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番外編5:幸せの魔法

 空色の髪をふわりと揺らして小首を傾げた男の子が、嬉しそうな顔をして百合を抱き締めた。高めの体温が(じか)に伝わってくる。百合の耳に小さな吐息がかかって、くすぐったくて笑いが漏れた。


 次に現れたのは、赤い髪をした男の子。にこりと優しく目を細め、手に持っていたりんごを一切れ、差し出してくる。百合が口を開けて、そのりんごを頬張ると、彼は幸せそうに微笑んだ。


 最後は、金髪碧眼の王子様。照れ臭そうにはにかみながら、百合の手に白い花を持たせてくれる。百合がその花を見て目を輝かせると、王子様もぱあっと明るい顔をした。


(こ、これは! 逆ハーレムというやつでは……!)


 三人の男の子に囲まれて、百合は幸せに浸っていた。


「みんな、もう良いだろう」


 幸せな時間は、不機嫌そうな低い声によって中断してしまう。百合を囲んでいた三人の男の子は不満そうな顔をして、声の主を見遣った。


「そんな顔をしても駄目だ。ママに早く元気になってもらいたいんだろう?」

「ぱぱ、いじわる!」

「ぱぱ、めっ!」

「やっ!」


 三人の男の子は揃って百合にしがみつく。その様子がまた、可愛くて可愛くて。百合はへにゃりと締まりのない顔をしてしまった。




『ごめんなさい、百合。私が風邪をひいたばかりに……』


 鏡の向こうのユリーシアが、げほげほと咳き込みながら謝ってくる。今回はユリーシアの方が先に体調を崩してしまい、百合がそれに釣られた形である。

 入れ替わったままの二人は、相変わらず同調している。これまではいつも百合の方がユリーシアに迷惑をかけてしまっていたので、こういう逆パターンは新鮮だった。


「いいよ、ユリーシア。私の方こそ、毒を盛られたり刺されたりしてごめんね。何の予告もなく体調崩すのってびっくりするんだなって……勉強になった」


 急に体調を崩した百合に、みんな優しかった。メリッサは医者を呼びに走ってくれたし、ギースはベッドまで百合を抱き上げて運んでくれた。クリス、ガント、ロイの三人は、可愛らしいお見舞いをしにきてくれた。


 夜になっても体のだるさは取れない。子どもたちに病気がうつっても困るので、今日は百合ひとりで眠ることになっている。こんなことは、この世界に来てから初めてのことだ。子どもたちの体温が傍にないせいで、逆に落ち着かない。


『なんか、眠れないわね』

「うん。眠いはずなのに、寝られないね」


 ひとりきりのベッドの上。寂しさを(まぎ)らわせるように、百合とユリーシアは夜遅くまでいろいろと語り合ったのだった。



 *



 翌朝。夜更かししたのがいけなかったのだろう。熱はさらに上がり、頭がくらくらするようになった。


「ごめんなさい、ギース様……」

「気にするな。ほら、寝てて良いから」


 百合の額に冷たいタオルが乗せられる。ひんやりとして気持ちが良い。ギースは百合に布団を優しく掛け直し、ふわりと頭を撫でてくれた。まるで子ども扱いだが、百合はなんだか嬉しくなった。


「ありがとう。ギース様、大好き」

「俺も百合のことが大好きだよ。……だから、早く元気になってほしい」


 ギースが百合の手を取り、優しく握った。紅い瞳は心配そうに百合を見つめている。百合は握られた手をきゅっと握り返して、安心させるように微笑む。


「ただの風邪だから、そんなに心配しないで。今日もお仕事でしょ? 頑張ってね」

「……ああ」


 ギースは何度も百合を振り返りながら、部屋から出ていった。


(今日も子どもたちと一緒にいられないのかあ。……寂しいなあ)


 軽く咳き込みながら、目を閉じる。しんとした部屋にひとりでいることがものすごく心細い。

 元の世界にいた時は、ひとりきりなんて慣れていたのに。今は誰も傍にいないことが、こんなにも辛い。鼻の奥がツンとする。


(パパとママに会いたいなあ)


 父も母も百合に甘かった。ひとりっ子だったので、全ての愛情を思う存分(そそ)いでもらっていた。百合が病気になった時は、二人とも大袈裟(おおげさ)なくらい心配して、馬鹿みたいに甘やかしてくれたものだ。


 父に頭を撫でてもらいたい。母にぎゅっと抱き締めてもらいたい。

 今はもう、叶わない希望。


「……ぐすっ」


 百合の目から涙が零れ落ちた、その時。


「どうした、百合!」


 勢いよく扉が開いたかと思うと、ギースが駆け寄ってきた。


「え? え? ギース様? どうしたんですか、仕事は?」

「今日は休ませてもらうことにした。で、どうした? どこか痛いのか?」


 百合はあまりに驚いてしまったために、涙が引っ込んでしまった。それでもギースの心配は止まらない。


「苦しくはないか? 喉が渇いたのか?」

「あ……大丈夫です」


 騒々しい夫に思わず笑ってしまう。寂しさが一気に吹き飛んだ。ギースが突然笑いだした百合を見て、きょとんとした顔をする。


「本当に大丈夫か?」

「うん。ちょっと寂しくなっただけ。ふふ、子どもみたいだよね、私」


 くすくすと笑い続ける百合に、ギースも安心したように微笑んだ。その笑顔が嬉しくて、心の奥が温かくなってくる。


「ね、ギース様。今だけ……甘えても良い?」

「ああ、もちろん」


 百合はゆっくりと体を起こし、ギースに向かって両手を伸ばした。まるでクリスやガント、ロイが抱っこをねだる時のように。ギースはベッドの端に座ると、百合を優しく抱き締めてくれた。温かくて、嬉しくて、百合の頬が緩みっぱなしになる。


「……百合が可愛すぎる」

「ん?」

「いや、なんでもない」


 とんとんとリズムよく背中を叩かれ、百合はだんだん眠くなってきてしまう。ぎゅっとギースにしがみつくと、小さく笑われた気配がした。


「おやすみ、百合」



 *



 ゆっくりと眠ったおかげで、夜になると、百合はかなり元気を取り戻していた。


「まま!」


 三人の子どもたちがぴょんぴょん跳ねながら、百合の元へとやってくる。


「クーちゃん、ガンちゃん、ロイきゅん! 会いたかったよー!」

「くーちゃもー!」

「がんちゃもー!」

「ろいきゅもー!」


 三人ともまとめてぎゅっと抱き締める。子どもたちがきゃっきゃっと歓声をあげた。ギースは少し離れたところから、その様子を微笑みながら見守っている。


 子どもたちとじゃれ合っていると、壁にかけてある鏡がきらりと光った。


『百合、調子はどう?』

「あ、ユリーシア! だいぶ良くなったよ。ちょっと喉がイガイガするくらいかな」

『私もよ。だから……』


 ユリーシアの後ろから、母がひょっこり顔を出した。


『百合ちゃん!』

「ママ! どうして?」

『ふふ。子どもたちに毎晩子守歌を歌ってあげているんでしょう? でも、喉が痛い時に無理しない方が良いから。今日はママが代わりに歌ってあげる』


 突然の申し出に、言葉を失う。しかし、じわじわと嬉しい気持ちが込み上げてきた。


「ママの歌、久しぶり! 聞きたい、聞きたいー!」


 きょとんとする子どもたちを急いでベッドに寝かせる。そして、百合は目を輝かせながら、鏡の向こうの母を見た。母はくすりと笑いを漏らすと、優しい声で歌い始めた。鏡の向こうから届く、温かくて、懐かしい歌声。


 母の歌声を聞くと、子どもに戻ってしまったような気持ちになる。守られているという安心感。愛されているという幸福感。


 気が付くと、三人の子どもたちが幸せそうな顔で眠っていた。


「やっぱりママの歌はすごいね。みんな、すごく幸せそう! 魔法みたい!」

『あら、嬉しい。じゃあ百合ちゃんも魔法使いね?』

「え?」

『いつもは百合ちゃんの歌で眠らせてあげているんでしょう? 魔法みたいに』


 母の言葉にきょとんとしていると、ギースが百合の隣にやってきた。


「幸せの魔法、だな」


 ギースはそう言って、百合の手を握った。


 百合には魔力なんてないけれど。確かに子守歌は魔法みたいなものかもしれないと思った。百合が母から受け継いだ、大切な魔法。


 握られた手を握り返す。ギースの紅い瞳が優しく細められた。百合もこれ以上ないというくらいの幸せそうな笑みを返す。




 鏡の向こうの子守歌は、幸せの魔法。

 世界を越えて歌い継がれる、幸せを呼ぶ子守歌――……。




これで完結となります。最後まで読んで下さって、本当にありがとうございました♪


ブックマークや評価など、応援して下さったすべての皆様に、幸せの魔法が届きますように!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 前々から赤ちゃんたちの可愛いイラストやレビューを拝見して、こちらのお話が気になっていたのですが、ようやく拝読できました。 乳母の女性と入れ替わって、いきなり二人の赤ちゃんのママになるって…
[一言] ぬおおおおおおおおおおーーーーーー!!!!( ノД`)シクシク… タイトルがまさかこのような形で回収されるとはもう感動しかありません( ノД`)シクシク… 素敵なお話をありがとうございまし…
[良い点]  灯乙女草、素敵でした。ロマンティック!! アイテムとしての鏡の使い方もとても良かったです。  丁寧な描写で読みやすく、そしてお話も面白かったです。優しさ溢れる文章、三人の可愛らしい幼子た…
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