第65話 美味の音
轟音と共に降り注ぐ美しい水。
削り出した白銀の山間から始まる滝の風景は幻想的な魅力があり、映像が心に刻まれていく。
俺が作り出した今回のこのアトラクション、以前にリザードマン達が『滝が好き』といったニュアンスの発言をしていた事から試しに作った物で、養殖をやるに当たって彼らの協力は必要不可欠。
それに報いれるように、これくらいは最低限してあげたいという軽い気持ちで作った物だった。
とは言っても、山を切り出してその上に台座を設置。首飾りの固定できる装置に苦戦したくらいで、あとは水の着水予定地に大きな穴を開けて滝壺の役割の水槽、そこからパッサン作リザードマンが改修した養殖用の生け簀に水が流れるように水路を繋げたくらいなのだが。
滝壺の水槽部分も、穴の縁の部分を多少高くしてある。生け簀の水がこちらに逆流して水を汚すような事もないだろう。
滝は今回だけのデモンストレーションのような物なので、以降やる事はない。
何せうるさい。
リザードマン達は全然気にしてないようだが、耳の良い種族達にはかなりの物だという事で、特に猫人族の大多数が震えるように怯えてしまう程だった。
確かに見た目は美しい、更に近くまで来れば霧に包まれて薄着ならば寒いほどだろう。
だが、こういった物は秘境などにあるべきである。この轟音が響く中、近くで睡眠を取れという程必要な物でもない。
「デモ、ホリ様トシーガ作ッタ物、無駄ニナッチャウノ勿体ナイネ」
「そうねェ。見た目も綺麗だからァ、もっと場所に余裕が出来たら改めて作ればいいんじゃなァい?」
ベルとラヴィーニアがそう話している、山を削りだして植林が出来たらその一部分に滝設置してみるかな。
「まぁ、今回はシーには悪いけどこれだけのつもりで作ったしね。リザードマン達にお礼も兼ねてるからそっちの意味合いの方が大きいよ。それにシーと気合いれて作ったのは滝よりも、こっちの方だし」
俺とシーの力作、三段構造の噴水設備である。
次からは、これを滝壺の水槽内に設置してその頂上に首飾りを設置して水を出しておけばいい。噴水の高さを利用して居住区の家庭菜園の場所まで水も引きやすいだろう。
「ホリ様! アッチノ方ニ水ガ流レマスヨ!!」
「おお、うまく水路を伝っていくな。いいぞいいぞ!」
アリヤとアナスタシアが満水になった水槽から伝っていく水を見守っている。
俺もそちらを観察したい。そのために取り急ぎやらないといけない事が一つ。
テンションが振り切れてしまって、勢いで滝行を決め込んでいるリザードマンと真似をした各種族達を回収する事だ。
ペイトンやオレグ始め、泳げない連中が無理するなよ……。
「おお、ルース! いよいよ貯まり始めたな!」
「ヒッヒッヒ、年甲斐もなく少しはしゃいじまいそうだよ。後はここに、森で採ってきた木材を使ってね……」
救助を完了させて戻ると、ラルバとト・ルースが大穴の縁に座り中を伺って楽し気に話をしている。
今回の計画のその核となる部分だしな。
皆が水槽を見守ってはいるが大事な問題が一つある。
「満杯になるまでそこそこ時間かかるよねこれ?」
「この穴大きいから……。いっその事……魔法で水出しちゃう……?」
俺とトレニィアの会話を聞いて、顎を爪で掻きながらト・ルースが立ち上がった。
「ふむ、それならあたしがやりましょうかねぇ」
「え、大丈夫? 何だったらゼルシュに無理って言ってもやらせるから別にいいよ?」
「えっ」
ポカンと口を開いているびしょ濡れのリザードマンは放っておいて、ト・ルースが首を横に振った。
「いや、他の子達の魔法だとちと調整が難しいと思いますわい。まぁ任せてくだされ」
ト・ルースが鉱石の杖の先で空へ絵を描くようにすると、静かに湧き上がるように水かさが増していく。
確かに他のリザードマン達が使う水の魔法のような荒々しさがなく、攻撃する為に使う物とは違う。
量も加減しながらやっているようで、一気に増えるような事もなさそうだ。
「これは凄いな。見事な物だ」
「でしょ! でもおばあちゃんの水魔法は本当はもっと凄いんだからね!」
レリーアがやれやれといった空気を纏いながら、リューシィのおばあちゃん自慢に付き合っている。
実際何がどう凄いのかは俺には全く分からないが、ゼルシュやリューシィ、他のリザードマン達がやっていたら間違いなく洪水みたいになって、折角作った水槽の中がグチャグチャになりそうだったしな。これはありがたい。
どっこいしょ、とその調整が終わったト・ルースが再度座り込む。
「ありがとうト・ルース。疲れてない?」
「ヒッヒ、こと水の魔法であたしに勝てるのはそうそうおりませんよ。若いのにはまだまだ負けてやるつもりもありませんわい」
水筒の水をあげるとおいしそうに飲み込んでいる彼女のおかげで、そう時間もかからず次の排水のラインまで行きそうだ。
「水槽の中もいい感じだね。あと問題は外の水路くらいかな?」
「外の水路にも水が行き始めてるみたい……。見に行って見る……?」
トレニィアとそんな話をしている頃どうやら何か問題が起きた様で。
パメラとペトラが走ってやってきた。
「ほ、ホリ様!! 滝壺の方がまずいです!!」
「急いで来てください!!」
パメラとペトラに呼ばれて行って見ると、まぁ当然というか予想していたけど、あまり考えないようにしていた問題が。
滝の勢いがある為、全ての水が水路を伝っていかずに水槽の外へと溢れている。
「ああ、やっぱり排水が追い付かなかったか……。ちょっと水路の横幅と深さを大きくして対処しておこう、二人共教えてくれてありがとう」
危惧はしていたので一応流れ込む水量を調整できるように水路を作ってある、そして板を建てかけ勢いを受け止めて事なきを得た。
リザードマン達には悪いが、滝はそろそろお終いとさせてもらおう。
水路の方はと言うと、流れ始めた水を追いかけて走り始めた白銀のケンタウロスを先頭にかなりの人数が拠点の外へと行ってしまった。あちらの出来栄えは彼らが見守ってくれるだろう。
残った数名と共に滝の発生源を下へと降ろし、用意しておいた噴水を設置する。
リザードマンで唯一残ってくれたアギラール、彼がいてくれてよかった。ト・ルースに肉体労働させる訳にもいかないし。
想像以上に水中の作業に難航したがとりあえずは完成させる事が出来、魔石の効力が切れて水が止まった際に改めてちゃんと設置し直すという事にしておく。
首飾りから溢れる水の勢いも、最初に見せていた噴き上げる火山のような激しさがなくなり静かに、だが水量がそれほど衰える事もなく青い光を煌々と輝かせて水を生み出している。
「よし、あとは水路の様子だけだね。どこまでいったのかな?」
「あの様子ですから……、川の合流地点まで行くと思いますよ。間違いなく……」
「ヒッヒッヒ、若さという奴ですわい。あたしにも覚えがありますよ」
「オババ様に若い頃なんてあったのですか?」というアギラールが続けて放った発言に爽快感のある音を出して尻尾で背中を叩いたト・ルース。
水量としても、水槽同士を繋げている水路の調整を改めて行っておけば問題も出なさそうだな。
「よし、ト・ルース。これで後は魚の問題だね、そちらはどうなったんだろうか?」
「ええ、ええ。候補は決まっとります。後はその魚を大量に獲るだけですかねえ。この大穴に見合うだけの魚の数といったら、気合を入れにゃなりませんよ」
「やるとしたら明日の早朝からでしょうかね。狙っている魚が一番動きを見せるので、まず我らで先に獲っておきますか」
まぁ、暫くはその魚が獲れてもここに放していくだろうし、焦ったところで何か変わるもんでもないよな。
「いや、それもみんなでやればいいんじゃない? 魚獲りに関してはリザードマンに一任しているけど、これを機に俺達にもコツを教えてほしいし。まぁ俺は釣りしたいだけなんだけどね」
実は釣り竿は用意してある。
鉱石を細くして伸ばす簡単なお仕事だった為、数も割と多く作れてしまった。数をこなすと徐々にうまくなっていく自分のハンマー捌きに酔ってしまった結果ともいう。
響いてくる蹄の音、白銀のケンタウロスが珍しく表情を崩して、笑顔でこちらに走ってきている事から水路の方も問題はなかったようだ。
「ホリ、問題はなかったぞ。最初は川まで届くかは不安だったが、確かにこの目で確認をしてきた!」
「アナスタシア、お疲れ様。それでもまだまだこれからだよ。あとは魚を獲らないといけないしね。明日早朝にリザードマン達と漁をするけどケンタウロス達はどうする?」
腕を組んで少し考え込んでいるようだ。
ケンタウロス達は泳ぐのが好きな子も多いが、リザードマン達のように速く泳げるわけでもないからその事を考えているのだろうか。
「泳げない人達用に釣り竿も作っておいたよ。ラヴィーニア達に糸作って貰えれば、針も鉱石で作っておいたのがあるしどうにか出来るんじゃないかな?」
「おお、それなら私でも役立てそうだな。早朝だな、参加したい者は自由に参加させてしまおう。後でどれだけ参加するか数を取っておこう」
「助かるよ」
結果的には明日早朝からの漁にはほぼ全員の参加が決定した。まさかスライム君すら来るとは。
その為、今日はいつもより狩猟の時間を増やして明日の分も賄えるようにしようという流れになったので、各々の気合も凄い。
森の中に入るのも久しぶりだな、何だかんだと来ることが少ないし。何か森へ来るといつも痛い思いをしている気もする。どうしてだろう……?
「アッ! ホリ様目ヲ瞑ッテ!!」
「ギャアアアッ!!」
そうだ、ゴブリン達が俺に気を使って特定の虫を退治してくれるんだった。それにしても頻度高すぎるでしょ、どれだけいるんだあのGは。
「アレッ? アリヤソレ違ウ虫ダヨ、ホリ様ノ嫌イナ奴ジャナイネ」
「アッ! 間違エチャッタ!」
くう、彼らの気遣いを無駄に出来ないから注意し辛いな。
「皆、別に俺の目を潰さなくても、言ってくれればちゃんと瞑るからさ」
「危ないッ」
「ぐぉおおおおおっ!!」
今度は猫人族の人に目を押さえられた。押さえてくれたのはシュレン、それは良いんだけどもう少し優しくできませんか……! ゴブリン達と違って目自体にダメージはそれほどないが、爪が突き刺さり眉の辺りから出血をしてしまった。
「恐ろしい森だね、虫がいっぱいで自然が豊かなのはわかった。だから皆、俺の目にもう少し優しく……」
「あぶなぁい!!」
「君達があぶなぁい!!」
最後はルゥシアの爪に襲われたが回避する事が出来て何とかなったが……。ダメだ、普段心優しい彼らが常に俺の目を潰そうとしてるハンターに見えてきた。こういう時は……。
「アナエもーん!! 皆が僕の目を潰してくるんだぁー!」
「何だその呼び方は……。こ、こら離れろ。わざわざ抱き着かなくてもいいだろう」
「ヒィィィィイイン!! ヒィィィィイイン!!」
はぁ、何ていい香りがするんだろう。ここはきっと桃源郷。
彼女のアレはアラクネの長女のモノとはかなり違う、サイズもそうだがそれよりも張りが素晴らしい。包むようなラヴィーニアと違う、弾力で弾むような彼女のモノ。いや、何がとは言わないけど。
今日は防具を付けていないのを確認した上でやっているので、普段は殆ど味わえない感触。顔を思い切り埋めると彼女は春の陽気の中で吹く風の匂いがする。
これはケンタウロス共通なのか、彼女本来の物なのか。以前に渡した香水の香りも良かったけど、これも捨てがたい。
「ぺ、ペトラさん、あれが姫様の言っていた噂の『抱き着き』ですね!!」
「オラトリさん、あれ『コナキジジイ』って技らしいですよ。ホリ様が前に言ってました!」
「恐ろしい、ホリ様相手では力尽くで引き剥がすのもアレですしね。姫様がいなくてよかった……、あれっ? でも姫様に抱き留めさせれば……?」
オラトリとペトラ、あと侍女の誰かが話をしている。だがそんな事はどうでもいいのだ! この感触を楽しむ事こそOPI鑑定士の道が開けるのだから!
「ほ、ホリ。その、困る。皆が見ているだろう?」
普段とあまり変わらない表情なのに、恥ずかしさからか多少顔を赤らめている彼女の意見は聞こえなかったフリをしよう。他者からの視線なんて気にした方が負けなのだ!
「コリャッ!!」
「あがっ!」
俺の幸せ空間は、後頭部への衝撃を見舞ってきた誰かの一撃で消えてしまった。
後ろを振り返ると、ラルバが眉を吊り上げ怒りの表情を浮かべて立っているのだが、肌が赤いからめちゃくちゃ怒っているようにも見える。
「ホリ様! 人の目がある中でそのような事をしてはなりません! やるのなら夜にウォック殿の寝室でなさるのが筋でしょう!!」
「それもそうだなっ! 続きは寝室でやるとしよう!」
「おい、勝手に決めるなよおい!」
アナスタシアとラルバの二名からその後たっぷりと怒られ、どさくさに紛れて夜襲撃しようと思ったが「無断で寝室に来たら、槍が飛んでくると思ってくれ」と見据えるようにして言われたので断念しておいた。
どこに槍が飛んでくるのかわからない為、その質問をした際「いっそ女になりたいか?」という発言と、少し下へと視線を落としてきた行動が一層恐怖心を煽ってきたので、ジャパニーズ謝罪スタイルで誠心誠意謝った。
そんなこんなで、森を散策しているとペトラとシュレンが色々と教えてくれる。
「これは食べられる物、こちらは毒があります。こちらは葉の部分に火を通せば食べられますが、とても苦い物ですので余り食用向きではありません。これも毒がありますね」
「この山菜をスライムさんがサラダによく入れています。あ、ペトラ。薬草汁に使うコレも在ったよ」
何ていうことだ、彼女に武器を与えてしまったぞ。
彼女達は和気藹々と山菜を握り締めて次の薬草汁の計画を立てているが、周りが青い顔をしている事に何故気付かないのだ君達!!
「これだけ山菜があれば、久しぶりに天ぷらが食いたいなぁ。醤油がないのは残念だけど、新鮮な山菜なら塩でも美味しく頂けるだろうし……」
「テンプラ? ナンデスカソレ?」
「野菜とか、魚とか、キノコとかに衣をつけて油で揚げるんだよ。スライム君の出してくれる揚げ物はパン粉を使った物が中心だったし、それなら今夜やってあげようか? 小麦粉もたっぷりある事だしね」
「美味しいんですか? それは」
「うん、俺は天ぷら好物だなー。その中でも好みが別れるよ、水の中の生物を揚げた物が一番おいしいっていう人もいるし、野菜が一番おいしいっていう人もいるし。山菜を天ぷらにすると少しエグ味が無くなって食べやすくなるしね」
料理班の目つきが多少変わったような気がする。
こちらの世界は割と食文化も進んでいるからありそうな物だけど、卵を恒常的に手に入れられるというのは地域によるだろうし、一般的ではないかもしれないな。
「ルゥシア、今日って卵貰える? 何個か貰えると嬉しいんだけど」
「おー? 出しそうな子が何人かいるから大丈夫だよ!」
彼女にお礼を伝えてそれ以上深くは聞かない、誰々の卵とか想像したら手が止まってしまうから。
結構な人数が興味あり気に話をしている。
「それなら後で興味のある子はおいでよ。スライム君と話をしておいて、食べれる量を用意しておくから」
「いいんですか!?」
「私! 私も行きたい!」
「ホリ様、俺もいきたいです!」
参加者が続々と現れるが、この分だと凄い人数になってしまいそうだな。
俺達の洞穴前ではちょっと手狭になっちゃうかな……?
「それならいっその事、明日の漁に向けて英気を養うって事で軽く飲み会にしようか。明日にお酒が残っちゃうのはアレだから飲みすぎはダメだけど」
そういうと、色めき立つ一同。
お酒は何かの折にしか飲めないから、機会を見つけては酒宴をしているけどやりすぎかな? 魔王に貰った酒も、俺が買ってきた酒もまだまだ残っているけど。
今度また彼が来たらあのお酒も頂いておきたい。買ってきた奴も美味しいけど、同じものだけでは飽きる。無くなるというのは避けたいからなー。
そこから、目の色が変わった者達にペトラとシュレンといった食べられる山菜かどうかを判断できる者を連れまわし、森の端から食料を探し回るといった活躍を見せてくれる。結果的に荷車の荷台から零れるのではという程の量の山菜を採ってしまったが、それでも根こそぎ採るような事はせず、ちゃんと残してあるという。
それだけ広範囲に渡って探索した結果という事だろう。
特に野菜好きなケンタウロス達は楽しみにしているようだ。彼らは新鮮な野菜をサラダで食べるのが好きなのだと思っていたが、火を通してもうまい物はうまいのだと白銀のケンタウロスが熱く語っていた。
魚も天ぷらにするとうまいよという発言を聞き逃さなかったリザードマン達は、山菜探しを他種族に任せて、自分達はしっかりと魚を確保しているという貪欲さ。
まぁ俺が作る天ぷらが気に入らなくてもスライム君がそれを発展させて、いつか極上の物に昇華させてくれるだろう。
先にケンタウロスが戻り、今日は飲み会という事を伝えてくれているので食料集めが終わって拠点に戻ると猫人族の人達が風呂も用意してくれていた。
料理するし、泥だらけは流石によくないよな。ささっと身を清めて料理の下拵えをしよう。
「お、スライム君。今日はちょっと一品作らせてね。食べたい物があるんだ」
彼はぷるぷると今日も魅力的。
「そうだ、先に少し作ってみるからスライム君につゆというか、ソースを作ってもらおうかな?」
ポンポンと跳ねてくれているので肯定的な意味合いだろう。
屋外だから火力が大丈夫か不安だったが、丁度いい塩梅の油の温度になった。ハーピー達から貰った卵や、油を切る為の道具の準備も出来ている。
食材に衣をつけて鍋に入れていくと揚げ物特有の食欲をそそる音が響き、空腹には辛い空間を生み出していく。
三枚に下ろした魚、様々な種類の山菜、量は少ないが一通り自分の分とスライム君の分を揚げる事が出来たので、さっと塩をふって試食をしてみる。まずは魚の方から。
サクリと音を立てて噛み切ると、天ぷら特有の食感、熱さが魚の旨味と共に口に広がる。
「んーっ! これこれ! 久々に食べたから尚おいしい!」
スライム君に食べてもらう前に自分だけ試食させてもらったが、揚げの方にも問題はなさそうだ。それにハーピーの卵だからか? 多少風味が強く出ているような。
「火の通りも大丈夫そうだ。スライム君、試食お願いします。熱いから気をつけてね」
ポンポンと跳ねて、彼も魚から手を付けるように触手を伸ばした。
このじわりじわりと食材が消えていく様が何度見ていても飽きない。
「どうかな……?」
俺の言葉を聞いて、小刻みに揺れていたので少し不安になったが、一際高くジャンプをした彼。大丈夫そうだ。
彼が山菜の方にも手を伸ばしたので、俺も頂く。
次の天ぷらを頬張り咀嚼すると、まず山菜の風味が香り高く鼻を抜けて、口の中に広がるのはほろ苦さを伴う旨味。
これは塩だけの方が却っておいしく頂けるかもしれないが、相手は料理の鉄スライムだからな……。もっと美味くするつゆを作ってくるかも知れない。
「うーん、うまい! やっぱり揚げ物は揚げたてが最高だな! 酒欲しいー!」
スライム君がそっと横にカップを置いてきた、まさか……。
カップに鼻を近づけると、魔王が以前にくれたお酒の香りがする。
「お酒じゃないですか……、どれだけ気が利くのスライムさん……!」
ポンと一つ跳ねているので、山菜の天ぷらを頬張ってからカップの中身を頂いてみる。ソレが喉を通ると、お腹の中が一気に熱くなる感覚。
「ふぁー! たまりません!!」
俺の反応を楽しむようにして揺れるスライム君、珍しく彼が自分にも同じ物を用意して楽しんでいるようなので、この料理も気に入ってくれたのだろうか。
今じゃ蕎麦も彼がたまに作る物は極上の物になっている。これも彼がもっと美味く仕上げてくれるだろう、プロに任せた方がいいのだ。
グウィリーフィッシュという今回養殖の核になる選定された魚を天ぷらにしてみたのだが、これがまた美味い。
揚げたてのソレを口の中に放り込み、衣の中から出てくると共にほろほろと身が崩れていく。その際に生まれるこの魚の味が臭みもなく、塩をかけているのにむしろ仄かに甘さを感じさせるのが堪らない。
もしこれが安定して食べられるなら俺的には最高だな。養殖がうまくいけばいいんだけど……。
「うん、この魚もいけるな。大体の物は一通り揚げられたけど、どうかなスライム君? つゆ出来そう?」
ポンポンと跳ねた後に調理器具が置いてある方へと向かったので、大丈夫そうだ。
その後、戻ってきたスライム君に天ぷらの揚げ方を説明をして幾つかやってもらったが、元々の技術力が違うので数回やっただけでコツを掴んでほぼ完璧に仕上げていた。
「お、宴会の準備の方も大体終わったみたいだね」
ウタノハの侍女の一人に声をかけると彼女は何かを堪えるように歯を食い縛っていた。
「ホリ様、先程からおいしそうな匂いとこの不思議な音でお腹の音が鳴り止みません! 後生ですから、少しだけでいいので試食させて下さい!」
「ええ!? ずるいわ、ホリ様私の分も!」
食事時だしな、皆に食べてもらう前に彼女達にも味を見てもらっておいた方がいいか。彼女達も最初会った時の厳かな感じがなくなって大分砕けてきたなぁ。
少し笑いを漏らしてしまったが、それなら席を用意してくれた彼女達に報いろう。
「食べる直前に揚げようと思って前準備してあるからいいけど、じゃあ君達二人にも味見してもらおうかな? 内緒にしておいてね?」
「はい!」
「やったー!」
揚げたての魚と山菜を二人分用意して塩をかけ、彼女達の前に並べると唾を飲み込むようにして多少緊張しているのが見て取れる。
「はい、熱いから気を付けてね」
「はい!」
「頂きます!!」
言われるがまま冷ますように息を吹きかけて、二人が小さな口を広げて一口魚の天ぷらを頬張る。噛み切る音から、揚げた物も生という事もなさそうだ。
彼女達はというと、一人は目をぎゅっと力強く瞑りぱたぱたと空いている手を慌ただしく上下させ。もう一方はというと頬に手を当てて、静かに目を瞑って上空を向いている。
「美味しいッ! 最高です!!」
「天にも昇る思いです、美味しい……」
その感想を聞いて受け入れられた事にほっと胸をなでおろす。ダメな人もいるかもしれないから、無理をさせたくはないしな。
「お腹が減ってるのもあっただろうね、気に入って貰えたようで何よりだよ。そっちの山菜の方も食べてみて」
山菜の方も口に入れていく彼女達。
「んんー! こちらも独特の風味があって美味しいですッ!」
「ああ、美味しい……。先程の物もそうですが、語り尽くしたい程に魅力が溢れる料理ですね」
スライム君が足元にやってきて小皿を彼女達の前に置いてきた。中には何かのつゆのような物が。
「スライム君、もうつゆ作ったの? 仕事速すぎでしょ! 一緒に仕込みやってたのに全然気が付かなかった……!」
「ホリ様、これは……?」
彼女達は小皿を手に取り、匂いを確かめている。丁度いいから彼女達で試してみるとしよう。
「それはその天ぷらに合う物をスライム君に作ってもらったんだよ。軽くつけて食べてみてくれる?」
新たに揚げた天ぷらを彼女達の前に並べて試食をしてもらった。
恐る恐るといった具合に少しだけつけて、それを口に運ぶと彼女達は目を大きく見開いた。
そしてほぼ無言のまま次の山菜の方も同じ様にしてそれを口にして、あっという間に試食の品を完食したので大丈夫そうだ。
彼女達がそれを食べ切り、皿を返してくる。
「最高でした……」
「ええ、塩だけの物もあのソースをつけた物も、どちらもその一言でしか言い表せません。幾らでも食べられそうな気がします」
二人が感想を教えてくれる、少なくともオーガはこの様子なら大丈夫かな?
「気に入って貰えてよかったよ。他の山菜や魚も、さっき試しに食べてみたら美味しかったから宴会の時に期待しててね」
「はい!」
「全種類網羅します!」
まず男性陣が風呂から上がり、彼らと席について談笑をしている内に次は女性陣が戻ってきた。
ヒューゴー達に、時間がかかるサウナは今日はやらなくていいと言っておいたし、皆空腹だからか風呂も比較的早い。
ポッドの傍での宴会もこれで何度目か、といっても今日はそれほど飲む事は出来ないだろう。何せ……。
「いや皆さ、揚げたてが美味いって言ったのは俺だけど、わざわざ周りを囲わなくてもいいんじゃないの?」
「どうせなら一番美味い時に食べたいじゃないか!」
「そうです! ホリ様、うまい物をうまい時に味わい、魔王様に感謝をする! これは当然の事ですよ!!」
「ああ、魔王様。今宵新たな美食に出会える事を貴方に感謝します……」
彼女が祈りを捧げるようにしてそう呟くと、俺の後ろからそれに応える声がはっきりと聞こえた。
「誰か呼びましたかな?」
随分と久しぶりに魔王がやってきたのだ。
うーん、久々に見るとやはり怖いな、この顔! 慣れない! 彼の登場に魔族は大きな声を上げて驚いた後、一斉に跪いてしまったが……。
「魔王様、お久しぶりです。これから軽く飲もうって事で料理作るところなんですけど、一緒に飲みましょうよ。これから一品作るので、審査員として評価を貰ってもいいですか?」
「おお、ホリ殿。貴方が作る料理を食べるのは初めてになりますかな? それならこの私が、魔族を代表して頂きましょう! 酒も持ってきましたよ!」
彼はマントを翻すようにすると、その手から光を放ち何処からともなく酒樽を大量に出してきた。いいタイミングすぎてありがたい。
彼に食べてもらうという事で少し緊張をしてきたが、俺以上に緊張している魔族達を見ていたらそれも和らいだ。
とりあえず、席に座って既にお酒を楽しんでいる彼に味見をしてもらおう。
魔王も明日の漁に参加してくれないかな? 料理を作ったら聞いてみるか。
考え事をしながら魚の切り身を油に投入したからか、水気を弾くように小さな破裂音と共に油が跳ねてしまった。
「グゥォオオオオオオッ!!」
それを鼻先で受け止めたリザードマンの一人が悲鳴を上げながらゴロゴロと転がっていく。
ゼルシュ、何で覗き込んでたの……?




