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魔王様、顔怖いです。  作者: ふかづめ
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第66話 キスの天ぷらが好きです

 俺は今、かつてない程の活躍を見せている。

 この世界、この拠点にきてこれ程まで忙しく手を動かし続けた事があっただろうか? いや、ない。


 何故なら油の滾る鍋を二つ同時に見ながら魔王と会話をこなし、それに加えて揚げた傍から消えていく天ぷらを次々と投入しては、繰り返すように揚げていく傍から消えていく。


「アーン」

「そうですか、それなら明日はムスメさんも来れそうなんですね。ゴブリン君達も喜ぶでしょう。魔王様も普段お忙しいでしょうから、ゆっくりして気分転換していって下さい」

「はむっ」

「ありがとうございますホリ殿。そうですね、私は釣りというのをしたことはありませんが、お言葉に甘えさせてもらいますよ。ムスメも学業で追い込まれていたようですから、こちらの方に来れるのを楽しみにしておりましたし」

「あむっ」


 今この場において、天ぷらを揚げているのは俺とスライム君のみ。

 更に油をこんなに使ってしまっていいのだろうか? という思いもあったが、スライム君がこれくらいならと許可を出してくれたので限界の量で回している。鍋の数は俺が二つ、スライム君がなんと四つ同時に天ぷらを揚げているが、それでも圧倒的に消費のペースが速いのだ。


「魔王様、またお酒を頂いてしまってすみません。何かお返しをしたいのですが、これといって思いつかないんですよね……」

「ああ、それならここの鉱石の塊を頂いてもよろしいですかな? 以前に頂いた鉱石で作った装飾品が魔界で静かなブームなのですが、それを卸して得た金銭をここへの補充物資にする形でいいでしょう。財務の者達が煩くてこちらへの支援は難しい点が多いですしなぁ」

「はふ」


 彼は熱々の山菜の天ぷらを頬張り、香りの強いお酒を飲み唸っている。どうやらかなりのお気に入りになったようで、先程から手を止める事がない。

 鉱石で取引をやってくれるというのは、こちらとしてもありがたいな。


「ふわぁー」

 この酒もそうだが、どんな世界でも資源は有限。無条件に際限なく物資を供給するというのは難しいだろう。魔界から魔王が物資を供給し続ければ楽かもしれないが、それで彼の国の財政が破綻しては意味がないし。バランスが大事、大き目の鉱石の塊を幾つか渡しておけば大丈夫かな?

「フー、フー」


「なら後で気合の入れた奴を数個用意しておきますね。あっ、それと……、魔王様聞き辛いのですが、まだ喧嘩されてます? 奥さんと」


 後半の内容は人に聞かれたくはないだろうから、少しヒソヒソと話している。まぁ耳のいい彼らなら聞こえてしまうかもしれないが。


「うぐ、ええ……。今は数日に一度会える程度でしょうか? ツマも大分機嫌が直ってきたと思うのですがね」

 打ちひしがれるように、頑張った男の顔をしている。

 彼には常に世話になっているんだし、とっておきを渡してあげよう。


「それなら、あとで良い物を渡しますよ。奥さんとムスメさんにそれでプレゼントを作ってあげて下さい」

 彼は俺の言葉を聞いて不敵に笑う。いやぁー、不敵さが似合ってるだけに怖い。

「ホリ殿自信あり気ですなぁ。それなら私も楽しみにして、今はこの空気を楽しむ事としましょう!」


「フハフハ」

「ええ、そうしてください。……君達、いい加減もう少し落ち着いて味わってね?」


 俺と魔王が話をしている横でも構わずに、天ぷらを次から次へと消していく彼ら。

 先程魔王のうまい! という夜の空へと叫びあげた評価のおかげで、全員が歓喜の声を上げて押し寄せるようにして油の入った鍋を囲んでいる。


 俺以上に腹ペコ達へ料理を回しているスライム君の周りには更に人数がいて、意図せず立食形式のようになっている。


「いやすまん、山菜のテンプラが手を止める事を許してくれないのだ」

「野菜嫌イダケド、コレハオイシーデス!!」

「魚モ最高デス! 何個デモ食ベレマスヨ!」

「ヒッヒ、あたしゃこのテンプラがたまりませんねえ。お酒を更においしくしています。いい料理ですねえ」

「おばあちゃん、こっちの魚もおいしいわ。試してみて!」


 皆の様子からも、好感触なのはわかるのだが……。

「おいしいって言ってくれるのは嬉しいけど、魔王様もいるんだから少し落ち着いてね?」

「いえいえ、ホリ殿。私を気遣う必要はありませんよ。彼らが生き生きとしているところを間近で見れて、むしろ嬉しいくらいです。お気になさらず」

 彼はそう言ってまた一つ天ぷらを摘まみ、酒を呷る。

 目を瞑って大きく息を吐いている様子から、味を楽しんでいるようだからお言葉に甘えるとしようかな。


「あ、そうだ。スライム君、そろそろ養殖予定の魚を揚げてリザードマン達にまず食べてもらおうか。魔王様、ちょっとおかわりは待っててもらってもいいですか?」

「ええ、その間にこの蕎麦がきを頂いておきますよ。この緑の物が以前食べた時から癖になってしまいましてね」

 そりゃよかった。

 今料理班の子達は天ぷらを食べているが、事前に結構な量の料理を作っておいてもらって正解だったな。俺とスライム君以外新料理に夢中だし……。


 先程食べた時は少し感動するくらいの味を感じさせてくれたからな、きっとリザードマン達にも気に入って貰える筈。

 一度油を掃除して、天かすを集めておく。そしてそのまま少し温度を上げた油へと魚を投入した。

 暫く様子を見ているといい具合に色が変化していき、頃合いを見て油から上げる。


「誰から食べる?」

 全員がト・ルースへと視線を向けたので、彼女の言葉を待つ。

「あたしからでいいみたいですねえ。では、頂くとしましょう」

 少し冷ましてから、大きく口を開けてぱくりと一口。姿を消した魚の天ぷらの味を楽しむように目を瞑り、頷くようにして咀嚼している。


 彼女は静かに目を開くと、ふうと一息吐いた。

「これは、たまりませんねえ。絶対に養殖を成功させないといけない呪縛に囚われてしまいそうですよ、ヒッヒッヒ」

「ホリ、もう待てん!! 俺の! 俺の分も!!」

「ホリ!! 私、私から先に!!」

 リザードマン達に揚げたての物を並べていく。そして彼らは塩かスライム君のつゆか、まずどちらで楽しもうかと頭を抱えているが……。


「冷めちゃうのが一番勿体ないと思うよ、ホラホラゼルシュもリューシィも、あーん」


 さっと塩につけて彼らの口の中へと放り込んでみた。

 揚げたての熱々を頬張り悶えているが、息を吐き出して熱さを逃がすように味わっている。それに倣って次々と口の中へとグウィリーフィッシュの天ぷらを食べていくリザードマン達。


 熱さから解放されたゼルシュが舌を冷ますように水を飲んでいる。

「これは堪らんな。この魚は俺達にとって身近な物だったが、このように美味と感じた事はない。食料として量が確保しやすい面があるから、美味いとも不味いとも思った事はないのだ。ありふれた食材でしかなかったのにここまで変わる物なのだな」


「本当ね。小さい頃から食べ慣れてきた親しみのある魚だからこそ、新たな発見っていうのかしら。ホリ、これは絶対養殖を成功させないといけないわね」

 ゼルシュの言葉にそう返したリューシィ。他のリザードマン達にも概ね好評だった。


 ただ彼らは熱い物に多少弱い為、油の管理は難しいだろう。水周りでの生活圏だし、もし彼等が天ぷらを作る時はその点をちゃんと注意しておかないといけないな。


 それから材料の許す限り振舞ったが、人数が人数なだけはある。

 仕込んでおいた食材が無くなってしまったので、あとは別の料理で。と宴会は続いているが俺は油でべとべとになってしまったので、ヒューゴー達が風呂を新たに用意してくれていたので助かった。スライム君は油の影響を受けていない。ずるい。


 俺とスライム君、そして魔王の三人で猫人の厚意に甘えて風呂場へと向かっている。


「ほぉ、ここですか。ホリ殿達が作り上げた浴場というのは。楽しみですなぁ」

「いや、そんな期待されても困っちゃいますけどね」


 中に入ると、魔王が全体を見回している。

 恐らく彼が普段使うような華美な空間ではない、大衆浴場という色が前面に押し出されているからな。失礼にならなければいいが。


 中のお湯についても説明をして、更にウタノハが入浴剤を入れておいてくれたのでその説明も加えておいた。

「こんなところです、サウナも使えるみたいですし。楽しんで頂ければいいんですけどね」

「フフフ、それならば少々裸の付き合いといきますかな? 私のいない時の事を聞かせて頂きたいですな」


 三人で熱い湯に肩まで浸かる。

 ついつい出てしまう声、魔王も出すのか……! 波動のような物が出てお湯の水面が揺れているのだが。あぁ、水に浮いていたスライム君が隅の方へ流れていく。

 暫くそうして香りを楽しみ、ぱしゃりとお湯を顔にかける魔王。普段、それ程威圧的な態度を見た事はないが、今は特に顔が緩んでいる気がする。


「これはいいですなぁ……。風呂は普段心掛けている何かが解れていく感覚が好きではなかったのですが、ホリ殿とスライム君だけですし。今日くらいはいいですよね」

「気に入って貰えて幸いです。ああ、これで冷たい酒の一つでもあればよかったんですがねー」


 浴槽の壁にぶつかり、反動でこちらに戻ってきたスライム君が何かアピールをしてきた。

 触手を出して方向を示しているので、そちらを向いてみるとカップが三つ並んでいるトレイが浴槽の壁の上に置いてある。

「スライムさん……」

「スライムさん……」

 粋なスライム君を抱えて、そのトレイのある元へといくとやはりカップの中にはお酒があり、その近くには水筒が三本。これくらいなら飲んでいいというお許しの三本のようだ。

「これは頂くしかありませんよね魔王様?」

「ええ、勿論。これを飲まないのは酒が飲めないか、或いは知性のない獣でしょう。おお、流石スライム君ではないか。よく冷やしてあるとは、それならば中身は勿論……」


 俺と魔王がソレを頂くと、先程魔王が持ってきたエールだった。氷を入れて冷やした訳ではなく、魔法で冷やしたのだろうか? 詳細は分からないが今一番飲みたい物が飲みたい温度で用意されている。スライム君にお礼を伝えて火照った体へと投入した。


「くぁー!」

「たまりませんなぁっ!」


 スライム君自身もカップの中身を……、うん、飲み込んでいる。


「ふむ、どうやら彼も今日の仕事に満足しているようですな。いい脱力感を感じますぞ」

「それならよかった、ちょっと無理をしてもらって申し訳なかったので。スライム君にはお世話になりっぱなしですし」


 労いの意味を込めて彼の体を揉んでいく。

 いいプルみを感じる事が出来るが、余り触りすぎても嫌かもしれない、程々にしておこう。


「いやあいいですなぁー。気楽にこうして風呂を楽しみながら酒を頂く、最近少々激務が続いておりましたから、尚の事染み渡る思いですよ」

「それならそろそろ、あっちのサウナにも行きますか。といっても蒸気風呂はこちらでは一般的のようですが」


 ひと汗かいてから冷たい飲み物を一気に飲む。

 酒だから体には悪いだろうけど、たまにやるくらいなら許してもらおう。


 俺達がサウナに入ると、浴場の入り口の方に人影を確認した。

 ペイトン達が何かやっている、何をしているんだろう? 風呂入りに来た訳じゃなさそうだが……。


「どうかされましたかな?」

「いや、何やら入り口の方でやっているみたいで……。まぁこちらを楽しみますか。用があるなら声をかけてくると思いますし」


 魔王はどうやらバリア的な物を外せばサウナも楽しめるらしい。ただ普段、快適な温度でしか暮らしていない為この熱い空間に大分苦戦をするように歯を食い縛って汗を流していた。


「失礼します」

 俺達三人の空間にそう言って入ってきたのはペイトンやゼルシュ。そして数人のサウナ好き達。


「魔王様、サウナを楽しまれるのでしたら是非、私達推薦の『熱波』を味わっていただきたく存じます。彼発案のこの『熱波』、今やここに住まう者達にもこうして信者が出来る程。そしてその後に、先程楽しまれておりました酒を飲むもよし、あちらの冷水に頭をつけるもよしとまた普段とは違った楽しみが出来るかと思われます」


 ゼルシュ、真面目な態度出来るんだね……。内容は本当に酷いとは思うんだけど。

 汗を浮かべながら魔王が不敵に笑うと、熱波信者達は多少たじろぐようにしているが……、あれは喜んでいる笑顔だ! いてつく波動とか出てないから!!


「リザードマン君、この私に勧めてくるという事は自信があるのだね? 君の熱意に免じてその『ネッパ』、魔王としてではなく、一人の男として受けようではないか!」


 勢いよく立ち上がった魔王、その彼の勢いと共に迸る汗。無理をしてほしくはないんだけどなぁ。

「それでは準備をさせて頂きます! おい、やるぞ!!」


 設置される鍋、そして熱せられた石。

 近くにいるだけで熱が伝わる程のそれを設置していく彼ら。ちょっと数が多いような。

「ゼルシュ、数多すぎじゃない? 普段の倍あるよこれ」

「相手は魔王様だぞ! やるのなら本気で行かねば失礼に当たる!」

「そうですよホリ様! 我らの熱意、魔王様に届かせねばならぬのです!」

 ゼルシュとオレグが力が入った声色でそう言うが、サウナ初心者にそれは余りにも酷なのでは……?


 俺が少し考えていると、隣で汗を拭いながら魔王が不敵に笑う。

「フフフ、ホリ殿。私もこれで魔族最強の存在と謳われる者、彼らの熱意を裸で受け止める事くらいの事してやりますよ!」


 ああ、こちらはこちらで酒が回り出しているからか冷静な判断が出来ていないような……。仕方ない、俺も隣で受け止めよう。

「ならご一緒させて貰いますよ。オレグ、冷たい飲み物と冷水用意しておいてくれ」

「既に準備は終わっておりますよ。ご安心を!」


 そしてセッティングが終わり、水を持ってきたようだ。

「では行きます、魔王様。御覚悟を!」

「うむ、かかってきなさい!」


「何か物騒な会話にも聞こえるけど、片方素っ裸なんだよなぁ」


 ばしゃりとかけた水が即座に蒸発して、一段と湿度が上がる。そしてその水が蒸発していく傍から彼らがタオルで俺達に向かい大きく仰ぎ、風を送ってくる。


 魔王は、というと確かにきつそうだがそれでも楽しむように笑顔を浮かべ、正面のゼルシュ達を眺めている。

「フフフ、甘い甘い! 君達の熱意はそんなものではない筈だが?」

「な、なんと……! 仰いでいる我々ですら汗が滲むほどなのに!」


 驚いているサウナ信者達、胸を張っている魔王、眺めている俺とスライム君。


 常に冷ややかなスライム君を抱いて対応策を取っている俺と違って、魔王はまだまだやれるぞと言わんばかりに不敵に笑う。

「君達も脱ぎなさい、私が本当の熱波という奴を味わわせてやりましょう!」

 魔王が汗だくでそう言うと、言われた側に衝撃が走ったようだ。


「な、なんですって!!」

「ま、魔王様自ら!?」

「こうしてはいられない、外で待つ他の者も呼んできます!!」


 俺とスライム君は流石に退室しておいたが、一度冷水の浴槽で頭を冷やしてからぬるいお湯に浸かっていたら次々と裸の男達がなだれ込んでいく。


「彼ら全員の分、冷たいお水出しておこうかスライム君」

 ぷかりと浮かんでいる彼とサウナ室を眺め、中から雄叫びのような物が幾つも聞こえてくる。


 楽しめているようなら何よりなのだが、フラフラとした足取りのまま水風呂へと飛び込む者が続出している。流石にそろそろ止めておこう、とサウナ室へと向かうと全員が真っ赤になりながら出てきた。


「み、水……!」

 力のない顔で呆けるようにそう呟いてきた魔王に水を差しだし、その後ろでもう歩く事さえ困難な者達にも水を渡す。


 どうやら魔王の繰り出した凄まじい熱波は、彼らに大好評だったようだ。


 その後、誰かが宴会の席から持ってきた酒樽のおかげで浴場が混乱してしまったが、オーガとの闘いを寸劇をしながら一人一人が魔王に報告をしていき、お褒めの言葉を貰っていた。

「あれ、魔王様? 魔族同士で戦って、死人も出ているのはいいんですか? 聞きにくい事ですけど……」


 彼は手拭いを頭の上に乗せている。ここまで来るともう知らない人から見たら彼が魔王だなんて思う筈がない。敵対している者達にも恐らく気付かれる事はないだろう。


「そうですなぁ。ここの者達にも死んでいったオーガ達にも譲れない物というのはあるでしょう? その行きついた先の結果にアレコレ言っても仕方ありませんからね。我ら魔族、力こそが全て。その考えならば、生き残った物が正しいのですよ」


 そういう物か。


 そんな会話をしている時、入り口の方からヒューゴー達猫人族の番台さんから声をかけられた。


「ホリ様、あの、魔王様が居られる所申し訳ないのですが……」

「どうしたの?」


 彼は申し訳なさそうな表情を浮かべて、手で顔を掻いている。

「女性の方々が、『私達ももう一度汗を流したい、男性陣だけズルい!』と申されてまして……、その……」

「ああ、それもそうだね。ごめんね、気を遣わせちゃって。ありがとう」


「魔王様、そろそろ解散にしましょうか? どうやら男性陣だけで風呂を楽しめる時間は終わったようです」

「おお、そんなに時間が経っていましたか! 君達、浴室から出なさい。最後に少し掃除をしておこう」

 酔っ払っていても流石は魔王といったところ。

 スッパリと頭を切り替えて俺達が浴室から出た後に風魔法で換気をして、水の魔法でさっと浴室内を洗浄してくれるアフターケア付き。


 使用する前の、空気が湿気で包まれていない状態にしてくれた彼に男性陣全員でお礼を伝え、そのまま猫人族にもお礼を言って俺達は風呂場を出た。


 外に出ると魔王がいつものようにピシリとした怖い顔に戻る。先程までの緩んだ状態の怖い顔とはやはり違う物だな。

 彼は身だしなみを整えるようにしてからこちらに向き直る。


「時間を忘れて楽しんでしまいましたな。それでは私はそろそろこの辺で……」

「ああ、魔王様。忘れない内に鉱石と、プレゼントがありますよ」


 俺は持ってきておいた鞄の中にある鉱石、ブロック状にしてある大きな物を三つ程をその場に置き、アラクネ達の作ってくれる鉱石の粉を使った布の中でも特に出来が良い物を彼に手渡した。


「ほほう、これがホリ殿のとっておき、ですかな?」

「ええ、これで奥さんとムスメさんに服でも仕立ててあげて下さい。鉱石を使った道具じゃないと歯が立たないと思うのでそこだけは注意して下さいね」


 彼は手をかざし、眩い光を放つ。収納の魔法でしまっているのだろう。

 気に入って貰えればいいのだが。


「これはいい物を頂いて申し訳ありませんな、ツマ達にも言っておきます。それとこちらの鉱石、魔界の財務担当に渡して幾らになるかを調べさせますので、物資は何か欲しい物を考えておいて下さい。布はありがたく頂戴しますよ。感謝します」

「いえ、こちらこそいつも頂いてばかりだったので。役立てればいいのですが。それでは明日、朝……、どれくらいに出発かな?」


 口にしながら視線をゼルシュに向けると、急に話を振られ尻尾をピンと空へ向けている彼。やはり魔王の前だと緊張を常にしているように思えるな。当然と言えば当然なのかな。


 彼は顎に手を置き、頭を捻っている。隣に立っていたアギラールが代弁してくれた。

「朝食を食べてからでも構わないと思われます。我らの中で数人が日の出に罠を仕掛け、ある程度は確保できるようにはしておきますのでご安心を」

「うむ、ご苦労リザードマン君。それではホリ殿、明日の朝にまた来ますよ」

「ええ、魔王様。奥さんとムスメさんにもよろしくお伝えください」


 笑顔を浮かべて大きく頷くと、足元には帰還の魔法陣が浮かび上がり光を放ち始めている。

 ふっ、と彼の姿が消えるまで俺達は見守り、その影が無くなると皆が張りつめていた糸を緩めるように息を吐いた。

「フフ、みんなお疲れ様。さぁ、明日に備えて今日は休むとしようか?」

「ああ! 忘れてはいけない! 明日の漁には我々の今後がかかっているのだからな!」


 ゼルシュの叫びに木霊するように、あちこちから気合の入った声が上がる。


 魔王が来てくれたおかげで、ここに住む人達全員がここまで士気が高くなるのだから感謝をしておかないとな。


「よし! それじゃあ皆、明日も頑張るぞ!」

 手を握り締めて高く空へと突き出しながら、自分自身に言い聞かせるようにそう俺が叫んだら、周りも合わせて手を突き上げて叫ぶように気合を入れている。


 拠点に戻り、いざ寝ようと寝床の準備をしているところにアリヤ達も戻ってきた。

 彼らは久々にムスメに会えると喜んでいるのはいい、それに色々と楽しみなのはわかるんだけど……。


 それはまさに遠足前の子供状態で、はしゃぐ彼らが落ち着くまでは寝る事を許されず。

 俺達はスライム君を除いた全員が次の日寝不足に見舞われた。



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