光の人
時の狭間から零れ落ちた力は流れ星となり大地に激突した。衝突の衝撃で力の大半が飛び散り、星は長い回復の眠りにつくことになった。
最初に星を手にしたのは、山で開墾をしている貧しい農夫だった。
耕していた鍬がガチっと歯に捕らえた石を不思議に思って土を払うと、中で光を返す透明な石が出て来た。美しいものを見たことがなかった彼は石を持ち帰って大切にした。
毎日の作業を終えて戻ってくると、引き出しから取り出してきれいだなあと眺めた。見ていると一日の疲れも忘れられた。
人の意識に触れたことで存在の認識を得て、星は徐々に意識を取り戻していった。星は飛び散った力を集め回復するまでは、この世界に留まらなければならなかった。力を取り戻さなければ時空の壁を超えられない。
星はある日、彼に契約を持ちかけた。
彼が望んだのは、食べ物が十分あって家族と暮らしていける平穏な毎日だった。ひもじさや病気、寒さで家族を失うことがないようにと彼は願った。
星が望んだのはただひとつ、誰にも渡さず、ずっと自分を大切にしてくれることだった。
星は長い時間をかけて飛び散った力を呼び戻し回復させた。その間、青年は約束を守り続け石は彼の子供へと受け継がれていった。
星もまた約束を守り、彼の子孫は増えて行った。子孫たちは森を切り開き畑を増やし、居住地を広げて行った。
星は、増えて行く彼の子孫を守るために己の力を使うことを厭わなかった。家族が平穏に暮らして居いけること、それが彼との約束だった。
落下地点である山村周辺には星の力が多く飛び散っている。大地を削って力の欠片を掘り起こし、彼らの暮らしを守った。
『船は明日、迎えに来る』
そう言い終えると輝きを収め、すっと地面に落ちた。
リナの頬に赤みが差してきた。
リナの瞼が震えぼおっと瞳が開かれた。
「レお・・・?」
いつになく深刻な顔つきのレオを不思議そうに見上げている。
「・・・いや、何でもない。もうちょっと寝てろ。まだ早い」
ぽんぽんとリナの毛布を叩くとそこに身を横たえた。
翌朝、快晴。
浜辺で盛大に火を焚き上げ天高く昇る煙で存在を主張していると、沖合に見慣れた船影が現れた。迎えのボートに乗り込んで船に戻った。耳飾りは、今朝浜辺を歩いていたら見つけたと苦しい言い訳をしてリナに返した。
「頭、ご無事で」
「ああ」
行き先はアナトリアだ、と告げてから一歩も船長室を出てこなくなった。リナに聞いても分からない、と首を振る。
沖合に出て船の少ない海域まで来ると、船は姿を消し空の道を進んだ。
どうすればいいのかわからなかった。だからずっと籠っていた。どんな顔で何を誰と話せばいいのかわからなかった。
石はあれ以降、話しかけることも光ることもなく静かにしていた。
自分が何をしたいのか、わからなかった。
船は静かに王城の、お魚号の発着場に降りた。
「ちょっと貸してもらっていいか?」
不思議そうにしながらもリナは耳飾りを外した。手渡そうと近づいたそのときに、ふっと屈んで軽く唇を合わせた。リナは真っ赤になって口許を手で覆った。
「なん・・・」
「愛してるよ」
レオは軽く笑いながらリナの頭をくしゃくしゃと撫でた。
リナとミレイを降ろし、下船しようとはしゃぐ仲間たちをすぐ済むからお前ら待ってろと制し、ガイとクロウだけが後に続いた。
御付きを引き連れたレナが嬉しそうに駆けつけてくる。
「姉様!」
駆け寄ろうとするリナを手で軽く制した。
「どうし・・・」
いつになく真剣なレオの表情にリナは口を噤んだ。
駆け寄ってくるレナの方も気づいて手前で立ち止まった。再開を喜ぶ雰囲気ではなかった。
「お前んとこの王族は、双子が生まれやすいんだってな」
いきなりなんの話かと戸惑う周囲を余所に、レオは続けた。
「お前は国を出られない。そうだな」
最初は困惑している様子だったレナが、目をそらない強いレオの視線を受けていると、一瞬人形のように虚ろな顔になると次の瞬間には別人のように厳しい光を宿した目でレオを見据えた。
後ろで見見守っていたガイもクロウもぎょっとした。年相応の少女の顔ではなかった。長い年月を経た老練な狡猾さをその目に宿していた。
レオはまるで気にも留めず話を進める。
「お前は、新しい契約者を求めるために、国の外に出る理由が必要だった。だから、クーデターが起きた。」
「レオ、何を言って・・・」
困惑するリナと違って、レナは微動だにしない。
「お前の目論見通り、お前の片割れは国の外に出た。いろんなことを見聞きし、そこで最適な契約者に出会った。お前はずっと、新たな契約を結ぶ好機を待っていた。オレが、お前の力を見てもなかなか力を欲しがらなかったから。だがこの間の一件で、お前はオレの望みを知った。そこで契約を持ちかけた。」
レナに向かって歩きだすと、その手を取って持っていたリナの耳飾りを手の上に置いた。
「これは返す」
呆然と、手の上にある物を見つめるレナ。
「オレは契約しない。お前の王にはならない」
そう言って数歩下がると、元の場所に戻った。
「バカな・・・」
穴が開きそうなほど手の中のものを見つめていたレナははっと我に返ると、きっとレオを見つめた。
「娘が恋しくはないのか」
別人のような押し殺した低い声だった。
「考えたんだけど、アンタは結局人間に寄生することでしかこの世界では生きられない。オレのガキが生まれて子孫末代までアンタに呪われるかと思うとぞっとするね。そんなら力なんかない方がいい。」
「・・・娘の命はないぞ」
「そんでここからはオレの提案なんだけど」
深刻に話していた口調とはガラリと変わっていつもの軽い口が戻った。
「オレとアンタのふたりで生きるってのはどだ?」
「!?」
「まあふたりっきりってのもなんだから、オレの嫁とその妹もいれば賑やかだろ。その代わり、アンタはこの世界には二度と戻らない」
「レオ!!」
「頭っ」
ガイとクロウが同時に叫んだ。話しの筋はよく分からないが、何かよくない取引を持ち掛けていることだけは分かった。
「お前とふたりきりで生きるなら我を受け入れるというのか」
「そう」
「我が力を奪うというのか!!」
「嫌ならここで終わりだ。」
取引を受け入れないのなら石は、リナの寿命が尽きる前に新たな契約者を見つけるしかない。それは多分、差し迫っているのだろう。ここまで来る短い間に必死に頭を巡らせ弾き出した推察に賭けるしかなかった。
両者はしばらく睨み合った。
その時、村の山手の中腹からから眩いばかりの光が立ち昇った。光の中を白い影のようなものが飛んできて人の形を成した。柔らかな声がその場に響いた。
『ありがとう、外の人。彼のことまで考えてくれて。あなたは優しい人だ』
レナは目を見開かんばかりにしてその光の人影を見つめていた。唇が微かに動き、ひどく懐かし気に名を呼んだ。
「・・・スラヴィク」
『ずっと待っていた。彼を止めてくれる人を。』
光はレオに向かってほほ笑みかけるような仕草をした。
『あなたは本当に賢い人だ。どうすれば彼の力を抑えられるかを知っている。だから僕もやっと言える。」
光はレナに向き直った。
『行こう、僕と一緒に』
レナは首を振って後ずさった。
「・・・ダメだ。私はそちらの世界には行けない。行けば私は消滅してしまう!」
『あなたはずっと寂しかったんだ。一緒に行こう』
スラヴィクの手が、石を持つレナの手を守るように包んだ。
「スラヴィク・・・」
泣くような石の声だった。
側に居たかった。側にいて、ただ彼との穏やかな毎日を望んでいただけなのに。
「うわっ」
辺り一帯が凄まじい光に包まれた。目を開けていられない。
気が付けば、薄暗い森の中に倒れていた。ガイとクロウも近くに転がっている。畑も、家も、王城も消えていた。
二人をつついて目を覚まさせると、起き上がって目を白黒させていた。
「こんなの・・・ありかよ」
ひとまず、森を出ようという話になった。魔法の力は消えたのだ。スラヴィクがすべてを持って行った。すべてをなかったことにしたのだ。だったら船は、本来あるべき場所に戻っている。
森を下りながら、ぽつりとガイが聞いた。
「本当に、行くつもりだったのか」
「んんまあ・・・好きな女とのんびり暮らすのも悪くないんじゃねえかと思ってよ。こっちで四苦八苦しながら生きるよりな」
それがたとえ終わりのない世界だったとしても。
途中から表れた小道を辿って行くと一軒の家の前に出た。
「あら、お客さん?」
庭で畑を世話していた娘が立ち上がってこちらを向いた。柔らかに波打つ髪が腰まで流れる。
娘は持っていたスコップを放り出すと、家の戸口に駆け込んで弾んだ声で呼びかけた。
「おとうさんおとうさん、お客さんよ!」




