第34話 生きる為に走る(後編)
日本で年齢を重ねる毎にする事のなくなった全力疾走も、こちらの世界では頻繁にやっている。鈍っていた体も日々の肉体労働と稽古などにより、少しずつ研鑽されていると思いたい。
「ホリ様! 遅イ遅イ!! 頑張ッテ!」
「キテル! 追イツイテキテル!!」
焼肉機能搭載型リヤカーを引っ張りながら全力で走り、割と既に虫の息になりかけている俺、そしてリヤカーを押し、周囲確認しながら走り、更には俺に檄を飛ばしてくれるゴブリン達。
その少し後方には、怖くて見ていないがかなりの数の飢えた野獣のようなゴブリンが大挙しているようで。
「シー!! オ願イ!!」
アリヤが見ている方向の敵が近づいてきたのだろう、突出してきたゴブリンにシーが魔法で嫌がらせをして、追い付かせないようにするというトリッキーなプレイをこなしている。
後ろを見る事は出来ないが、それなりの数いるのだろうか? 出来る限り引き付けていかないと走っている意味がない! やるからには最大限に成果を出していきたいのだ! じゃないとまたこんな目に合わされるかもしれないし!
俺はとにかく息を吸い込み、大きく吐き出し、叫ぶようにして後ろのベルに問いかけた。
「ベル! 後ろの数確認できる!? どれくらいいるか大体でいいから教えて!」
そう大きく声を出すが、言葉がもう殆どハァハァという呼吸音で消えてるのではないかと思う程苦しい。
それでも、後ろの方から確認を取ったベルの声が聞こえてきた!
「イッパイ! イッパイイル!! 数ハワカンナイ!!」
「よおし! もうこうなったら蛇行しまくって、敵を煽りまくってやろう!」
「ハイ!」
森の傍を抜けるようにして、とにかく騒ぎ立てながら走り続ける。
だが、ただ走っているだけでは相手が諦めてしまいかねない。
その対抗案として考えられたプランが……。
「ホリ様、速度オトシテ! 相手離レテキタ!」
「ハァ、ハァ、あいよぉ! こんなもんならどうだ!」
「オトシスギ! モウ少シ急イデ!!」
この『負けないでもう少……あれ? ゴールは意外と近づいてない』作戦だ!!
このペースアップとダウンの繰り返しで只でさえ足が棒のようになり感覚がマヒしているのに、また負担がかかる!
作戦考えたの誰だよ!? 俺だよ! うすら寒い笑い浮かべながら思いついちゃったんだよ!
「くそお、ベル! 数はどうだ! 増えてるか!?」
「増エテル! アト『イータルヴォルフ』ニ乗ッテル奴ノ中ニ、キングイルヨ!!」
「何ィ!! よし、蛇行は止め! 目標地点に急ぐぞ!」
アリヤとベルの大きな返事が聞こえた。シーも応えてくれているだろう。
もう腰から下だけに体の全神経と力を集中させるようにしている為、上半身を傾けて確認すら億劫になってしまっている。
「それにしてもハァハァ、なんであいつらバテてないの! 体力ありすぎじゃないの!?」
「アイツラキングガイルカラ! 疲労トカ感ジナイヨ!!」
「何ィッ!!? この作戦無謀すぎた! 考えた奴誰だよぉ!!」
「ホリ様! 考エタノホリ様ダヨ!!」
くそぉ、死んだら神様に迸る汗をぶつけてやる!!
それでも力を振り絞り、歯を食いしばり、そして走り続ける。
もし止まってしまったら、もし走る事ができなくなったら。
その後の事なんて明らかだ。虫けらのように殺されて、肉を貪られるだけ。
そんな事が頭を過る。ただそれは別の思いで上書きされた。
自分と仲間達が作り上げてきた物を守る為、仲間を守る為、そして仲間の仲間を守る為に、自分の存在意義を、生きる目標を守る為に。そうした理由が上書きされていく。
足が、膝が、もう止まれと警告してくるが、頭に浮かんだ理由達が止まる事を許してくれなかった。
そして、待ちに待った時が来る。それを見つけたアリヤが思い切り叫んだ。
「ホリ様! 目標ノ場所見エタ! モウスグダヨ!」
「いよおし! ベル! 荷物落とせー!」
「リョーカーイ!」
ベルが荷台に飛び乗り、ここまでついてきた連中への最後の晩餐をプレゼントする。
赤々と燃える薪ごとプレゼントだ!
「おし、これで後は壁まで走るぞ! みんないくぞ!」
そう声をかけた時、限界をとうに超えていた足がもつれ転んでしまった!
「ホリ様!」と少し先を走っていたアリヤが気づき、こちらに寄ってくる。
「大丈夫! いける……ウッ!?」足首を捻ったようで、立ち上がろうとして再度転んでしまう。
アリヤに手を貸してもらい、何とか最終目的地の今回の為に掘っておいた洞窟の前まで来たが、そこでとうとう恐れていた事が起きた。
落とした肉を夢中で喰らっている奴らの中で、他のゴブリンより倍は大きいゴブリンが俺達に気付き、走り出してきた。そして周りの数匹の敵もそれに続き、俺達に向かってきている!
「ホリ様! 早ク! 早ク!」
掘っていた穴の中から叫ぶベルの声で、猶予がほぼないという事はわかる。だが足が思うように動かない!
「ホリ様、頑張ッテ! 頑張ッテ!」
アリヤの叫びの直後、醜悪な顔をしたイータルヴォルフと呼ばれる狼のような何かが高く飛び上がり、肉を抉ろうと大きく口を開いてきた!
――やばい! やられる!
そう思った次の瞬間に、俺の耳に空気を切り裂く音が響いた。そして今まさに飛びつこうとしていた敵の眉間に槍が生えてきたように突き刺さり、「ギャンッ!!」という短い断末魔を上げた狼はそのまま絶命した――
この穴はこの作戦の為に掘っておいた穴、その中から声と、蹄の音が聞こえる。
「ふう、やはり私はこちらに来ておいて正解だったな」
いつもの服や革の軽装ではない、銀の胸当てに黒い籠手、鎧の下の部分には耳飾りと同じ色の青い鎖帷子のような物が着けられているアナスタシア=ウォックの姿があった。
その彼女が再度転んでしまった俺を横抱きのように抱え上げ、優しく洞窟の中に運び入れた。そして何故か強めに抱きしめられている……。
「よくやったな。アリヤ達、武器はそこだ、ホリを頼むぞ?」
彼女が指を差し、用意しておいたいくつものかがり火の中の魔石に火をつける。
ぐるりと肉を落とした場所を囲むようにして火が灯り、周囲を照らす。
「おわぁ……、すげえいるじゃん……」
正確に何匹というのはわからないが、囮としての役目は成功したようだ。
それを確認したところで洞窟の中に入り込み、倒れ込んだ。
「後は、任せたよ……」
息も絶え絶えにそう声をかけたら、耳飾りを揺らして振り返る彼女は笑顔で応えた。その足元には既に先程こちらに駆けていた大きなゴブリンの亡骸が……、えっ仕事早い!
「任された」
いい笑顔だなぁ、顔に血がついてなければ。
――アナスタシアが出した合図として生み出されたかがり火の光によって、周囲が灯され、肉と一緒に落とされた薪と油にも引火したこともあり、ゴブリンの集団は夜間なのに鮮明と映し出されていた。
「よし! 合図だ、一番から四番! 撃て!」
前日余興で作成された投石機によって放たれた巨大な岩が、ゴブリン達の集団に向かい突き刺さる。岩と地面が出した音を合図に、今度は別の部隊が行動を開始した。
隠れていたケンタウロスのオレグ率いる十名程の弓騎兵隊が、次弾の投石を準備する間に、ゴブリンの集団に向かい弓を射る。
相手の動きを封じる為、当てる事よりも牽制を重視し、騎兵の移動力を発揮し相手の周りを動き回り、投石の準備を待つ。
トレビュシェットが置いてある壁の上から次弾の準備ができたという合図が送られてくると、「下がるぞ!!」とそのまま離脱していくオレグの騎兵隊。
彼の集団に追い縋ろうと、かなりの数の怒り狂うゴブリンが追走する。
「来たか……、お前らやるぞ!!」
だが、そうして追いかけてきたゴブリン達を待ち構えていたのは、闇に伏せ身を隠していたゼルシュ率いるリザードマン。
そのリザードマン達により、追ってきたゴブリン達は撃破されていく。
ゴブリン達の集団にはというと、再度、投石機による今度は小振りな石が数多く降り注ぎ、ダメージを蓄積させていった。
流石に逃げ出そうとするゴブリン達、そこにまた牽制を始める弓騎兵。
牧羊犬に追い立てられる羊のように、まさに袋の鼠となり、中央で肉を貪っていたゴブリンの王が怒り、叫び、指示を出す。それに伴って一つの方向に全員で逃げ出した。
来た道を帰るようにしている彼らは、倒れた仲間を盾に矢を防ぎ、後退していく。
弓騎兵の矢を喰らおうがまさに御構い無し。
しかし、その道中にはホリが以前に掘っていたもう一つの穴から、槍で武装したケンタウロス達が現れた!
体の大きな上級戦士のゴブリンが相手をしているが分が悪いと判断したゴブリンの王は、また別の方向に逃げねば! と思ったのだが。
「まだ逃げれると思っているのか? 野生のゴブリンはこれだから……」
ケンタウロス達が現れた方向とは別の場所に、一匹のケンタウロスが悠然と風を切るように歩いてきた。歩いてきた方向を示すように、彼女の後ろには並みのゴブリンより体が大きい上級戦士のゴブリンが何体も屍として転がっている。
そのケンタウロスが大きな槍を軽々と扱い、体を捻るようにして投げると――
「ギャアッ!!」とゴブリンキングのすぐ横にいた一際大きな体をしたゴブリンウォーリアーの腹に風穴が開いていた。
「ん? やはり久々で槍の腕が鈍ってしまったな。王を狙ったつもりだったのだが……。明日から槍も稽古して……、そうだ、ホリも槍の稽古をさせよう! それならきっと素晴らしい訓練になるな!」
ゴブリンの王は震えている。後ろのケンタウロスの集団よりも明確な死を感じさせるこの存在に、近づいてはいけないと本能で理解したのだ。
そして、思考を転身させてそのままケンタウロスの集団がいる方を強行突破しようとした時――!
「逃げれると思うな」
既に剣を抜き、こちらに肉薄しているケンタウロスに首を打ち落とされ、ゴブリンの王はたった一日だけの短い生涯を終えた。
「ウォック! 討ち取ったか!?」
「ゼルシュ、この首を持ってホリの元へ行け。安心するだろう」
ゴブリンの一団を殲滅させ、合流したゼルシュ達リザードマンに王の首を投げ、そう告げるアナスタシア。
「持っていって安心どころか悲鳴を上げるだろう」と、ゼルシュは首元まで出てきた言葉を吞む。
「私はまだ少し奴らを狩る。ホリの頑張りに見合うだけの働きをせねば、生涯の伴侶として認めてもらえないだろう。頼むぞ」
ん? と首を傾げ、彼女の発言を聞き損じたゼルシュが首を受け取り、アナスタシアはまたゴブリンの集団に駆けだした。
ほぼ全てのゴブリン達を討ち取るのにそこまでの時間は必要とせず。ホリ達が囮を成功させた後の僅かな時間でゴブリン達の集団はこの世から姿を消した――
「終わったのか……な……? うわっ、グロッ……!」
鳴り響く戦いの音が止み、洞窟から出てくると眼前に広がる死体、死体、死体、まさに死体の山だ。石で潰されたもの、矢で撃ち抜かれたもの、火に包まれているもの、どれもが薄暗い為、ちゃんと見えないのが却ってきつい!
「う、うぐ」
鼻をつく臭いと光景、疲弊した体で耐えることもできずに吐いてしまった。
スリスリと背中をシーがさすってくれて、少し気分が楽になった。
ありがとう、と彼の頭を撫で、一つ落ち着く事ができた。
「これであとは「ホリ殿!」ウワァアアア! オヴォロロロッ」
急に現れた恐怖フェイスに驚いて、すっきりしたと思った胃の中の物がまた飛び出てきた。
傷ついた魔王にジャパニーズ謝罪スタイルで謝り、事の経緯を説明した。
「おお、それならば祝杯をあげないといけませんな! 魔界一武闘会の優勝賞品の酒を私が振舞いましょう!!」
そういうと、魔王は山のように樽を出してきた。
とんでもない量だぞこれは……。
「これは、凄いですね。優勝おめでとうございます!」
「照れますな!」
魔王は言いながら頭をポリポリと掻いている。
ううーん、照れた顔も怖い。
「ま、魔王様! 何故ここに!」
魔王と談笑していたら、戻ってきたウォック達ケンタウロスが魔王を見つけ驚いている。
「おお、ケンタウロス君達、よい働きであったぞ」と魔王が言うと、
「は、ハッ!」とケンタウロス全員一斉に跪いている。
リザードマン達も合流し労いの言葉をかけていく魔王。
「まぁ、魔王様が差し入れしてくれた事だし、後片付けしたら祝杯を上げますか!」
そこから、歓声が上がり後始末を始める。
魔王が地面に大きな穴を開けたので、その中にゴブリンの亡骸を入れていく。
ちなみに虫の息の奴もいる為、トドメを刺しながらの作業なので吐き倒している。もう出ないだろうと思ったところからが本番だった。
臭いに慣れない。音にも慣れない。感触に、慣れない。
一通り見て、目につくところは終わったので後は後日というところで、酒宴が始まる。場所はまたポッドの近くで。
魔王様の酒を皆に配り終え、乾杯となり。
「ホリ殿、挨拶よろしく」
魔王が既に酒を飲みながら、こちらに言葉をかけてきた。
「え、ここは魔王様でしょ」
「ホリ様、魔王様もああ仰ってますし、乾杯の挨拶を頼みますよ」とペイトンにも促された。
そうして少し抵抗しても、やれという空気で固まってしまう。
こういうのはもっと偉い人がやれよ……、魔王いるんだし! 忘年会とかで無理矢理新入社員にカラオケさせるレベルだぞ。
皆の前に立ち、頭真っ白な状態ながら言葉を考える。
「ええーと、本日はお日柄もよく……」
「またそれか、戦いの後にお日柄もないもんじゃぞ」
ポッドに突っ込まれ、再び仕切り直す。
「ゴホン! ええーと、皆さんのおかげで完全勝利を収める事が出来ました! 怪我人も、転んで足を挫いた俺だけ! 本当にお疲れ様! カンパーイ!!」
皆が大きな声とカップを掲げて、魔王の酒に口をつけていく中、即座にゼルシュが倒れたので、ポッドの根元に寝かせておいた。
いや、飲むなよ……。
スライム君やパメラが少し遅れて料理を大量に持ってきてくれたので、俺は先に食事をして、お腹に物を入れておく。
食欲はないが、無理にでも詰め込む! 空きっ腹にお酒を入れて次の日に影響が残らない程若くも、酒に強くもないからだ!
食事をしながら、近況報告と魔王の武闘大会の話をしていたり。ふざけた話九割に、真面目な話を一割といった具合にとにかくみんな騒いでいた。
特に、ケンタウロス達はここに移住して割とすぐに今回の騒動が起きたので、鬱憤のような物が溜まっていたのだろう。いい捌け口になってくれればいいのだが。その中で、オレグというウォックの部下である男性が声をかけてきた。
「ホリ様、魔王様と交友関係があったのですね。驚きましたよ」という発言をされて、改めて彼らに異世界からやってきたという事は伏せて、事情を説明しておいた。
酔い潰れる者が続出し、その潰れた者達の中央にはパメラが立っている。
俺は先程までゲロゲロとしていたので、もう今日はゲロデーだ! と食事を済ませ魔王と二人でパメラに挑んだ。
あえなく二人共撃沈、前後不覚に陥ってしまった。
それからの事はあまり覚えていない。
何をするにも、何を聞くにも、何を話しても楽しくて、生きているという実感が酒を天井知らずに美味しく感じさせ。
充実した気分と共に俺は寝ゲロした。




