↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神、詰みかけた配布ミスを"運命"と言い張る  作者: 一ノ瀬


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/16

第1話「最後の残業、最初の詰み目」

午前一時。オフィスビルの窓から見える景色は、もう何色も変わらなくなっていた。

俺――山田亜蓮、三十二歳。IT企業の三次受けでシステム保守をしている。「お疲れさまです」と、誰もいないオフィスに向かって言い、会社を出る。それが、この一年毎日繰り返してきた儀式だった。

深夜のオフィス街は、いつも同じ顔をしている。看板の明かりだけが煌々と点り、人の気配は既にない。この景色を見るのも、もう何百回目だろうか。

友達と呼べる人間は、もう何年も連絡を取っていない。恋人がいたことなど、一度もない。上司からは「代わりはいくらでもいる」と言われ続け、いつしか自分でもそれを信じていた。

「誰かに必要とされたい」なんて口に出したら笑われそうな願望を、三十二にもなって、まだ捨てられずにいた。

駅のホームで酔ったサラリーマンがふらりと体勢を崩し、線路側に傾いた。周りの誰も気づいていないようだった。皆、自分の足元を見るだけで精一杯なのだろう。

考えるより先に体が動いた。老人の腕を掴み、力の限り引き戻す。反動で、俺自身の体が線路側へ傾いた。

視界の端に電車のライトが迫った。

――ああ。誰かの役に立てたな。それだけで、いいか。

不思議なほど恐怖はなかった。ただ、最後にそう思った瞬間、意識が途切れた。






「――さん、起きて」

目を開けると真っ白な空間に銀髪の少女が立っていた。宝石のような金の瞳が、こちらを覗き込んでいる。

「私は女神フィオナ。あなた、電車に轢かれて死亡しました」

「早すぎないか、その説明」

「え?」

「もう少し、こう、段階を踏むところじゃないのか。天国の入り口っぽい演出とか、荘厳なBGMとか」

「BGMて。ここ、そういう場所じゃないから」

フィオナはきょとんとした顔をした後、ぷっと吹き出した。

「面白いこと言うのね、あなた。死んだばかりの人にしては」

「本気で言ったんだが」

死を目の前にしても案外冷静でいられるものだな、と自分でも少し驚いていた。あるいは、まだ実感が湧いていないだけかもしれない。

「あなたの魂、綺麗だったから、スキルを一つ授けようと思って」

光る紙を取り出した瞬間、フィオナの表情が固まった。

「あ……あれ」

「どうした」

「手違いで、本来別の子に渡すはずだったスキルが、あなたに定着しちゃったみたいで」

「詳しく」

「『詰み目』。対象が"詰む"条件と、最短手順が見える力。使えるのは、一日に一度だけ。習熟度が上がれば、その辺りも変わってくるとは思うけど」

「習熟度?」

「使い込んでいけば、勝手に育つと思う。多分」

「一日一回のチート地味すぎないか」

「地味とか言わないでよぉ……。他の詳しいことは、追い追い話すから」

「追い追いって、いつだよ」

「さあ?私にもわからない」

胸を張って言うことか、それは。フィオナの言い方に、何か引っかかるものを感じたが、それが何かは、うまく言葉にできなかった。

「本来なら、異世界生まれの選ばれた聖女候補に宿るはずのものだったんだけど」

「それが、俺に?」

「そう。手違いでね」

俺は、しばらく沈黙した。この状況をどう受け止めればいいのか、まだ実感が湧かない。

「返却は?」

「一度定着したものは、私にも戻せない。ごめんね」

「まあ、これも運命だよ、きっと!」

「都合のいい運命だな」

「そう言わないでよぉ……。とにかく、あなたはこのスキルを持って、異世界に転生することになります。本来の持ち主だった子も、同じ世界に転生予定だから」

「行ってらっしゃい、亜蓮さん」








目を覚ますと、見知らぬ森の中にいた。体を見下ろすと記憶より若い痩せた少年の体になっている。

水面に映る自分の顔を、後で確認することになるが、どうやら十六歳くらいの見た目らしい。

「うわ、ガリガリだな俺。前世よりひ弱じゃないか」

軽口を叩いてみたものの、辺りに誰もいないことに気づいて少しだけ虚しくなった。木々の間から差し込む光が、やけに眩しく感じられた。前世で見上げた蛍光灯の光とは、明らかに違う色をしていた。

【本日の残り使用回数:1】

森の奥から、悲鳴が聞こえた。考えるより先に、体が動いた。転生したばかりの体は思うように動かず、木の根に何度もつまずきそうになった。

木々を掻き分けると、開けた場所に、紺色の髪の少女が、巨大な狼の魔物に追い詰められていた。短剣を構えているが、既に肩で息をしている。

「――『詰み目』!」

視界に、文字列が浮かぶ。

【三手先:魔物が着地の瞬間、左脇腹の継ぎ目に隙が生じる】

【対象を"詰ませる"最短手順を検出】

これが詰み目か――と、俺は妙に冷静な頭の片隅で理解した。強さや弱さを教えてくれるわけじゃない。この状況で、この相手が"詰む"瞬間と、そこへ至る道筋だけを、正確に教えてくる。

「着地の瞬間、左に避けろ!」

少女が指示に従う。魔物が着地した刹那、体勢が崩れる。短剣が正確に隙を突いた。

魔物が崩れ落ちる。

背筋が、ぞくりとした。恐怖ではない。この先の展開が全部見えている。この感覚を、もっと味わいたいと思っている自分がいた。

「……助かった、わ」

少女が警戒しながらも俺を見た。

「あなた、今の力……普通のスキルじゃ、ない」

「だろ?俺、実は結構すごいのかもしれない」

「まだ何もわかってないのに、随分自信満々ね」

図星だった。だが、認めるのも癪だったので、俺は黙って胸を張った。

「私はルナリア。十六歳。あなたの名前は?」

「アレンだ。……歳は、多分お前と同じくらいだと思う」

「アレン……その顔、なんか変よ。ニヤけてる」

「気のせいだ」

「そう?なら、いいけど」

ルナリアは、それ以上追及しなかった。だが、その視線には、微かな警戒が残っていた。気のせいではなかった。答えながら、俺は指先が震えているのに気づいた。あの全能感の余韻だった。優しい物語であってほしいと願う自分と、もう一度あの快感を味わいたいと思う自分。その両方が、確かに同居していた。

その日の空の下、遠くで、聞き覚えのある声が、ほんの一瞬だけ響いた気がした。

――ふふ、幸先いいスタートだね。でも亜蓮さん、今の顔、ちょっとまずいよ。

俺は空を見上げたが、そこには何もなかった。ただの、見知らぬ世界の青空が広がっているだけだった。

「どうかした?」

「いや、何でもない。それより、ここがどこか、教えてもらえるか」

ルナリアは、周囲を見渡しながら首を振った。

「私も分からない、、とりあえず、日が暮れる前に、開けた場所を探しましょう」

「賛成だ」

こうして、社畜だった男の二度目の人生が始まった。優しい物語であってほしいと、そう願う自分がいる一方で、あの全能感の心地よさを、もう一度味わいたいと思っている自分もいる。その両方が、確かに俺の中に同居していた。それがどちらに転ぶのか――この時の俺には、まだ、知る由もなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。