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妖怪さん  作者: 黄瀬ちゃん
五章
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後の祭り

 祭りの後の静けさは、どんな時でも寂しくあります。しかしそれだけではなく、どこか心地の良い風が吹くのでした。

 昨晩は、妖怪の宴でありました。

 あの屋敷から帰った後も、我々の興奮は収まることがなく、妖怪の森は騒がしい夜を迎えたのです。

 酒を飲み、飯を喰らい、歌を響かせました。

「人間とはなんと情けない生き物か。見たか? あの屋敷の人間の驚く姿を」

「あれは俺を畏れていたのだ」

「いいや。俺を畏れていたのだ」

「しかし、俺があの時ああしていなければあの人間が驚くこともなかっただろう」

「なんにせよ、あれは最高だったな」

 私は皆が騒いでいるのを、一人離れたところから眺めていました。

 結局、私は天狗様に人間の村へと行く許可はいただけなかったのです。

 ただ一言、天狗様は言いました。

「天邪鬼という妖怪は嘘をつくのだ」

 私は大きく頷いて「それでは、人間の村へは二度と行きません」と天狗様に言ったのです。

 そして、私は他の妖怪達を連れて人間の村へと向かったのでした。

 今思えば、天狗様は私が人間の村へ行くことに対しいて、悪く思ってはいなかったのではないかと思うのです。

 そもそも、天狗様は私に多くのことを知るべきだと言いました。それは私自身のことであり、妖怪という存在のことでもありました。また、それはきっと人間のことでもあったのだと思います。

 私はあの屋敷で暮らして、多くのことを知りました。しかし、それは全てではないのです。

 まだまだ私には、知らないことが多くあるのでした。

「何をぼんやりしてるんだ?」

 ふと顔をあげると河童が私を見ていました。

「今夜の主役はお前だろう。なにせ百鬼夜行の主だ」

 茶化すように河童が言うと、私は立ち上がって集団の方に目をやりました。

 少しずつ疲れが出てきたのか、先ほどより少しだけ静かになった妖怪の群れを見て、私は感慨深くありました。

「明日にはまた行くのか」

 河童は私に問いました。

「うむ。行かねばならぬ」

 私はそれだけ言って、その妖怪の群れの中へ足を向けました。

 それから一通り騒いで、泥のように眠りました。そして、起きると私はすぐに天狗様の元へ行って、少しばかりの話をしました。

「天狗様。私はこれからこの森で暮らすことにします」

「そうか……なら、これを持っていけ」

 私がそう告げると、天狗様は私に葉団扇をくださいました。

 それは様々な神通力を宿す、天狗様の大事な物であります。

「いえ、このような物を貰う訳にはいきません」

 私はそれを頂くわけにはいきませんでした。

 私のような迷惑をかけた妖怪が貰うには、その扇の価値は大きすぎるのです。

「まあいいではないか。なに、もうわしがこの扇を使うことは、そう多くはない」

 天狗様はそう言って、葉団扇を私に押し付けるように渡すと、そのまま山の奥へと飛んで行ってしまいました。

 私はしばらくその方角をぼうっと見つめていましたが、しばらくして、私はそちらに頭を下げてその場を去りました。

 森を出ると私は急に不安になって、何度も森の方を振り返りました。

 何の変哲もないその森がどこか特別な物のような気がして、戻ってしまいたいとも思うのです。

 しかし、それと同じ程に、鈴の元へと行かねばと思うのでした。

 なに、別に永遠に戻って来られないわけでもあるまい。

 私はそう考えて、半ば無理矢理足を進めるのでした。

 そう言えば、河童に別れの挨拶をするのを忘れていたなあ。

 思い出して、私は河童を呼び出すことにしました。

 こうして河童を呼ぶのも最後かもしれないと思いながら、私は河に変わった形の石を投げいれました。

 合図はいつも通りですから、河童が来るのもいつもと変わらない速度であります。

「なんだ、もう森を出てたのか。なにか用か」

 河童は眠そうな顔でそう言いました。

 呼びだしたはいいものの、私は別れの挨拶などというものはなんだか恥ずかしくて、うまくできないのでした。

 私が黙っていると、河童は何も言わずに私の荷物を一つ持って歩きはじめました。私やっぱり何も言わず、それに着いて行くのです。

 冷たい風が吹いて、髪を揺らします。

 私はもう一度森の方を振り向いて、それがもう見えなくなっていることに気が付きました。

「今思えば、お前は人間のような妖怪だった」

 河童は懐かしそうに、どこか遠くを見つめました。

「見た目もそうだが、どうにも妖怪臭くない。人を脅かすのは他の妖怪よりも好んだが、むしろそれは妖怪らしくしようというように見えた。まあそのおかげで、俺は十分に楽しめたが」

 妖怪らしく。

 そうなのかもしれません。私は自分が妖怪であることなど知りもしませんでしたから、妖怪なら妖怪として生きていこうと思ったのです。

「まあ、そりゃ俺みたいな妖怪とは違って、しばらくは人間のように暮らしていたのだから当然と言えば当然なのだが……俺は少しだけ、お前が羨ましい」

 羨ましい? なにがでしょうか。私にはわかりませんでした。

 河童はそれ以上なにも言わず、それから私達は黙って歩きました。

 なんだか、何を言えばいいのかわかりません。いえ、なにも言わなくていいのかもしれません。私はただ前を向いて、足を進めるのでした。

 地面を踏む音だけが、ただただ私の耳に届きます。

 冷たい空気が、より一層鋭さを増して、私と河童の間をすり抜けていきました。

「俺はそろそろ森に戻るよ」

 河童はそう言って、その足を止めました。

 気が付けば、村のすぐ近くまでたどり着いていたのでした。

 私は小さく頷いて、河童から荷物を受け取りました。

「じゃあな」

 河童が告げて去っていきます。

 私はその背中を見ながら、これでいいのだと思いました。

 きっと、しんみりとした別れの言葉などいらないのです。私達の間に、そんなものは必要ありませんでした。

 私は前を向いて、歩き出します。


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