんと見つけるから」

「ああ」

「次にケンカしても、もう助けてやらないからね」

「……お前、調子に乗んなよ!」


 嬉しそうにふざけ合う二人を見ながら、ディアナはサラにそっと近づいて手を差し出した。サラは一瞬不思議そうな顔をしながら、求めに応じて握手をする。


「サラ、色々ありがとう」

「ううん。私何もしてないよ」

「ロックの事、頼んでもいい?」

「……え?」


 驚いてサラがディアナを見返すと、意外にもディアなの顔は真剣だ。


「運が悪いから、しっかりした人に傍にいてもらわないと心配」

「やだ」


 サラが、おかしいというように笑った。


「確かに、……運は悪いよね」

「でしょ。だからお願い」


 サラがぎゅっと握っている手に力をこめる。そして少し潤んだ瞳で笑った。


「うん。私、頑張ってみる」


 その笑顔は、今までで一番きれいだったとディアナは思った。



「じゃあ、行ってきます」

「気をつけるんだぞ」

「はぁい」


 先にブレイドが乗り、ディアナはその後ろにのって彼にしがみ付いた。二人と荷物では結構重たいのか、馬は少し身を揺らした。


「行くぞ」

「うん」


 ブレイドの声をきっかけに、馬がゆっくりと、そして徐々に速さを増して走りだした。


 流れる景色と、頬をなでる風。そして、両腕に感じることができるブレイドの体温。


「まずどこに行く? 英雄さん」

「そうだな。北の方にでも行くか、南はしばらくはうんざりだ」

「確かに」


 走り出した先には、何かしらの試練が待っているかもしれない。だけど、ブレイドと一緒ならきっと前を向いていけるだろう。


 ディアナは、両腕にある幸せに思い切りしがみついて笑った。






【fin.】


最後まで読んでくださってありがとうございます!


苦手の三人称だったので色々拙い部分があるかと思います。

勉強になりますので、ご指摘などいただけましたら幸いです。

ご感想も聞かせて頂けたら飛び上がって喜びます。


番外編なども今後更新予定です。

もし良かったらまたお付き合いいただけると嬉しいです。


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