お師さま、王都へ行くってよ
【錬金術】……それはこの世の真理を求める学問にして技術の一つで、昔は魔術とも肩を並べるほどにメジャーだった技術の一つです。
その始まりは『非金属を貴金属に変える技術』を探求する為に、そして時代が進むに連れて多くの錬金術師がそれぞれの目的の為に研鑽を積んだそうです。
例えば『あらゆる病や怪我を治す為』とか『飢餓を無くす方法』とか『不老不死の為』とか…人によっては『より効率的に敵を殲滅する為』など、目的は多岐に渡ったとか。
そうした先人の方々の努力の結果…やがて錬金術は富や力を自由に生み出し、老いを克服する手段をも発見したそうです。
ですが、そんな凄まじい技術も一つの大国を混沌と滅亡に追いやってしまった事で、多くの国で忌避される物となり…しかし、その技術の『成果物』は世の権力者の目を眩ませるには十分らしく、どの国家も細々と研究を続けているとのこと。
そうしてその大国に所属した錬金術師たちは、起きてしまった【災厄】を機に方々に散り、とある共通の目的を携えながらも思い思いに過ごしているそうです。
……とまあ、色々と小難しく語りましたが、私にとっての錬金術は『ついで』で教わってる技術です。個人的には楽しくて面白い技術といった印象で、先に述べた様な物騒な印象は殆どありません。
まだまだ半人前の身ですから、学んでいる内容もほとんど薬学と変わらず…破裂薬や麻痺薬みたいなちょっと物騒な薬品も作れますが、世の中にはもっと手軽に大量の人を殺せちゃう兵器や技術もありますからね。
一応、身も竦み上がる様なおっそろしい錬金術を使った兵器についても耳にはしていますが…見習い錬金術師の私からすると、おとぎ話レベルの話なのでピンと来てないんですよね。
何はともあれ、これはそんなすっごい技術を学んでいる私の冒険譚。私が巻き込まれ、ひいこら言いながらもなんとかした、とんでもない大事件の顛末をここに記します。
深〜いようで深くない、でもちょっと深いくらいの森の中。広〜く切り開かれたそこに、私とお師さまが暮らすお家があります。
二人だけで暮らすには大きすぎる二階建てのお家には、広い錬金術の工房と、素材や製作物を保管する倉庫が一階に、二階にはリビングとダイニング、キッチンに浴室…更には私とお師さまの私室に加えて客室まで完備!更には大きな地下倉庫も付いています!ここまで立派なお家はなかなか見ませんよ!
そして広ーい裏庭には大きな畑と花畑、それにお師さまから「絶対に入るな」と厳しく言いつけられてる謎の大きな石室まで。もはや貴族を名乗っても許されるくらいには立派なお家です!
「お師さま〜!」
そんなお家の中を、何やら厳つい紋章の封蝋がくっついた手紙を持って、てってこ小走りする白髪の美少女がいるではありませんか!何を隠そう、その美少女はわたしちゃん…その名もヴィータちゃん(11歳)なのです!
そして、そんな可愛らしいヴィータちゃんが『お師さま』と仰ぐお方が…白磁のような白い肌に銀糸のようなドレスを纏う、美しいブロンドの絶世傾国の美女!憂鬱そうな表情も合わさって、幻想的で深窓の令嬢のような雰囲気です!
絵画にすれば貴族王族が挙って高値を付け!周囲でわさわさと動く数多の銀の触手もイイ感じにすれば、きっとお師さまの魅力をグッと引き立ててくれるでしょう!…多分。
そんなわさわさ動き回っている銀色の触手…正式名称【液体合金】は、なんやかんやしてえいっ!と念じると自分の思い通りに動かせる不思議な液体金属です。
そんな触手を自らの手足のように使うお師さまは、現在お茶を淹れながら練金釜をかき混ぜつつ、何やら薬品の調合と編み物までしています。それも、本を読みながら。
きっとお師さまは人間っぽい未確認生命体なんでしょう。そうでもなければそんな十本以上も触手を伸ばして手足のように扱えるわけがありません。5年以上液体合金の操作を練習している私が言うんですから間違いありません。
ともかく、今も色々と作業をしているお師さまは銀の触手は止めずにジロリと、物憂気な表情で本に落としていた火を思わせるような赤い瞳をこちらに向けてきます。思わず背筋が伸びちゃいますね!
「まーた何かやらかしたのかい、馬鹿弟子」
「それは…まあ、後で良いんですよ!それよりもこれ!お手紙です!」
お師さまの鋭い眼光をそっと『知らんぷい!』して、馬車も通る大きな道沿いにある、このお家の郵便受けに入っていた手紙を渡します。
お師さまはため息を吐きつつも、その手紙を銀色の触手を使って開きました。私が同じ事をしようとしたら、手紙をぐしゃぐしゃにして、封蝋も粉々になっている事でしょう。
そうしてお師さまが手紙をゆっくりと読み進めていく内に、その眉間に皺が刻まれていきます。面白くない事でも書いてあるんでしょうか。
「なるほどね。随分とまたきな臭い事が起きているらしい」
「誰からですか?」
私の質問に対しお師さまは「見てないのかい?ほら」と言いながら銀の職種を伸ばし、割れた封蝋をくっつけて見せてきますが…私には何のこっちゃか分かりません。首を傾げてしまいます。
そんな私の反応を見たお師さまは再びため息を吐きます。何やら知らないとおかしいくらいには有名な紋章みたいですね。
「あんたねぇ、王家の紋章くらいは覚えておきな」
「おうけ…王様からって事ですか!?」
王家って言うと、この国でいっちばんえら〜い人って事です!そんなお師さまよりもえら〜い人から、お師さまに手紙が来るとは…もしかして、お師さまもえら〜い人なんでしょうか?
「聞きな、ヴィータ。これから私は王都に行く。最低でも三ヶ月は向こうにいる事になると思うから、ここの仕事は任せるよ」
お師さまの言葉をうまく理解できずに呆けてしまいます。いえ、正確にはお師さまが私に留守を任せるという事実が信じられなかったから、ですかね?
「……ええ!?良いんですか!?自分で言うのも何ですけど、私色々と好き勝手に実験しちゃいますよ?」
「自分でどうにも出来ない失敗さえしなけりゃ何でも良いよ。もちろん、仕事はきちんとやるんだよ」
まさかお師さま宛に王様から手紙が届くなんて!まさかお師さまがこの家から三ヶ月も離れるとは!まさかお師さまが私に「好きにしな」なんて言うとは!今日は色々とびっくりする事づくめです!
「高位の医薬品はある程度在庫を用意しておく。戦闘用の薬品は売らないように」
「はいっ!分かりました!」
「本当に大丈夫かね…」
私の元気な返事にお師さまは懐疑的な視線を向けて来ます。いくらお師さまでもちょ〜っと失礼な視線では?
算術はお師さまに習っているので、お薬とかの販売はお手のもの…というか、ここ数年はお師さまが販売する所を見てません。どうせ人と話すのが面倒だとかそういう理由でしょう。
錬金術に関しては…私はまだまだ見習いですが、流石にお師さまがいない間に未知の実験なんてことはしません!…多分。
「…私が居ないあいだの課題とか、やっておくべき事を書いたメモを残すから、それを済ませてから自分のやりたいことをやりな」
「は〜い…」
課題ですか。お師さまの事ですから、それはもう無茶苦茶難しい物を出してくるでしょう。いや、お師さまが不在になるんですから、私が失敗しない程度の難易度のものになるんでしょうかね?読めませんね…
「さてと…それで、お前は何をやらかしたんだい」
お師さまの冷たい視線と言葉に「うぐっ」と詰まってしまいます。
実は、手紙を受け取る前にやっていた実験で、すこ〜しだけ失敗をしちゃってたのでした。気まずくて手紙を渡すときには誤魔化しましたが、自分でどうにも出来ない以上、お師さまに報告するしかありません。
「アッ、エットォ…ソノォ…なんか、変なぐちゃぐちゃの生き物…?が、できちゃってぇ……」
「まったく、何をどうしたらそうなるんだか…」
お師さまの足元からぞわり、と液体合金が薄く延びて私の錬金鍋がある部屋へ向かっていきます。
私の失敗なんて見なくてもどうとでも出来るのでしょう…流石に凄すぎでは?
「ほんっと、お師さまの『液体合金』の操作技術はいつ見ても気持ちわ……凄いですね!…いひゃい!いひゃいれふっ!」
思わず溢れた本音に、お師さまは触手で私のプリティな両のほっぺたを引っ張ります!痛いですし、お師さまの目が怖いです!
でもでも、流石に十を超える触手がわさわさと動いて別々の作業をしているのは…見た目ではなく、お師さまの技量が気持ち悪いって言うか…いえいえ、褒め言葉ですよ!?
「失礼な事を宣う口は縫い付けてしまおうか?」
「ごめんなひゃい!ごめんなひゃい〜!」
お師さまが激おこです!ヴィータちゃんの可愛らしいお口が縫われてしまうと、チャーミングなボイスも出せなくなってしまうので必死に謝ります!ごめんなさいっ!
「ったく、あんたもせめて三本目の腕として扱える程度には操作技術を磨きな」
「うう…精進します……」
ヒリヒリ痛むほっぺをさすりながら、お師さまの動かす液体合金を見てみますが…やっぱり、何をどうしたらそんな同時に動かせるのかわかりませんね。まだまだ先は長い、と言う事でしょうか。
それとも…将来は頭をイイ感じに弄くり回して、お師さまのように触手を何本も振り回せる超天才ヴィータちゃんに改造されてしまうのでしょうか。こ、怖いっ!
「いてて…それにしても、お師さまってお城から呼び出しを受けるくらいすごい方だったんですね〜」
「まあね。面倒だからいつもは行かないんだけど、今回は何やら切羽詰まってるらしいから、しょうが無くね」
出不精のお師さまが三ヶ月も不在にするような事…大事件の香りですね!
ですが…残念ながらお師さまの一番弟子である私は留守を任されてしまいましたので、今回の事件は私の預かり知らぬ所で解決されていくのでしょう。お師さまが出るんですから解決しないはずもありません。
「さてと…それじゃあ、念の為に薬の作り置きもしておこうか。ヴィータ、あんたは低級薬品の製造をしな」
「はい!わっかりました〜!」
元気な返事を返し、私の錬金釜のある部屋へてってこ駆け出していきます!お師さまが対応してくれたのであの『ぐちゃぐちゃの謎生物…?』も綺麗サッパリ消えている筈です!




