帝との邂逅(3)
帝が気さくに話しだす。
「ふたりとも、長旅ご苦労だったな」
「主上もお元気そうでなによりです」
「皮肉か煌貴」
真顔の帝に、煌貴は半眼になった。
「皮肉ではありません。主上がお元気でなければ、結界は維持できませんので」
「そうだ。余が元気いっぱいでなければ結界は維持できない。だというのに、他の奴らは余に負荷をかけてくる。たっぷりとな」
「白楊家がなにか言ってきましたか?」
煌貴の質問に、澪はハッとする。白楊家は銀子の実家だ。
帝は茶を小脇の茶卓に置くと、軽く身を乗り出した。
「言うにきまっているだろう。奥方とあの涼という娘を引き取る、いや引き取らせろと矢のような催促だ」
「それで、お戻しになられるのですか?」
煌貴がたずねると、帝は腕を組んだ。
「戻したくはない。これは余が護国四家に介入できる好機だ。護国四家はただでさえ国初の不可侵を守れとやかましい。それを打破できるからな」
「とはいっても、白楊家の要求を突っ張り続けるのも難しいでしょう」
「そうだ。華族たちも四家の争いにかかわるなと言ってきた。四家の内輪揉めに手を突っ込んで、離反されたらどうするのかと余を責めたててくる。護国四家が民を虐げておるというなら余が口を挟む大義名分があるが、四家の中の諍いではな」
ふたりの視線を感じ、澪は湯のみを支える手に力を込めた。
澪の力を封じていたのは銀子だが、それは涼を氷姫に押し上げたいためだ。銀子は玄安に輿入れしてきた後妻で、よくある継子いじめにすぎないともいえる。
「氷姫よ。そなたはどうしたい?」
帝に言われ、澪はとっさに声をつまらせる。
「主上、その言い方は卑怯でしょう」
煌貴が渋面になった。
「卑怯とはどういう意味だ?」
「そう訊かれたら、帝におまかせしますと返事をするしかなくなります」
煌貴の言い分に、澪は彼を見つめる。
――わたしのために釘を刺してくださっている。
確かに煌貴の指摘するとおりだ。今までの説明を聞いて、銀子たちを厳罰に処してくれと頼むのは、ひどいわがままになってしまう。
『お姉さま、ごめんなさい』
そう言って頭を下げた涼の姿を思い出す。
銀子が邪魔をしなければ、もしかしたら姉妹として助け合っていけたかもしれないのに――。
「……わたしは帝のご判断にゆだねます」
澪が決意を込めて言うと、帝は真剣な顔になった。
「それでいいのか?」
「帝のおっしゃるとおりです。これは玄安家の内輪もめ。いわば跡目争いのようなものです。本来は玄安の当主が片付けねばならないこと。それを帝の力におすがりすることになったのは、玄安の当主が力不足だからです」
流は、銀子の野望にも涼の秘密にも気づかなかったと主張した。保身のためか本当に知らなかったのか、澪にはわからない。結果として残ったのは、流は涼たちを守ることを放棄したという事実だ。
その上で澪がふたりに厳罰を求めるのは、見捨てるのと同じことだ。
「わかった。氷姫は玄安家の代表者だ。そなたの意思を尊重する」
「ありがとうございます」
「無罪放免されるおつもりですか?」
煌貴の声が尖っている。
「まさか。謹慎はしてもらうぞ。ただし、期間はそう長くとれんだろう。白楊家もうるさい」
煌貴に見つめられ、澪はうなずく。
「わたしはそれでかまいません」
帝は澪を見定めるように観察したあと、瞼を伏せた。
「……氷姫よ。感謝する」
澪はおずおずとうなずきかえす。
帝はおおっぴらに頭を下げられない。
人の上に立つ帝に誤りなどなく、軽々しく詫びを口にすることさえ憚られるからだ。
だから、瞼を伏せるような、ささやかな所作でさえ、帝の最大限の誠意のあらわれだと解釈できる。
「あのふたりの沙汰は、追ってふたりにも伝える」
「主上、ふたりに会うことは可能ですか? どんなふうに過ごしているのか知りたいです」
澪は勇気を出して問う。もしも環境が劣悪だったら、改善してやらねばならない。
「その前に、澪は行くべきところがあるだろう。病院だ」
煌貴に言われ、澪はうなずくしかない。
「それはそうですが……」
「氷姫よ。ふたりは元気にしておる。そなたが第一に心配するべきは、己の身体よ。嘉都にはよい医者がいる。その者に診てもらうといい」
帝のやわらかな微笑に、澪は救われた気になる。
心にのしかかる氷姫としての重圧が、少しは軽くなってくれるようだ。
「明日にでも連れていきます」
煌貴の言葉に彼を見上げる。
きっぱりとした口調に、なによりも優先するべきだという彼の考えがあらわれているようだ。
「わかった。そうするといい」
帝は深くうなずく。
緊張する澪をなだめるように、煌貴は澪の肩をそっと抱いた。




