第一話 娘に何したああああああああああああああ!?
新連載です!
よろしくお願いします!
花の蕾が咲こうとしている、まだ肌寒いある日。
ヴァレンシュタイン公爵の邸宅にて。
突然、執務室の扉が乱暴にノックされた。
「旦那様、大変です!」
そこには息を切らしている若い執事がいた。
部屋の主人であるレオナール・ヴァレンシュタイン公爵は、ぜいぜい息をしている執事の方をチラリと見ると、再び手元の書類を見た。
「忙しい。すまないが後で聞く」
「それが……」
「くどい。後にしろ」
そう言って手元の書類に集中する。
署名。確認。却下。承認。
羽根ペンが、剣のような速さで紙の上を走る。
その様子を見て、執事は口ごもる。
「承知しました。では後ほど報告します。夜会で婚約破棄されてしまったお嬢様のフォローに、取り急ぎ行って参ります」
レオナールの手がピタッと止まった。
「今なんと言った?」
「承知しました。と」
「その次だ」
「報告は後ほど。と」
レオナールが苛立ちながら、顔を上げる。
「その次だ!」
「婚約破棄されてしまったお嬢様の……」
「エリナリーゼが婚約破棄されただと!」
机を力任せに拳で叩く。書類が舞う。
そのまま乱暴に椅子を引いて立ち上がる。
「なんでもっと早く言わない! エリナリーゼのところに行くぞ!」
娘の幸せは、自分の幸せ。
娘の不幸は、自分の不幸。
娘が涙する理由は、自分が拳を振るう理由。
レオナールは全力で走り出した。
慌てて使用人が追いかける。
娘の部屋の前に公爵がついた時、レオナールは肩で息をしていた。
少し息を整え、優しく扉を叩く。
「エリナリーゼ! 入っていいか!」
返事がない。
もう一度レオナールが扉を叩こうとした時だった。
「……どうぞ」
吹けば飛んでしまうような、かすれた返事が聞こえた。
恐る恐る扉を開くと、そこには椅子に座ったまま俯いている娘の姿があった。
「エリナリーゼ……」
「なんでしょう、お父様……」
エリナリーゼは顔を上げずに返事をする。
娘の力ない声に、思わずレオナールは拳を作る。
「……何があったんだ。教えてくれ」
できるだけ優しい声を出したつもりだった。
けど、エリナリーゼはその言葉を聞くと、細い指をした手をぎゅっと握りしめた。
握りしめた手の甲に涙が落ちていく。
「す、すまない。気に障ったか」
「いえ、大丈夫です」
エリナリーゼはハンカチを出し、目元を拭った。
レオナールは後ろで待機していた執事に合図をした。執事が厨房の方に駆けていく。
「……頼む。エリナリーゼ。何があったのか教えてくれないか?」
「……殿下に婚約破棄されました」
そう言ってエリナリーゼは顔を上げ、微笑もうとする。
しかし、その表情は笑顔というには痛々しすぎた。
「私が悪いのです。もっと可愛げがあったら……」
「いや、お前は可愛いぞ。大丈夫だ」
「お父様、いいのです。どんなに努力をしても私は殿下に愛されなかった。魅力のない女です」
そう言って、またエリナリーゼの瞳から涙がこぼれ落ちる。
「殿下のお心には、私の言葉は何一つ届きませんでした……」
レオナールは黙って娘の言葉を聞いていた。
執事が戻ってくる。
その手には、銀のお盆を持っていた。
「お嬢様。お嬢様が好んで飲まれる特製フレーバーの紅茶と、温めたスコーンです。いつものブルーベリーのジャム付きです」
「……ありがとう。でも食欲がないの」
レオナールは娘のところまで歩き、優しく娘の頭に手を置いた。
「食べなくていい。冷めたら温め直させる。何度でも」
そう言って優しく頭を撫でると、そっと頭にキスをして部屋から出る。
娘の嗚咽が聞こえる。でも、あとは使用人たちに任せよう。
扉が閉まる。
その瞬間、レオナールの顔から優しさが消えた。
その場に集まってきていた使用人たちを見渡す。
「皆のもの。戦の準備をせよ」
「「「承知しました!」」」
戦の始まりだ。




